2026年2月8日の衆議院解散総選挙において与党が圧勝したことにより、国政における立法課題が一気に動き出すとの見方が広がっています。その中でも、とりわけ注目されているのが「国旗損壊罪」の創設です。
現行法にはすでに、刑法第92条の外国国章損壊罪が存在します。これは、外国の国旗や国章を損壊・侮辱する行為を処罰する規定です。
他国の象徴を傷つければ罰せられる一方で、自国の象徴を公然と辱める行為には処罰規定が存在しない――この「尊厳の非対称性」は、長年議論の対象となってきました。
独立国家として、自国の象徴を守る法整備を行うことは、特段異例な発想ではありません。むしろ、国際比較の観点から見ても一定の合理性があると言えるでしょう。今回の政治状況を受け、その実現を期待する声が高まるのは自然な流れです。
もう一つの「非対称性」――ヘイトスピーチ解消法の対象範囲
しかし、私がここで強調したいのは、もう一つの「非対称性」の問題です。
それは、2016年6月に施行されたヘイトスピーチ解消法(正式名称『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』)が、「本邦外出身者に対する差別的言動」に焦点を当てている点です。
この法律は、その名称が示す通り、日本国外にルーツを持つ人々に対する差別的言動を問題とし、その解消を目的としています。しかし制度上、日本国民に対する差別的言動は直接の対象とはされていません。
つまり、法制度として明確に保護の対象となる属性と、そうでない属性が存在しているのです。
憲法第14条との関係
日本国憲法第14条1項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と定めています。
もちろん、立法政策として特定の社会問題に重点を置くこと自体は否定されるものではありません。しかし、特定の属性に対する差別のみを制度的に問題視し、他の属性への差別を構造的に扱わない状況が固定化されれば、「法の下の平等」との関係で慎重な検討が求められます。
実際、SNS上では「日本人は誰でも殺せ」といった暴力的投稿がなされた事例も報告されています。その際、ある弁護士が「日本人は社会的に優位な集団であるから差別には当たらない」との趣旨の発言を公然と行ったとされます。
もし仮に、「多数派だから差別の対象にならない」という理屈が社会に浸透するならば、それは法の理念とは大きく乖離してしまいます。差別の問題は、本来、被害の具体性や言動の悪質性によって判断されるべきであり、人数の多寡や歴史的文脈のみで一律に線引きされるべきものではありません。
「逆差別」という構造的リスク
前章で述べたように、法制度が特定の属性のみを明示的に保護し、他の属性に向けられた差別的言動を制度上の主たる対象から外す構造を固定化させれば、「法の下の平等」は理念にとどまり、実質的な均衡を失いかねません。
このような制度設計は、やがて社会の側に強い不公平感を蓄積させます。そしてその不公平感が広がったとき、人々はそれを「逆差別」と呼び始めます。問題は、言葉そのものではありません。国家が意図せずして属性による保護の濃淡を生み出しているという構造にあります。
差別を許さないという立法趣旨が、結果として別の属性への無関心を制度的に容認する形になってしまえば、それは理念の自己矛盾です。多数派か少数派かという社会的位置づけによって、差別の深刻性をあらかじめ決めてしまう発想は、法の一般性という原則と緊張関係に立ちます。
重要なのは、「どの集団が弱いか」という比較ではなく、「差別的言動それ自体をどう評価するのか」という基準の一貫性です。国家が介入する以上、その基準は属性横断的でなければなりません。
今こそ「対称性」の回復を
国旗損壊罪の創設は、「外国の象徴は守るが、自国の象徴は守らない」という非対称性を解消する試みです。
同様に、ヘイトスピーチに関する法制度も、「特定の出自のみを保護する」という構造を見直し、日本国民に対する差別的言動も明確に規制対象とする方向で検討されるべき時期に来ているのではないでしょうか。
仮にそのような改正を行うのであれば、条文の修正だけでなく、法律の正式名称も理念にふさわしいものへ改める必要があります。現行の本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律は、名称自体が対象を限定しているためです。
私は、新たな名称案として
『あらゆる差別的言動の解消及び防止に関する法律』
を提案したいと考えます。
「あらゆる」と明示することで、保護対象を属性によって区別しないという国家の意思を明確にできます。また、「解消」に加えて「防止」を掲げることで、理念だけでなく実効性への意思も示すことができます。この名称であれば、憲法第14条の平等原則とも整合し、国民に対しても直感的に理解されやすいはずです。
重要なのは、「誰を守るか」という個別属性の比較ではなく、「差別という行為そのものをどう扱うか」という基準の一貫性です。
国旗という国家の象徴を守ることと、国民一人ひとりの尊厳を守ることは、決して矛盾するものではありません。むしろ、どちらも独立国家における法秩序の根幹に関わる問題です。
今回の政治状況を契機として、単に一つの立法課題にとどまるのではなく、「法の下の平等」とは何かを根本から問い直す議論が深まることを期待します。
感情ではなく、理念と整合性に基づく制度設計こそが、成熟した民主国家の証しであると私は考えます。
※過去の関連投稿記事
〇2023年6月11日付け『全ての人を守る法律へ:いわゆるヘイトスピーチ法の再設計とは?』
〇2025年2月24日付け『ヘイトスピーチ解消法の課題と法改正の必要性』
〇2025年7月15日付け『「差別をなくす法律」が差別を生む?──ヘイトスピーチ解消法に潜む4つの重大な問題』
付記:小野田大臣への期待
ヘイトスピーチ解消法は、2016年に成立・施行されました。所管は法務省(の人権擁護局)です。
その法務省で、小野田紀美氏は2020年から2021年にかけて大臣政務官を務めました。政務官は、担当行政分野について実務的にも政策的にも深く関与する立場です。
在任時期がヘイトスピーチ解消法の成立当時ではないにせよ、所管官庁の政務三役として省内事情に触れてきた経験は、ヘイトスピーチ解消法の構造や運用実態を理解するうえで大きな意味を持つはずです。
現在、小野田氏は経済安全保障担当大臣であると同時に、外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣という重要な役割も担っています。共生社会を推進する立場である以上、差別的言動への対応という制度設計の在り方にも無関心ではいられないでしょう。
もちろん、ヘイトスピーチ解消法は一義的には法務大臣の所管です。しかし、政策は所管大臣だけで動くものではありません。関係閣僚の理解と後押しがあってこそ、具体的な改正論議は前進します。
法務省大臣政務官としての経験を持ち、かつ現在「共生社会」を担当する立場にある小野田紀美氏には、改正議論を支える後方支援で力を発揮してほしいと私は考えます。
制度の整合性を高め、真に公平な法体系へと進化させるための橋渡し役として、その経験と知見が生かされることを期待したいところです。
