宗教の自由を守るためにこそ、審査の「見える化」を求めたい

本記事は、特定の宗教や信仰、また特定の民族・国籍の人々を否定・批判することを目的とするものではありません。
宗教の自由は日本国憲法で保障された重要な権利であり、その尊重が大前提です。
本稿で問題提起しているのは、宗教法人制度そのものや、宗教活動の是非ではなく、宗教法人認証に関する行政運用の透明性と説明責任についてです。
制度の健全性を問い直すことは、宗教の自由を守ることと両立し得る、公共的な議論であると考えています。

はじめに

近年、日本国内ではモスクをはじめとする宗教関連施設が各地で見られるようになりました。
宗教の自由は日本国憲法で保障された重要な権利であり、信仰を持つこと、またそれを実践する場を持つこと自体は、当然尊重されるべきものです。

一方で、こうした状況を冷静に眺めたとき、宗教そのものではなく、それを支える制度の運用が、どれほど透明で説明可能なものになっているのかについては、あまり語られてこなかったように思います。

宗教法人制度は「信仰を守るための制度」です

日本の宗教法人制度は、宗教活動を行う団体に法人格を与え、
不動産の取得や契約行為を円滑に行えるようにすることを目的としています。

宗教法人として認証されるためには、
・宗教としての教義や儀式
・組織体制
・継続的な宗教活動の実績
などについて審査が行われることになっています。

この点だけを見ると、制度自体は一定のチェック機能を想定して設計されているように見えます。

しかし、審査の「実態」はほとんど見えていません

問題は、ここからです。
宗教法人の認証にあたって、
具体的に何がどこまで審査され、どのような基準で判断されているのかについて、
一般市民が確認できる情報は、ほとんど公開されていません。
不認証となった事例の詳細も、積極的に公表されることはまれです。

そのため、
・「審査は本当に実質的に行われているのか」
・「団体ごとに同じ基準でチェックされているのか」
といった素朴な疑問に、客観的に答えることが難しいのが現状です。

外国宗教・世界宗教に対しても、同じ水準の審査が必要です

ここで誤解していただきたくないのは、
特定の宗教や信仰を問題視しているわけではないという点です。
イスラム教は世界三大宗教の一つであり、長い歴史と確立した教義を持つ宗教です。
だからこそ、個々の団体の実態について、
「世界宗教だから問題ないだろう」
「既に完成された宗教なのだから大丈夫だろう」
と楽観的にみなすことなく、個別団体としての確認が形式的になっていないかを、制度として確実に点検する必要があるのではないでしょうか。

これは差別の問題ではなく、国内で活動するすべての宗教団体に対する公平性の問題です。

問題は宗教ではなく、「行政運用のブラックボックス化」です

宗教行政は、政教分離への配慮から、国家が宗教に踏み込むことを極端に避けてきました。
その姿勢自体は理解できますが、結果として、
・審査基準が不明確
・判断過程が見えない
・事後検証が困難
という「ブラックボックス化」が進んでいるとすれば、それは制度として健全とは言えません。

信仰の自由を守るための制度が、説明責任を果たしていないという逆説が、ここにあります。

宗教の自由を守るために必要なのは、透明性です

私が訴えたいのは、宗教活動の制限ではありません。
むしろその逆です。
・審査項目の概要
・判断基準の考え方
・不認証事例の匿名化した公開
こうした情報が一定程度公開されることで、
宗教法人制度そのものへの信頼が高まり、
無用な憶測や対立を減らすことができるはずです。

おわりに:開かれた制度こそが、共生社会の土台になる

多文化共生や宗教的多様性を語るのであれば、
その前提として、制度の運用が公正で、説明可能であることが不可欠です。

宗教を疑うのではなく、
宗教を守る制度が、きちんと社会に開かれているのかを問い直すこと。
それこそが、自由と共生を両立させるための、最も現実的で穏健な一歩ではないでしょうか。

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