失われつつある「里山」の価値
日本の原風景ともいえる「里山」。かつては農村と森林の間に広がる、人の手がほどよく入った自然環境として、薪や炭、落ち葉、山菜、キノコなど、多くの恵みをもたらしてきました。
しかし近年、過疎化や高齢化によって管理の担い手が減少し、多くの里山が放置されています。その結果、竹や雑木が繁茂して日光が地面に届かなくなり、多様な草花や生き物が姿を消すなど、生態系が劣化してしまっています。
放置された里山は景観や生物多様性の損失だけでなく、倒木や土砂崩れといった災害リスクの増加にもつながります。
つまり、里山の荒廃は私たちの安全や暮らしにも直結する課題なのです。
里山再生のカギ——「人と自然の循環」を取り戻す
里山は、完全な自然でも人工的な都市空間でもありません。人の暮らしと自然が長年にわたり相互作用して形成された「半自然」の空間です。
そのため、放置して自然に任せるだけではなく、定期的な手入れや資源利用を通じて維持されてきました。
この「人と自然の循環」を取り戻すためには、以下のような取り組みが重要です。
〇間伐や下草刈り:光を取り入れて植物の多様性を回復させる
〇木材の有効利用:伐採した木を建材や家具、薪として地域内で活用する
〇竹林の整備:侵入した竹を適切に伐採・利用し、森林の健康を守る
こうした作業は労力を要しますが、地域のボランティア活動や企業のCSR※、行政の支援を組み合わせれば、持続的に実施できます。
※Corporate Social Responsibilityの略。企業が社会的存在として果たすべき責任のことで、日本語では「企業の社会的責任」と訳される。
木材利用が生み出す地域の循環経済
間伐で出た木材は、ただ燃やして処分するのではなく、地域経済の資源として活かすことが可能です。
たとえば、地元の製材所と連携して家具や建築材に加工すれば、地域産業を支えると同時に「地産地消の木材利用」が実現します。また、薪ストーブやバイオマス発電の燃料として使えば、化石燃料依存の軽減にもつながります。
さらに、木工品や竹細工を観光客向けに販売すれば、観光資源としての価値も生まれます。単なる森林管理のコストを、地域にお金を生む仕組みに変える——これが持続可能な里山再生のポイントです。
生態系保全と観光の融合
整備された里山は、多様な動植物が共生する豊かな生態系を取り戻します。春には野花が咲き乱れ、夏にはホタルが舞い、秋には紅葉や実りを楽しめる空間に。これらは都市部では得られない貴重な自然体験であり、エコツーリズムの魅力となります。
観光面では、自然観察会や里山ウォーキング、山菜採り体験などを組み合わせたプログラムが人気です。地元のガイドが案内すれば、地域文化や歴史も含めた深い魅力を伝えることができます。
観光収益の一部を里山の維持管理に還元すれば、自然保全と地域振興が同時に進みます。
全国で広がる成功事例
①兵庫県・丹波篠山市:竹林整備と地域資源の活用
丹波篠山市では、竹林への放置が増える中、『丹波篠山竹取物語』と題された竹林整備マニュアルを市が配布し、住民活動を支えています。放置竹林対策として、切り出した竹をチップ化する竹粉砕機や簡単に竹炭が生成できる無煙炭化器を自治会などに無料で貸し出しています。特に、竹粉砕機によって竹をチップ化し、肥料や建材などに活用するモデルが確立されつつあります。
さらに、同市南新町では約3ヘクタールの竹林を間伐し、整備した竹林で来訪者を迎える野点(お茶会)イベントを開催するなど、竹林を景観と観光資源として活用する実例もあります。
②長野県・安曇野市:間伐材を資源に変える里山活動
安曇野市では、同市が策定した『安曇野市里山再生計画』が目指す里山再生に関する活動の総称「さとぷろ」を中心に、間伐材を薪として地産地消する『里山まきの環プロジェクト』や薪づくり体験会など、木材を使った里山の循環型活動が広がっています。
また、明科地区では更新伐による間伐材を薪や製材、パルプ材として利用し、地域ぐるみで里山再生を進めた事例もあります。
さらに、長峰山では蝶の生息環境を守りながら観察会・学習会を開催するなど、生物多様性と地域の学びを両立させる取り組みが進行中です。
あなたにもできる「里山再生」への参加方法
里山の再生は、決して遠い世界の話ではありません。
〇地元の里山保全団体や森林ボランティアに参加する
〇間伐材や地元産木材を使った製品を購入する
〇エコツーリズムや里山体験イベントに参加する
〇SNSや口コミで里山再生活動を広める
一人ひとりの小さな行動が、地域の自然と暮らしを守る大きな力になります。
未来の資産としての里山
里山は、食料や資源の供給源であり、防災や気候変動緩和にも寄与する「未来の資産」です。その価値を守るには、単なる自然保護ではなく、人と自然の関係性を再構築し、経済的・社会的に持続可能な形にすることが不可欠です。
私たちが今できることは、里山の魅力と必要性を理解し、身近な一歩を踏み出すこと。里山は「過去の遺産」ではなく、「未来への投資」なのです。