スパイ防止法制――自由と安全のバランス「既存の法律で十分」という反対論にどう答えるか

はじめに

スパイ防止法制の整備・強化をめぐる議論では、「日本にはすでにスパイ行為に対応できる法律があるのだから、新たな立法は不要だ」という反対意見が繰り返し示されてきました。こうした主張は、一見すると冷静で現実的に聞こえます。
しかし、その前提を一つずつ検討していくと、いくつかの重要な論点が見落とされていることが分かります。

本稿では、代表的な反対論を整理したうえで、それに対する再反論を行い、議論の焦点がどこにあるのかを明らかにしていきます。

想定反論①「日本にはすでにスパイを処罰できる法律がある」

対派がまず挙げるのが、外患罪、国家公務員法の守秘義務違反、自衛隊法、特定秘密保護法、不正競争防止法など、既存の法律の存在です。これらを総合すれば、スパイ行為にも対処可能だという主張です。

しかし、ここで重要なのは、これらの法律が「スパイ行為そのもの」を包括的に定義し、直接規制する目的で作られたものではないという点です。適用条件はばらばらで、対象も限定的です。
結果として、実際の諜報活動の多くが、違法とも合法とも断定しにくいグレーゾーンに置かれています。

既存法が存在することと、十分に機能していることは、同義ではありません。

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想定反論②「新法は市民の自由や報道の自由を侵害する」

次に多いのが、「スパイ防止法制は必ず人権侵害につながる」という懸念です。とりわけ、表現の自由や報道の自由が萎縮するのではないか、という指摘は軽視できません。
しかし、この懸念は立法そのものではなく、立法の設計次第で左右される問題です。
対象行為の限定、構成要件の明確化、司法審査の厳格化、報道・公益通報に対する明示的な保護規定など、制度的な歯止めを組み込む余地は十分にあります。

「自由を守るために、制度設計の議論を放棄する」という姿勢こそが、結果として恣意的運用を招くリスクを高めてしまいます。

想定反論③「諸外国でも乱用の危険が指摘されている」

確かに、海外のスパイ防止関連法制の中には、運用が問題視されてきた例もあります。反対派はこれを根拠に、日本でも同様の事態が起こると主張します。
しかし、本来導き出すべき結論は「だから何もしない」ではありません。むしろ、他国の失敗事例を分析し、同じ轍を踏まない制度設計を行うことこそが、民主国家としての成熟した対応です。

リスクがあるから議論を避けるのではなく、リスクを前提に議論を深める必要があります。

想定反論④「具体的な被害が見えないのに法制化するのは早計だ」

「大きな被害が表面化していないのに、新たな法律を作るのは過剰反応だ」という意見もあります。
しかし、インテリジェンス活動の特性は、被害が見えないこと自体が成功の証である点にあります。
情報が失われてから対処する事後処罰型の発想では、安全保障の本質に対応できません。

予防的・抑止的な枠組みを整えることは、決して過剰ではなく、むしろ遅れている可能性すらあります。

問題の核心は「賛否」ではなく「設計」にある

以上を踏まえると、スパイ防止法制をめぐる議論の本質は、「作るか、作らないか」という単純な対立ではありません。問われているのは、
・何をスパイ行為と定義するのか
・どこまでを処罰対象とし、どこからを自由な活動として守るのか
・国会や司法がどう関与し、歯止めをかけるのか
という制度設計そのものです。

「既存法で十分だ」という反対論は、この設計論に踏み込む前に議論を止めてしまう危うさを含んでいます。

議論を止めないことが、自由と安全の両立につながる

スパイ防止法制は、自由と安全という二つの価値が真正面からぶつかる難題です。
だからこそ必要なのは、拙速な立法でも、思考停止の反対でもありません。

現行制度の限界を正確に認識し、その上で、自由を守るための歯止めを組み込んだ法制をどう構築するかを、国民が主体的に考え続けること。
その議論を避けない姿勢こそが、民主主義にとって最も重要なのではないでしょうか。

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