国家を超える力と日本の選択――21世紀の「法の支配」を具体政策から考える 第3回:情報主権編 データ、アルゴリズム、世論形成――国家主権が「見えない形」で侵食される問題

※誤読防止のための注意書き

本記事は、特定の国・企業・団体を一方的に非難したり、
言論統制や検閲を肯定することを目的とするものではありません。
問題として提起しているのは、
データやアルゴリズムが民主的統制を受けにくい形で
社会や世論に影響を与えているという「構造的課題」です。
自由と民主主義を守るために、
21世紀にふさわしいルール作りを考えることが本稿の趣旨です。

はじめに

これまで本シリーズでは、「税制」「規制」という視点から、巨大資本や国境を越える民間組織が国家に与える影響を考えてきました。
第3回となる今回は、さらに見えにくく、しかし極めて深刻な問題――情報主権について取り上げます。

情報主権とは、簡単に言えば「国家や社会が、自らの情報空間をどこまで主体的にコントロールできているか」という問題です。
21世紀の現代、国家主権は、銃や軍艦ではなく、データ・アルゴリズム・プラットフォームによって静かに侵食されつつあります。

データは誰のものか

私たちは日常的に、検索、SNS、地図アプリ、ECサイトを利用しています。
そのたびに、行動履歴、位置情報、嗜好、交友関係といった膨大なデータが収集されています。

問題は、そのデータの多くが国外の巨大プラットフォーム企業によって管理・分析されている点です。
これらの企業は民間ですが、保有する情報量と解析能力は、多くの国家を上回っています。
つまり、国家が自国民を把握する以上に、外国の民間企業が国民の行動や心理を理解しているという逆転現象が起きているのです。

アルゴリズムが世論を形づくる

もう一つ重要なのが、アルゴリズムの問題です。
私たちがSNSや動画サイトで「何を見るか」は、偶然ではありません。
多くの場合、プラットフォーム側が設計したアルゴリズムによって選別されています。

この仕組み自体は便利ですが、問題は次の点にあります。
・何が優先表示され、何が埋もれるのかが不透明
・どの価値観や意見が拡散しやすいかを民間企業が決めている
・国家や国民がその判断基準に関与できない

結果として、選挙、社会運動、外交問題などにおいて、世論形成の土台そのものが「国家の外」にある状況が生まれています。
これは検閲のような露骨な形を取らないため、非常に気づきにくいのが特徴です。

「自由な市場」では片付けられない現実

よくある反論として、「民間サービスなのだから、使うかどうかは個人の自由だ」というものがあります。
しかし現実には、巨大プラットフォームは事実上の社会インフラとなっています。
・仕事探し
・情報収集
・人間関係
・政治参加
これらが特定のプラットフォーム抜きでは成立しない社会において、「自由な選択」と言い切るのは困難です。
しかも、これらの企業は国内法の統制が及びにくく、国際的な規制枠組みも未整備です。
その結果、民主的統制を受けないまま、巨大な影響力だけが拡大しているという状態が続いています。

情報主権は検閲の問題ではない

ここで注意したいのは、情報主権の議論が「言論統制」や「検閲」を意味するものではない、という点です。
問題は、
・誰がルールを作っているのか
・そのルールは透明か
・国家や市民が異議を申し立てる余地があるのか
という統治の構造にあります。

民主主義国家において、本来、世論形成に影響を与えるルールは、国民の代表による議論を通じて定められるべきものです。
しかし現状では、その重要な部分が民間の設計思想や経営判断に委ねられています。

日本にとっての課題

日本は、情報主権の分野で特に脆弱な立場にあります。
・基幹プラットフォームの多くを海外企業に依存
・データの国外流出に対する議論の遅れ
・国家安全保障と情報政策の連動不足
一方で、日本社会は「便利さ」と引き換えに、これらの問題を深く問い直してこなかった側面もあります。

しかし、情報空間の主導権を失うことは、
・世論
・政策決定
・国家の意思形成
そのすべてに長期的な影響を与えます。

おわりに

情報主権の侵食は、目に見えず、静かに進みます。
だからこそ、気づいたときには取り返しがつかないという性質を持っています。
21世紀の法と民主主義は、
「国家vs国家」だけでなく、
「国家vs見えない統治力」という新しい構図に向き合わなければなりません。

次回は、この情報主権の問題を踏まえたうえで、
日本が具体的にどのような制度設計を考え得るのかについて、さらに掘り下げていきたいと思います。

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