※はじめに:誤読防止のための注意
本記事は、女性差別を肯定したり、フェミニズム全体を否定するものではありません。
歴史的に女性が不利益を被ってきた事実、そして男女平等を目指す理念そのものは、極めて重要だと考えています。
そのうえで、「フェミニズム」を名乗る言説の中に見られる問題のある傾向を区別し、冷静に検討することを目的としています。
近年、SNSを中心に「フェミニズム」を名乗る主張が目立つようになりました。
性差別への抗議や女性の権利擁護が広がること自体は、社会にとって必要な動きです。
しかし同時に、次のような違和感を覚える人も少なくないのではないでしょうか。
・「女性のため」と言われているのに、女性本人の意思が軽視されている
・当事者の声より、外部の価値観が正解として押し付けられている
・異論を唱えると「あなたは被害者なのに気づいていない」と断定される
もしこうした感覚を抱いたことがあるなら、それはフェミニズムの理念そのものではなく、別の性質の運動に触れている可能性があります。
本来のフェミニズムとは何だったのか?
フェミニズムの原点は、非常に明確です。
歴史的・社会的に不利な立場に置かれてきた女性が、
男性と対等に、自分の人生を選べるようにすること。
ここで中心に置かれてきたのは、女性自身の意思と選択の尊重でした。
・働くか、家庭に入るか?
・どんな服を着るか?
・どんな表現をするか?
・どんな仕事を選ぶか?
どれが正しいかを外から決めるのではなく、
「決めるのは本人である」という考え方こそが、本来のフェミニズムです。
もう一つの潮流――「管理・統制型フェミニズム」
※【注意】
以下で述べる「管理・統制型フェミニズム」は、すべてのフェミニストや女性支援活動を指すものではありません。
特定の言説傾向を整理するための分類であることをご理解ください。
近年目立つのが、ここで「管理・統制型フェミニズム」と呼ぶ考え方です。
この立場には、次のような特徴が見られます。
・性表現や特定の職業を、原則として「搾取」とみなす
・本人が「自分で選んでいる」と語っても、その声を信用しない
・「あなたは構造的被害者だから、自覚がなくても被害者だ」と断定する
・解決策として、禁止や一律規制を最優先する
一見すると「女性を守っている」ように見えますが、
実際には女性の主体性がほとんど考慮されていない場合があります。
なぜ当事者女性の声が否定されるのか?
管理・統制型フェミニズムでは、
女性がそう感じていないのは、社会に刷り込まれた価値観のせいだ
という前提が強く置かれがちです。
その結果、
・「私はこの仕事を選んでいます」
・「この表現は自分にとって意味があります」
といった本人の声は、
「誤った意識」「内面化された差別」として退けられます。
これは、女性を守るどころか、
女性の判断力を信頼していない態度だと言えるのではないでしょうか。
「守る」という名目で自由が奪われるとき
※【注意】
搾取や暴力、強要が存在する現実を否定するものではありません。
問題は「どのような対応が現実的に女性の安全と尊厳を守るのか」です。
買春規制や性産業への一律禁止、厳格な表現規制などは、
海外では次のような結果を招いた例も報告されています。
・業界の地下化による安全性の低下
・女性の交渉力や逃げ道の喪失
・当事者の声が政策決定から排除される構造
理念が正しくても、
制度設計を誤れば、当事者をより危険に追い込むことがあります。
新しい「女性のあるべき姿」を作っていないか?
管理・統制型フェミニズムが抱える大きな問題は、
・露出の多い服装は否定される
・男性に好意を向ける表現は「迎合」とされる
・性を使った仕事は常に間違いだと断定される
といった、別の形の規範を生み出してしまう点です。
それは本当に、女性の自由を広げているでしょうか?
それとも、形を変えただけの「縛り」ではないでしょうか?
批判は反フェミニズムではない
ここで強調しておきたいのは、
本来のフェミニズムから変質した動きである管理・統制型フェミニズムを批判することは、
フェミニズムそのものを否定することではない
という点です。
むしろ、
・女性の選択を尊重したい
・当事者の声を大切にしたい
・平等という理念を守りたい
からこそ、
変質した動きに対して「それは違う」と言う必要があります。
本来のフェミニズムを、取り戻すために
本来のフェミニズムは、
・女性を常に弱者として固定しません
・生き方の正解を押しつけません
・多様な選択を認めます
・そして何より、女性自身の判断を信じます。
「あなたはどう生きたいのか?」
「あなたは何を選びたいのか?」
その問いを奪わないこと。
それこそが、フェミニズムの出発点です。
おわりに
「女性を守る」という言葉が使われるときほど、
私たちは立ち止まって考える必要があります。
それは本当に、女性の自由を広げているのか?
それとも、誰かの “正義” のために、女性の声を消していないか?
男女がお互いを尊重し、
誰もが自分の人生を自分で選べる社会を目指すこと。
その理想を諦めないためにも、
本来のフェミニズムと、管理・統制型フェミニズムを見分ける視点を、
私たちは持ち続ける必要があるのではないでしょうか。
