はじめに
「排外主義は許されない」
この言葉自体に、異論を唱える人は多くないでしょう。
しかし、現実の議論では、
どこからが法的・人権的に問題となり、どこまでは正当な議論なのか
この線引きが曖昧なまま、「排外主義」という言葉だけが独り歩きしている場面も少なくありません。
排外主義は、現実に深刻な人権侵害を生み出してきた概念です。
だからこそ、
法制度と国際人権法の観点から、冷静に整理すること
が不可欠です。
本稿では、
・日本の法制度における排外主義の位置づけ
・国際人権法から見た原則と限界
・想定される反論へのQ&A
を通じて、誤解の生じにくい形で整理します。
日本の法制度における排外主義の位置づけ
(1)日本には「排外主義」を直接処罰する法律はない
まず重要な前提として、日本の法体系には、
「排外主義」そのものを犯罪や違法行為として包括的に処罰する法律は存在しません。
これは、日本国憲法が
・思想の自由・信条の自由
・表現の自由
を極めて重視しているためです。
したがって、
排外的な考えを持つことや、意見として表明すること自体は、
直ちに違法とはなりません。
(2)問題になるのは「行為」と「結果」
日本の法制度が問題にするのは、
・具体的な差別行為
・権利侵害
・暴力・脅迫・業務妨害などの実害
です。
たとえば、
外国人であることのみを理由に、正当な根拠なくサービス提供を一律に拒否すること
は、民法上の不法行為や人権侵害として問題となり得ます。
ただし逆に、
合理的・客観的な理由がある場合まで、サービス提供を拒否できないわけではありません。
代表例としては、次のような場合が挙げられます。
ア 契約内容や重要事項について、共通言語による意思疎通が著しく困難で、契約の成立・履行に重大な支障が生じる場合
イ 本人確認・年齢確認など、法令上必要な要件を満たせない場合
ウ 利用者の行為が、他の利用者の安全や施設運営に具体的な支障を及ぼすおそれがある場合
これらは、「外国人であること」ではなく、
サービスの性質・安全性・契約上の合理性に基づく判断であり、直ちに差別とは評価されません。
※重要な注記:「差別」と「合理的区別」
なお、法的にいう「差別」とは、
合理的理由のない不当な区別を指します。
日本国憲法の下でも、
・目的が正当で
・手段が合理的で
・不必要に過酷な不利益を課さない
この条件を満たす合理的区別は、差別には当たりません。
国籍・年齢・資格・能力などに基づく区別であっても、それ自体が直ちに違憲・違法とされるわけではありません。
(3)ヘイトスピーチ解消法の位置づけ
2016年施行の、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」(正式名称「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」)※は、
排外的言動への対応としてしばしば言及されます。
ただし、この法律は
・刑罰規定を持たず
・表現の一般的禁止も定めていません
同法は、
「不当な差別的言動は許されない」
という理念を示す法律であり、
移民政策や入国管理をめぐる正当な議論を封じる趣旨のものではありません。
※同法に潜む重大な問題点については、2025年7月15日付け投稿記事『「差別をなくす法律」が差別を生む?──ヘイトスピーチ解消法に潜む4つの重大な問題』を参照願います。
国際人権法から見た整理
(1)国際人権法が問題にする「差別」とは
国際人権法、特に
あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(ICERD)
が問題にするのは、
・人種・民族的出身などの属性に基づき
・不当な区別・排除・制限を行い
・人権の享有を妨げること
です。
ここでも、
思想や感情そのものではなく、具体的な権利侵害の有無
が中心に置かれています。
(2)移民政策、出入国・在留管理は原則として国家の裁量
国際人権法は、
国家に無制限の移民受入れを義務づけていません。
受け入れ人数の制限、技能や要件による選別、不法滞在者への対応といった政策判断は、
原則として、また通常は、排外主義とは評価されません。
とりわけ、不法滞在のような法律違反行為への対応は、
国籍や人種に関係なく適用されるべきものであり、
行為に着目して法を執行することこそが、法の下の平等の要請にかなうものです。
(3)禁止されるのは「属性を理由にした人格・権利の否定」
もっとも、こうした政策や制度であっても、
特定の集団に対して、その属性を理由に、人格を否定したり、基本的人権の享有そのものを否定したりする場合には、
国際人権法上、問題とされ得ます。
国際人権法が禁止しているのは、
「法違反行為への対応」ではなく、
「属性それ自体を理由に人を劣等視し、権利主体として扱わないこと」なのです。
補論:想定される反論へのQ&A
Q1.外国人への制限を設けること自体が排外主義では?
A.
いいえ。入国管理や滞在条件の設定は、各国に認められた正当な権限です。
合理的目的と基準に基づく管理は、排外主義とは異なります。
Q2.不法滞在外国人への対応は人権侵害では?
A.
不法滞在は、国籍に関係なく法律違反行為として扱われる問題です。
行為に着目した法執行は、むしろ平等原則に沿うものです。
問題になるのは、過度な暴力や手続保障の欠如です。
Q3.外国人に不利な扱いはすべて差別では?
A.
法的には、合理的理由のある区別は差別ではありません。
区別と差別は、明確に区別されます。
Q4.文化や価値観の違いを理由に制限するのは排外的では?
A.
「異文化だから排除する」ことは問題ですが、
法秩序や公共の安全といった共通ルールを求めることは排外主義ではありません。
Q5.排外主義と批判されるのが怖くて議論できない
A.
感情的レッテル貼りを恐れて議論を避けることこそ、
極端な言説を助長する結果を招きかねません。
冷静で具体的な議論こそが、排外主義を防ぎます。
Q6.結局、どこからが本当に問題なのか
A.
問題になるのは、
属性を理由に人格や権利を否定することです。
行為や制度を対象にした議論は、排外主義ではありません。
おわりに
排外主義は、確かに警戒されるべき現象です。
しかし同時に、
排外主義という言葉を曖昧に使い、正当な制度論や政策論まで封じること
もまた、自由で開かれた社会にとって重大なリスクです。
・行為と属性
・区別と差別
・感情と制度
これらを丁寧に分けて考えること。
それこそが、排外主義を本当に克服するための、最も確かな道ではないでしょうか。
