はじめに
「外国人による土地購入が問題になっている」「安全保障上の観点から外国資本の土地取得を制限すべきでは?」──こうした声が近年、日本国内で高まっています。しかしその一方で、法的な対応や制度整備の議論は一般にあまり知られていません。
本記事では、日本に存在する2つの関連法──すなわち、戦前から存在しながら長らく “眠れる法律” と化している「外国人土地法」と、2022年に本格施行された新法「重要土地等調査法」について、その背景・目的・現状・問題点を整理し、さらに両者の補完的活用の必要性を提言します。
外国人土地法とは?
外国人土地法は、1925年(大正14年)に制定された法律で、日本人が土地を取得できない国の国民に対して、日本国内での土地取得を制限できる「相互主義」に基づいた法制度です。また、防衛上の必要がある場合にも、内閣が定める政令によって土地取得や利用を制限・禁止できる枠組みを持っています。
しかし、この法律は、第二次世界大戦後の昭和20年(1945年)、敗戦国・日本を占領統治した「連合国軍最高司令官総司令部 (General Headquarters, Supreme Commander for the Allied Powers)」(略称「GHQ」)の命令によって当時の施行令が廃止されて以来、現在まで新たな施行令は出されていません。そのため、戦後の法体系の中では事実上 “死文化” した状態にあります。法務省は2017年に「現行法である」と認めているものの、具体的な運用には至っていません。
重要土地等調査法とは?
一方、2021年に成立し、2022年に全面施行された「重要土地等調査法」は、防衛施設・原発・離島など、国家安全保障上重要とされる区域内の土地利用状況を調査し、場合によっては勧告や命令、さらには罰則を課すことができる新しい法律です。
この法律により、政府は全国の583か所以上の区域を「注視区域」や「特別注視区域」に指定し、200㎡以上の土地取得に際しての届出義務や、既存所有者への調査を行うことが可能になりました。これは日本で初めて、安全保障と土地利用を結び付けた包括的な法制度として評価されています。
両制度の問題点と限界
外国人土地法の最大の問題は、政令が制定されておらず、法的に有効であっても運用できない点にあります。また、この法律は制定から100年近くが経過しており、現代の国際法や投資ルールとの整合性を図るには、一定の見直しも必要とされます。
一方、重要土地等調査法については、区域が限定されており、全国的・包括的な土地取引全体をカバーする制度ではありません。さらに、土地の「利用状況」の監視が主眼であるため、「取得そのもの」を制限する法律ではありません。つまり、土地を誰が所有するかという視点は欠けており、外国人による土地所有が合法であっても、利用目的が明確でない限り制限できない構造です。
国際的整合性と法的余地
多くの人が気にするのが、「国際協定との整合性」です。たとえば「サービスの貿易に関する一般協定 (General Agreement on Trade in Services)(略称「GATS」)は外国資本の差別的取扱いを禁止していますが、国家安全保障に関わる事項については例外規定があり、外国人土地法による相互主義的な制限も、慎重に設計すれば整合性を保つことは可能です。
実際、多くの先進国には類似の制度があります。アメリカ合衆国には「外国代理人登録法(FARA)」、大韓民国や中華人民共和国には土地取得の制限規定があり、国際的にも「安全保障に関する土地規制」は正当な国家権能と見なされています。
なぜ両者(二つの法律)の補完が必要なのか
重要土地等調査法は、特定の地域における「土地利用」を監視・制限する実効性ある制度ですが、「誰がどのような意図で土地を取得しているのか」を制限することは困難です。
そこで必要になるのが外国人土地法の活用です。外国人土地法を政令により機能させれば、
○特定の国籍を持つ者による土地取得の制限
○国境離島や防衛施設周辺以外の場所でも広域的な対応
○「取得前」の予防的対応
などが可能となります。
両者を組み合わせることで、地域限定型の重要土地等調査法がカバーできない広域・包括的な脅威にも備えることができ、より強固な安全保障体制が実現できるのです。
おわりに
今、日本の土地と国家安全保障をめぐる環境は急速に変化しています。インバウンドや外国資本の流入が加速するなかで、私たちは経済の自由と国の独立・安全保障とのバランスをどう取るかという難問に直面しています。
「外国人土地法」と「重要土地等調査法」は、それぞれ異なる性格を持ちながら、補完的に活用することで、日本の主権と国民の安全を守る強力な法的基盤となり得ます。
これらの法制度を正しく理解し、必要な見直しや運用の改善を冷静に議論すること──それこそが、日本社会に今、求められている責任ある態度ではないでしょうか。