日本の衆議院は、1994年の政治改革以降、小選挙区比例代表並立制を採用している。とりわけ小選挙区制度は、数ある選挙制度の中でも、政権交代が比較的起こりやすい仕組みとされる。
典型例として挙げられるのは、小選挙区制を採用するイギリスである。選挙結果が議席配分に強く反映されるため、与党が支持を失えば一気に政権が入れ替わる。
日本でも、2009年の総選挙では、当時の野党だった民主党が大勝し、政権交代が現実のものとなった。一方で、2026年の総選挙では、それまで過半数割れの状態にあった与党が一転して三分の二を上回る議席を獲得するという圧勝を収めた。
振れ幅の大きさこそが、小選挙区制度の特質である。有権者の判断は、時に劇的な議席変動という形で示される。
小選挙区制度の本質は、「監視」よりも「交代可能性」にある。
有権者が「この政権ではだめだ」と判断したとき、対抗勢力に統治を委ねる選択が現実味を帯びる。制度は、政権交代の扉を開いていると同時に、強固な政権基盤を一気に生み出す力も持っている。
しかし、制度が保証するのは “可能性” だけである。
その扉をくぐる資格を持つかどうかは、野党の側の力量にかかっている。
立法府による行政府の監視は重要だ。だがそれは、野党の役割の一部にすぎない。本来の野党は、次の政権を担う「準備政府」であるべき存在だ。
内閣提出法案に対し、単に反対するだけでは足りない。
与党議員立法に対しても、「ここは修正すべきだ」「我々ならこう設計する」と具体的な対案を提示し、政策的な完成度を競わなければならない。審議の場で課題解決に資する議論が積み重なっているかどうか――そこにこそ、野党の存在意義が問われる。
そして、ここで重要な役割を担うのがマスメディアである。
テレビや新聞が「権力の監視」という観点から行政の問題点を報じることは不可欠だ。しかしそれだけでは不十分だ。いま審議されている法案について、建設的な修正提案が出ているのか、現実的な代案が示されているのか、与野党の議論が課題解決に向かっているのか――そうした “政策の中身” に踏み込んだ報道と解説が、もっと前面に出るべきではないだろうか。
監視は民主主義の柱だが、設計図の比較もまた民主主義の核心である。
さらに言えば、国民自身の姿勢も問われる。
野党の政府批判が建設的なものか、それとも「批判のための批判」にとどまっているのかを見極めようとする目。
そして、マスメディアの報道が「監視」に偏りすぎていないかをチェックしようとする意識。
小選挙区制度は、与党に緊張を強いると同時に、野党にも覚悟を迫る制度である。
「反対する側」に安住するのか、それとも「担う側」になる覚悟を持つのか。
制度はすでに整っている。
問われているのは、野党の本気度であり、メディアの報道姿勢であり、そして私たち有権者の選択眼である。
