オーバーツーリズムの現実と日本の未来——観光立国の陰で失われる日常を守るために

新常識

近年、日本は「観光立国」を掲げ、外国人観光客の誘致に力を入れてきました。確かに観光産業は地域経済を潤し、国際的な交流のきっかけにもなります。しかし、その裏で「オーバーツーリズム」という深刻な問題が静かに、しかし確実に広がっています。ホテル価格の高騰、公共交通機関の混雑、騒音やマナー違反による生活環境の悪化……こうした影響は、私たち日本人の日常生活に直接的な負担をもたらしています。
観光客数を増やすことだけが最優先課題ではありません。いま必要なのは、持続可能な観光と生活の両立です。

オーバーツーリズムとは何か——「観光地の疲弊」と「住民の疲弊」

オーバーツーリズム(Overtourism)とは、観光地が受け入れ可能な容量を超える観光客であふれ、地域社会や環境、文化資源に悪影響を及ぼす現象です。
世界各地で起きており、スペインのバルセロナやイタリアのベネチアでは、住民が生活困難に陥るほどの混雑や家賃高騰が問題化しました。日本でも京都や鎌倉などの人気観光地で同様の現象が顕在化しています。

具体的な問題には次のようなものがあります。
〇生活インフラの混雑:通勤・通学時間帯でも観光客で公共交通機関が満員。
〇物価の上昇:ホテルや宿泊施設だけでなく、外食や賃貸住宅の価格まで高騰。
〇環境負荷の増大:ゴミ増加や自然景観の損傷。
〇地域文化の喪失:観光客向け商業化が進み、本来の暮らしや伝統が失われる。

つまり、オーバーツーリズムは「観光客の増加」という一見ポジティブなニュースの裏に潜む、負の側面を可視化するキーワードなのです。

日本の観光政策とその限界——「観光立国」だけでは持続しない

日本政府は2003年から外国人観光客の誘致を国家戦略の一つとして推進してきましたが、その流れを制度面で強化したのが2006年12月に成立し、2007年1月に施行された「観光立国推進基本法」です。この法律により、観光を日本の成長戦略の重要柱と位置づけ、訪日客数の拡大を本格的に進める体制が整いました。
その結果、訪日外国人旅行者数は2010年の861万人から2019年には3188万人へと急増しました。コロナ禍による一時的な減少を経て、現在も回復基調にあります。

しかし、ここで見落としてはならないのは「観光立国はあくまで一つの政策に過ぎない」という点です。観光は確かに経済効果がありますが、それは短期的・季節的に偏る傾向が強く、安定した税収や雇用を保証するわけではありません。
さらに、観光客数の増加が地域社会の負担を超えてしまえば、地元住民の生活満足度は低下し、観光地としての魅力そのものが損なわれる恐れがあります。

観光産業の成長を「目的」ではなく「手段」として位置づけ、バランスの取れた政策に転換する必要があります。

全国各地で進むオーバーツーリズムの事例

(1)京都市——通勤ラッシュと観光ラッシュの二重苦
京都市では、特に春と秋の観光シーズン、主要バス路線が観光客で満員になり、市民が通勤・通学に支障をきたす事態が頻発しています。
市は混雑緩和のため観光客に地下鉄利用を促すキャンペーンや「市民専用バス」の構想を検討しましたが、根本的解決には至っていません。ホテル建設ラッシュによる地価高騰も、地元住民の住環境に影響を与えています。

(2)鎌倉市——細い道路を埋め尽くす人の波
小町通りや長谷寺周辺は年間を通じて混雑が激しく、特に土日は観光客で歩行もままならない状況です。
道路幅が狭いため救急車や消防車の通行が困難になるケースも報告されており、安全面の懸念も無視できません。

(3)北海道・美瑛町——自然景観の危機
「青い池」や「四季彩の丘」などで知られる美瑛町では、SNS映えを求める観光客による農地への立ち入りや私有地への侵入が問題になっています。
町は看板設置や立ち入り禁止区域の明示など対策を進めていますが、観光マナーの徹底は依然として課題です。

(4)奄美大島——自然保護と観光の両立
世界自然遺産に登録された奄美大島では、観光客増加に伴い希少生物の生息環境が脅かされる懸念が高まっています。
島内では、観光客数の事前制限やエコツーリズムガイドの同伴を義務付けるなど、自然保護を優先する動きが始まっています。

生活を守るための具体的なオーバーツーリズム対策

(1)入国税・観光税の導入と強化
英国やニュージーランドでは、外国人観光客に対して環境保全やインフラ維持を目的とした入国税を課しています。
日本でも北海道や京都など一部自治体で宿泊税が導入されていますが、全国規模で統一的な観光税制度を整えることで、観光による負担を公平に分担できます。

(2)消費税免税制度の見直し
現行の免税制度は観光消費を促す効果がありますが、一部では免税対象の乱用や転売目的の買い物が問題となっています。
必要以上に観光客を呼び込む制度ではなく、本来の目的に沿った適正な運用を徹底すべきです。

(3)観光客数の分散化
有名観光地だけに集中するのを避け、地方や新しい観光ルートを提案することで混雑を和らげます。
例えば、京都市は混雑が激しい嵐山や清水寺から観光客を周辺地域へ誘導する施策を検討しています。

(4)時間制・事前予約制の導入
イタリアのウフィツィ美術館や米国の国立公園のように、入場制限や時間指定を導入することで観光地の環境保全を図れます。
日本でも混雑が激しい寺社や自然公園での導入を検討すべきです。

観光と暮らしのバランスを取り戻すために

オーバーツーリズムは、単に「観光客が多すぎる」という問題ではなく、生活基盤と観光収益のバランスを崩す社会問題です。
住民が誇りと快適さを感じられる街でなければ、観光客にとっても魅力的な場所ではあり続けられません。

そのためには、
〇観光推進の「KPI」を「人数」から「満足度」へ
〇経済効果だけでなく社会的・環境的コストを可視化
〇地元住民との合意形成を重視
といった視点の転換が不可欠です。
「Key Performance Indicator」(重要業績評価指標)の略。「Key Goal Indicator=KGI」(重要目標達成指標)を達成するための、中間目標や進捗状況を把握するための指標として用いられている。

まとめ——「観光は手段、暮らしは目的」

観光立国政策は、日本経済の活性化という目的のために打ち出された一つの戦略にすぎません。観光客数の増加は目的ではなく手段であり、その裏で住民の生活や地域の文化が損なわれては本末転倒です。

いまこそ、オーバーツーリズム対策を国家レベルで本気で進めるべき時です。入国税や免税制度の見直し、観光客分散策など、実効性のある施策を一歩ずつ導入し、持続可能な観光と暮らしの共存を目指しましょう。

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