参政党代表・神谷宗幣氏の一連の発言と、2月8日投開票の衆院選後の第221回特別国会での首班指名投票での行動は一致していたのか。
本稿では感情論を排し、「論理の整合性」と「説明責任」という二つの観点から整理します。
選挙期間中に示された “投票の意味”
衆院選期間中、参政党は繰り返し次の趣旨を訴えていました。
・自民党そのものを無条件に支持するわけではない
・しかし高市路線には期待する
・参政党を伸ばすことが保守政権を強くする
・参政党への投票は高市政権の後押しになる
ここで言う「高市政権」とは、高市早苗氏が率いる政権を意味します。
重要なのは、「是々非々」という抽象的姿勢以上に、
参政党に投票することが、高市氏を首班とする政権を後押しすることになる
という具体的な “投票の意味” が提示されていた点です。
有権者は理念だけでなく、「その一票が何をもたらすのか」という説明を基礎に判断します。
この説明は、選挙戦術上のレトリックでは済まされない重みを持ちます。
首班指名という最も明確な検証の場
首班指名投票は、象徴的行為ではありません。
誰を内閣総理大臣に選出するのかを直接的に示す、最も明確な意思表示です。
もし本気で
「参政党への投票が高市政権の後押しになる」
と説明していたのであれば、
首班指名で高市氏に投票することが最も自然な行動になります。
しかし実際には投票しませんでした。
ここは評価ではなく事実です。
問題は「投票しなかったこと」そのものではありません。
問題は、
なぜ、選挙時の説明と異なる行動を取ったのか
その理由が、有権者に対して十分に説明されていたのか
という点です。
「是々非々」という言葉の限界
支持者の中には、
「最初から是々非々だと言っていた。だから一貫している」
と主張する声もあります。
確かに「是々非々」という言葉は用いられていました。
しかし同時に、
参政党への投票が高市政権の後押しになる
とも繰り返し説明されていました。
論理的に見れば、
・是々非々=案件ごとに賛否を判断する
・後押しになる=特定の政権形成を積極的に支える
この二つは政治的意味が異なります。
もし是々非々を徹底するのであれば、
・首班指名で支持しない可能性
・独自候補に投じる可能性
これをあらかじめ明確に示しておく必要がありました。
しかし選挙期間中のメッセージは、多くの有権者にとって、
「高市氏を首班とする政権を強める一票」
と理解し得る内容でした。
ここに認識のズレが生じています。
自由と説明責任は別問題
もちろん、政党がどのような投票行動を取るかは自由です。
戦略変更も自由です。
連立模索も全面対決も、政治判断としてはあり得ます。
しかし、
選挙時に提示した “投票の意味” と、
選挙後の最重要局面での行動が一致しているか
これは自由とは別次元の問題です。
有権者は、与えられた説明を前提に投票します。
その前提が事後的に修正されるなら、修正理由の説明が不可欠です。
説明がなければ、それは単なる戦略変更ではなく、
投票の意味の後出し変更
と受け取られても仕方ありません。
問われているのは信頼の構造
本件の本質は、支持・不支持ではありません。
参政党を敵視する話でもありません。
問われているのは、
言葉と行動は一致していたのか
説明責任は果たされていたのか
という一点です。
政治は信頼の上に成り立ちます。
その信頼は、
・何を約束し
・どのように行動し
・その差異をどう説明するか
によって積み重なります。
首班指名という最も可視化された場で、
選挙時の説明との間に論理的緊張が生じた以上、
それに対する明確な説明がなければ、
「最初から一貫していた」という主張は、論理的に成立しにくいと言わざるを得ません。
結論は単純です。
政党には戦略の自由があります。
しかし、有権者には「投票の意味が変わらない」ことを求める権利があります。
その橋渡しをするのが、説明責任です。
そこが果たされていたかどうかこそ、冷静に検証されるべき論点なのです。
