陸上を走行できず空を飛ぶだけなのに『空飛ぶクルマ』とは、これいかに?

大人の言葉遊び?

「2025年大阪・関西万博」での商用運航を目指して開発されてきた「空飛ぶクルマ」。「クルマ」が「空を飛ぶ」というのですから、空陸両用を意味して当然のはずですよね?

なのに、路上を走行することができる構造・機能を有せず空を飛ぶだけで、しかも、どう見てもヘリコプターの範疇に収まっている乗り物を「空飛ぶクルマ」と呼ぶのは、「名は体を表す」に明らかに反しています。

私には、言葉遊びだとしてもいささか度が過ぎるように思います。オオサカ流の洒落のつもりなのでしょうか?

それとも、忖度あるいは同調圧力によるものなのでしょうか? 私はアンデルセン童話『裸の王様』を連想してしまいます。

アンデルセン童話『裸の王様』風に、令和の日本版として創作してみました

“短編小説・日本現代ばなし”『空飛ぶクルマ』

むかしむかし、ではなく、このごろの話しじゃが、ある西の方で商用運航を目指して開発が進んできた「空飛ぶクルマ」という新しい乗り物が世間に公表されたんじゃ。そのネーミングからして、当然「空陸両用」つまり空を飛んで地上も走行できる乗り物が目標だったはずじゃが、披露された乗り物には地上を走る機能がなく、外観を見りゃ要するに最新のヘリコプターじゃった

ところがどうだろうか、開発企業をはじめ関係者は、口裏を合わせて(?)平然と次のように公表したんじゃ。「これはれっきとした『空飛ぶクルマ』じゃ。日本人ならではの協調性と忖度の心をもって見ていただければ、まさに『空飛ぶクルマ』以外の何物でもないのじゃ。」。

地元の大人たちは、内心はどうであるか知らぬが、「確かに『空飛ぶクルマ』じゃ!」と口を揃えて言ったんじゃ。マスコミも、しれっと『空飛ぶクルマ』というネーミングで報道していたんじゃ。

けれども、子どもたちは興奮気味にはっきり言ったんじゃ。「最新型のカッコいいヘリコプターじゃ!実用化されたら、早くあのタクシー・ヘリに乗ってみたい!」と。

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