「正しさ」を盾に黙らされる社会へ?──“寛容”がいちばん不寛容になる瞬間を、あなたは見抜けているか

はじめに:「それ、言ったら叩かれるやつじゃない?」が当たり前になる怖さ

SNSやニュースを見ていて、こんな空気を感じたことはありませんか。
・少し慎重な意見を言うと「差別」「極右」と決めつけられる
・内容よりも「誰が言ったか」で善悪が決まる
・反対意見は「存在しないもの」みたいに扱われる
しかも、こうした空気を作っている側は、決まってこう言います。
「私たちは寛容で、多様性を大切にしている」と。
でも本当にそうでしょうか。
「寛容」を名乗る人たちが、いちばん他人の口をふさいでいないか?
この違和感を考えるヒントになるのが、哲学者カール・ポパーが示した
「寛容のパラドックス」です。

そもそも「寛容のパラドックス」って何?

めちゃくちゃ簡単に言うとこういう話
ポパーは第二次世界大戦後、こんな警告をしました。
 「無制限に寛容でいると、
  その寛容さ自体が壊されてしまう」
どういうことかというと──
・自由で寛容な社会は、どんな意見も基本的に認める
・そこに「話し合いを拒否し、力や威圧で黙らせる人たち」が入ってくる
・その人たちは、自由を利用して他人の自由を奪う
・結果、寛容な社会そのものが壊れる
だからポパーはこう考えました。
👉 「議論を壊す不寛容」から社会を守るためには、
その行動にだけは
“防衛的に” 不寛容である必要がある

ここで重要なのは、
「気に入らない意見を排除しろ」と言っていないという点です。

ポパーが否定したのは「意見」じゃない:否定したのは “話し合いを壊す態度”

よくある誤解ですが、ポパーはこう言っていません。
❌ 保守的な意見は危険
❌ 少数派と違う考えは排除すべき

彼が問題にしたのは、あくまで次のような行為です。
・暴力や威圧で黙らせる
・話し合いそのものを拒否する
・レッテル貼りで相手を社会から追い出す
つまり、
民主主義の土台である「対話」を壊すこと
これこそが “不寛容” だとしたのです。

でも今の日本、真逆のことが起きていない?

「寛容」を掲げる側が、一番話を聞かない現象

ところが現代日本では、
ポパーが想定していなかった逆の現象が起きています。
それが──
「寛容の名による不寛容」です。
具体的には、
 ・「寛容」「多様性」を掲げる人たちが
 ・自分と違う意見を
  「差別」
  「極端」
  「危険思想」
  と決めつけて、議論を終わらせる
この構図、どこかで見たことありませんか?

若い世代ほど直撃されやすい3つの分野

① ジェンダー・LGBTの話題
慎重な意見を出すだけで、
「差別だ」で会話が終了しがちです。
・安全の問題
・スポーツの公平性
・子どもへの影響
こうした論点自体が、語られにくくなっています

② 外国人労働者・移民政策
受け入れに伴う
・治安
・社会保障
・文化摩擦
を話そうとすると、
「排外主義」とまとめて処理されることが少なくありません。

③ 伝統や家族観の話
大切にしている価値観を語ると、
・「古い」
・「時代遅れ」
と切り捨てられる。
多様性と言いながら、守る価値は一種類だけになっているのです。

これが「擬態的リベラリズム」の正体:一見リベラル、でも中身は不寛容

この現象には、共通する特徴があります。
・寛容を名乗るが、寛容なのは自分の価値観だけ
・議論せず、ラベルで黙らせる
・「弱者」を盾にして反論を許さない
・メディアと一体化し、空気を作る

・結果として、多様な意見が消える

これでは、
本来のリベラリズム(自由な議論)は守られません。

メディアが作る「言えない空気」の正体:気づかないうちに、みんな黙ってしまう

テレビや新聞が、
・特定の意見だけを「常識」として扱い
・反対意見をほぼ紹介しない
この状態が続くと、人はこう感じます。
 「反対してるの、自分だけかも」
 「言ったら炎上するかも」
これを心理学では
「沈黙の螺旋」と呼びます。
誰も強制していないのに、
空気によって言論が死んでいくのです。

“本当の寛容” を取り戻すために必要なこと

若い世代こそ、ここを見誤ってはいけません。
・異論があること自体を認める
・「不快」と「議論できない」は別だと理解する
・レッテル貼りに流されない
・メディアの言葉を絶対視しない
寛容とは、相手を黙らせることではない。
違う意見が並んで存在できる状態のことです。

結論:いま必要なのは「黙れ」じゃなく「話そう」だ

ポパーが守ろうとしたのは、
自由に話し合える社会でした。
でも今の日本では、
「正しさ」を盾にした沈黙が広がっています。

だからこそ、私たちは問い直す必要があります。
・この「正義」は、誰のためのものか
・この「寛容」は、本当に多様か
考えることをやめない人間こそが、民主主義を守る。
そして今、その役割を最も強く担っているのが、これから社会の中核を担っていく30歳未満の有権者層です。

関連投稿記事の紹介

〇2025年12月07日付け『多様性を名乗りながら多様性を奪うのは誰か――旧姓法案、夫婦別姓、擬態的リベラルの構図』
〇2025年12月13日付け『女子大学はトランス女性をどう受け入れるべきか――憲法の視点から読み解く「権利の調整」と「安全確保」の課題』
〇2025年12月23日付け『「女性を守る」はずの言葉が、女性を縛っていないか――本来のフェミニズムと、管理・統制型フェミニズムを見分けるために』
〇2026年01月23日付け『「人権」は万能カードではない――三重県職員の国籍要件見直しをめぐる議論について』
〇2026年02月08日付け『「それって本当にアウト?」――“排外主義”と言われる前に知っておきたい、法律と人権の話』

\ 最新情報をチェック /

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました