選挙が近づくたびに、SNSや動画、ニュース解説で、さまざまな「政権批判」を目にします。
「ここがダメだ」「これは失敗だ」「この政権に任せるべきではない」――。
そうした指摘の中には、事実として正しいものもあれば、耳を傾ける価値のある問題提起もあります。中間層が苦しくなっていること、将来不安が強まっていることへの怒りや不満が、正当なものであることも間違いありません。
しかし私は最近、こうした議論の流れを見ていて、ある強い違和感を覚えるようになりました。
それは、政権選択選挙において、本当に大切な判断軸が見失われているのではないか、という違和感です。
「鋭い批判」=「政権を任せる価値」ではありません
まず、はっきりさせておきたいことがあります。
在野の評論家や、政権を担う可能性が事実上ほとんどない野党は、政策の「実行責任」を負いません。
どれほど理論的に正しく、どれほど鋭い批判をしても、
・予算をどう通すのか
・国会をどう運営するのか
・失敗したときに誰が責任を取るのか
といった重たい現実を、引き受ける立場にはないのです。
そのため、減点主義の批判――つまり「ここがダメだ」「これは不十分だ」と指摘する議論は、構造的にいくらでも展開できます。
しかし、それが的を射ているからといって、
だから与党はダメだ だから政権を任せてはいけない
と結論づけるのは、短絡的だと言わざるを得ません。
批判の正しさと、政権担当能力は、別の問題だからです。
政権選択選挙は「理想の発表会」ではない
とくに40歳未満の世代にとって、政治は「遠いもの」「汚いもの」「どうせ変わらないもの」に見えがちです。
その結果、
・一番スカッとする批判 ・一番正論に聞こえる主張 ・一番怒りに寄り添ってくれる言葉
に引き寄せられやすくなります。
ですが、政権選択選挙は、理想論のコンテストではありません。
問われているのは、
・この選挙の結果、誰が、どれだけの権力を持ち、 現実に国を動かすのか
という、極めて現実的な問題です。
選挙後の議席配分を考えれば、
・どの政党が比較第一党になる可能性があるのか
・どの政党が連立や協力の中心になるのか
は、ある程度見通せます。
それにもかかわらず、
「与党を懲らしめたい」
「とにかく反対側に入れたい」
という感情だけで投票してしまうと、その結果として誰が舵を握るのかという一番重要な点が、見えなくなってしまいます。
必要なのは「減点」ではなく「加点」で考える視点
私が世の中に訴えたいのは、ここです。
政権選択選挙では、
「誰が一番立派か 誰が一番完璧か」
を探すべきではありません。
そうではなく、
・与野党それぞれの公約を比較し
・実現できそうなものは何かを考え
・選挙後の力関係を踏まえたうえで
「どの政党に政権を託すのが、最もましか、あるいは最も良いか」
を判断する。
これは「妥協」ではありません。
不完全な現実の中で、責任ある選択をするという、民主主義の本質です。
「誰を倒すか」より「何が変わるか」を考えよう
怒りや不満を持つこと自体は、間違いではありません。
問題は、それを
・誰かを叩くこと
・誰かを引きずり下ろすこと
だけで終わらせてしまうことです。
本当に問うべきなのは、
・賃上げは中小企業や下請けまで広がるのか
・介護や非正規公務員の待遇は改善されるのか
・低所得層への支援は、現実に設計されているのか
こうした具体的な政策の中身です。
そして、その政策を
実際に実行できる立場にあるのは誰か
を、冷静に考えることです。
投票とは「結果を引き受ける行為」です
投票は、気持ちを表明するためのスタンプではありません。
それは、
この選択の結果、誰が責任を持って国を動かすのか
を、自分もまた引き受ける行為です。
だからこそ、
・感情だけで決めない
・スローガンで終わらせない
・減点ではなく加点で考える
この姿勢が、これまで以上に求められているのだと思います。
民主主義は、誰かが完璧だから成立するのではありません。
不完全な選択肢の中から、最もましな現実を選び続けることでしか、前に進めない制度だからです。
そのことを、今一度、私たちは思い出す必要があるのではないでしょうか。
※この問題は、特に若い世代にとって無関係ではありません。続編では、「若い世代ほど加点主義で考える必要がある理由」をテーマに、政権選択と将来の責任について掘り下げます。

