与党圧勝の時代に問われる「野党」と「メディア」の責任――議会制民主主義の原理から考える

2026年2月8日の解散総選挙で与党が圧勝し、衆議院で三分の二以上の議席を占めるに至りました。他方、参議院では少数与党という構図です。
このような状況のもとで、野党とマスメディアは何をすべきなのでしょうか。
感情論や政局論ではなく、議会制民主主義の基本原理から整理してみたいと思います。

多数決は「万能」ではありません

民主主義は多数決で決まります。しかし、多数決は「常に正しい」という意味ではありません。
多数決とは、最終的な決定方法にすぎません。
その前提として、
・十分な情報公開
・公開の議論
・反対意見の提示
・代替案の提示
といった熟議の過程
が不可欠です。

この「熟議」を制度的に支えるのが、野党とメディアです。
衆議院で三分の二という圧倒的多数を持つ与党の下では、数の力で再可決が可能になります。だからこそ、決定前の議論の質がこれまで以上に重要になるのです。

野党の役割は「反対」ではなく「修正」

議会制民主主義における野党の本質的役割は二つあります。
① 立法の修正機能
政府提出の予算案や法案について、
・制度設計に抜け穴はないか
・財源は現実的か
・国民生活への副作用はないか
・将来世代への負担は過度でないか

を検証し、問題があれば具体的な修正案を提示することです。
単なる反対は、政治的パフォーマンスにはなっても、制度の改善にはつながりません。
「ここをこう直せばより良くなる」という提案こそが、野党の価値を示します。
② 行政監視機能
国会は法律制定機関であると同時に、内閣を監視する機関でもあります。
・公約は実行されているか
・予算は適正に使われているか
・数値目標は検証可能か
・不作為や失策はないか

こうした点を点検し、問題があれば改善案を示す
これは政権の足を引っ張る行為ではなく、権力の健全性を保つための制度的責務です。

マスメディアの第一義的な役割は、主権者である国民の「知る権利」への奉仕

マスメディアもまた、民主主義の重要な構成要素です。
放送事業者には、放送法第4条1項により、
・政治的に公平であること
・事実をまげないこと
・多角的に論点を明らかにすること
が求められています。

これは「無色透明であれ」という意味ではありません。
主権者(国民)が判断できる材料を、偏りなく提示する努力を尽くすということです。
・与党の公約が実効性を伴っているかを検証すること。
・同時に、野党が国民のための建設的提案を行っているかを検証すること。
その両方を冷静に扱う姿勢が不可欠です。

“成功体験” にすがる危うさ

ここで、あえて警鐘を鳴らしたい点があります。
野党もメディアも、過去には「対立を強調すること」が注目や支持を集めた時期がありました。
激しい言葉、分断を煽る構図、政局的な攻防――それらは確かに視線を集めやすい手法です。
しかし、それが本来の役割――
・制度の改善
・政策の検証
・情報の公正な提供
を二の次にする姿勢につながるならば、話は別です。

野党が対立の演出を優先し、政策的対案を示さなければ、有権者は「任せられない」と判断します。その結果が、衆議院選挙での大敗という形で現れた可能性は否定できません。
メディアも同様です。
対立構図を強調し続け、冷静な検証よりも印象や煽りを優先すれば、視聴者・購読者の離反と信頼の低下は避けられません。
それでもなお過去の
“成功体験” に依存し続けるならば、それは自己修正を拒む行為であり、長期的には自らの存在基盤を削る「自傷的選択」になりかねません。

強い政権下で試される成熟度

衆議院で三分の二以上を占める政権の下では、
・与党の自制
・野党の政策的対抗軸
・メディアの検証能力
この三つの成熟度が試されます。
どれか一つが対立の演出に傾きすぎれば、民主主義は空洞化します。
対立そのものが悪いのではありません。
問題は、対立が目的化することです。

最終的に問われるのは、有権者の判断

毎回投票に行く有権者にとって重要なのは、
・政策の中身
・提案の具体性
・情報の質
を見る目
を持つことです。

民主主義は、強い政権が誕生したときにこそ真価が問われます。
・野党とメディアが本来の役割に立ち返るのか。
・それとも、過去の成功パターンに固執するのか。
その帰結を決めるのは、最終的には私たち主権者の評価です。
冷静に、制度の原理に立ち返って考えること。
それこそが、与党圧勝の時代における民主主義の成熟を測る物差しではないでしょうか。

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