国際協力機構(JICA)が2025年8月に発表した「アフリカ・ホームタウン構想」(以下「本件構想」)が日本国内で大きな批判を浴びた。地方自治体とアフリカ諸国の都市を結びつけ、交流や産業協力を促す――その趣旨自体は、基本的に前向きな国際協力政策といえる。
しかし、構想の趣旨とは別に、「Home Town」という名称の使用が内外で重大な誤解を生み、国内世論は激しい批判へと傾いた。
ここでは、この騒動の背景を、
(1)名称選定の過失
(2)説明不足
(3)他者責任への過度な転嫁
の三つの視点から整理し、行政法・政策学・国際広報の観点を踏まえて問題点を整理した上で、今後の再発防止策を提示したい。
名称選定の過失――「Home Town」という言葉の誤解可能性
本件構想の名称に用いられた “Home Town” は、英語圏では「故郷」「地元の町」という意味を持ち、国際的には一般に “市民の原風景” を連想させる語感をもつ。
これを対外政策の名称として使用した場合、
〇植民地主義的連想を呼び起こす危険性
〇都市間交流や経済協力を適切に表さない不明確さ
〇「日本がアフリカに “新たな故郷” を作るのか?」という誤解
を生じさせ得ることは容易に予想できる。
実際、構想の内容を正確に反映させるのであれば、
①Partner City(パートナーシティ)
②Exchange Hub(交流拠点)
など、国際協力の文脈でも誤解の余地がない語が適切であったと考えられる。
特に、JICAのトップには外務省のOB、元高位外交官が就任することが多く、国際交渉・外交文書に通じた人材が組織を率いる。こうした人材を頂点とし、国際広報に熟達した専門職員も多数抱える組織であれば、英語表現のニュアンスを判断できないとは考えにくく、名称選定の段階で誤解のリスクを予見し得たのではないかという点は避けがたい論点である。
これは行政法上の “過失(予見可能性ある注意義務違反)” の疑いとして十分に問題提起しうる。
説明不足――国民と国際社会への情報提供義務の欠如
JICAは本件構想について、
〇何を目的とした政策なのか
〇なぜ “Home Town” を名称に選んだのか
誤解を防ぐためのメッセージ設計は適切に行われたのか
といった基本的説明を国内向け・海外向けともに十分に行ったとは言い難い。
行政組織には、誤解のない形で政策内容を説明する “説明責任” がある。政策学の観点でも、情報公開・リスク説明は正当化の最低条件である。
JICAは外務省OBや元高位外交官がトップに就任することが多く、広報や発信の重要性を熟知しているはずの組織である。それにもかかわらず、誤解の温床となる名称を用いたまま十分な説明を行わなかったことは、説明責任の不十分さとして指摘されざるを得ない。
他者責任への過度な転嫁――組織としての自己検証の不在
騒動が拡大した後、外務省はアフリカの報道機関・政府に対して誤解の是正を求めたとされる。
しかし、名称選定を行ったJICA自身が、自らの判断ミスや説明不足を検証し、明確に説明した形跡はほとんどない。
危機管理の原則では、
〇まず内部でミスの可能性を検証すること
〇必要に応じて過失を認め、改善策を示すこと
が基本である。
ところが本件では、
「外国の報道のせい」「相手国政府の誤解」
という外部要因ばかりが強調され、
内部要因への反省が乏しい「責任転嫁的」対応が目立った。
これは、政策形成能力・危機管理能力のいずれから見ても不十分といえる。
行政法・政策学・国際広報からの分析
1.行政法:過失の成立可能性
“誤解を招きやすい名称” であることの予見可能性を踏まえると、注意義務を尽くさなかったと評価される余地がある。
2.政策学:透明性の欠如
名称決定までのプロセス(案比較、国際広報部署との協議、リスク評価)が不透明で、政策形成過程の妥当性が検証できない。
3.国際広報:語の選択は国家イメージを左右する
アフリカ地域の歴史的文脈を踏まえると、植民地主義的誤解を誘発し得る語の使用は極めて慎重であるべきだった。
外交文書・国際交渉に精通した外務省OBがトップを務める組織だからこそ、より高い注意義務が求められていたとも言える。
再発防止の提言――広報体制・政策形成プロセスの刷新へ
①名称選定プロセスの透明化と第三者チェック
言語学者、国際広報の専門家を含む外部チームによる名称評価を制度化する。
名称候補と選定理由を文書化し、公開可能な部分は公開する。
②国際リスク評価の義務化
歴史的・文化的背景を踏まえた “国際リスク評価書” を作成し、政策に添付することを必須化する。
③国内・海外向け広報戦略の同時設計
双方向の説明資料を同時に整備し、一貫性のあるメッセージを発信する。
④組織としての検証文化の確立
外部要因に責任を転嫁する前に、内部プロセスの問題点を検証する危機管理体制を整える。
必要に応じて過失を認め、改善策を明確に示す透明性を確保する。
“名称” は政策の第一歩である
本件騒動は、単に英語表現の問題ではなく、
行政組織の広報能力・危機管理能力・政策形成プロセスの透明性
といった、本質的な課題を顕在化させた。
国際協力政策の信頼性を高めるためには、
言葉の選択そのものを政策の重要工程と位置づけること、
そして誤りがあれば正直に認め、改善へ踏み出す組織文化を確立することが不可欠である。

