はじめに
本稿は、次の事実関係を前提にしています。まずその確認から始めます。
① 日本の放送電波利用料は低額か
日本の電波利用料制度は1993年に導入され、目的は「電波監理に要する費用の回収」です。
料金は帯域幅などに基づく定額的な算定方式であり、周波数の市場価格を反映する仕組みではありません。
放送事業者の負担総額は、移動体通信事業者と比べると小規模です。
この点は事実です。
ただし、制度の趣旨は「市場価値徴収」ではなく「監理費回収」であり、
設計思想そのものが異なる点は留意が必要です。
② 日本は放送にオークションを導入していないか
日本は、周波数割当に本格的なオークション制度を導入していません。
これは事実です。
一方、米国では通信向け周波数について
Federal Communications Commission(FCC) がオークションを実施しています。
英国でも
Ofcom が市場原理を取り入れています。
ただし重要なのは、
欧米でも放送分野が全面的にオークション化されているわけではない
という点です。
多くの国で、
・通信=市場原理型
・放送=公共性重視型
という二層構造が存在します。
したがって、
「日本だけが極端に異常」という断定は正確ではありませんが、
「経済価値の反映が弱い」という指摘は成立します。
日本の制度が抱える構造的課題
日本の特徴は次の三点です。
①放送用周波数の経済価値評価が制度上組み込まれていない
②更新が原則継続型で、競争性が限定的
③通信との負担格差について政策的説明が十分とは言えない
この状態が長く続いた結果、
「既得権ではないか」という批判が生じています。
しかし、ここで重要なのは感情的な対立ではなく、
制度設計の再構築です。
あるべき基本理念
改革を考える際には、次の三原則が不可欠です。
① 公共性の確保
② 公平な競争環境
③ 透明性の向上
この三つは対立概念ではなく、両立を図るべきものです。
考え得る現実的改善策
(1)段階的な経済価値反映制度の導入
いきなり全面オークションを導入するのではなく、
・市場価値試算の公開
・段階的なインセンティブ型料金導入
といった穏健な改革が考えられます。
(2)更新審査の透明化
・客観的評価基準の明示
・第三者評価の義務化
・一定条件下での部分再公募
これにより「形式的更新」批判は弱まります。
(3)帯域再編の中長期戦略化
通信需要は今後も拡大します。
放送の高度化・効率化と一体で議論する必要があります。
拙速な「敵対的改革」はなぜ危険か
ここが最も重要な論点です。
電波改革は、「既得権打破」というスローガンで語られがちです。
しかし、拙速な制度変更は重大な副作用を生む可能性があります。
(1)放送は単なるビジネスではありません
放送は、
・災害時の緊急情報インフラ
・地域密着のニュース基盤
・民主主義における情報の土台
という役割を担っています。
巨大地震や台風の際、停電下でも受信可能な地上波の存在は、
単なる経済合理性では測れません。
もし全面オークションによって、
・参入が資本力勝負になる
・地方局が淘汰される
・短期収益優先構造になる
とすれば、
情報の多様性や地域性が失われる恐れがあります。
(2)急激な負担増は番組内容に直結します
仮に巨額の落札費用が発生すれば、
・制作費削減
・報道部門縮小
・娯楽偏重
といった影響が出る可能性があります。
改革の目的は公共性の強化であって、
弱体化ではないはずです。
(3)「壊す改革」は信頼を損ないます
制度への不満があるからといって、
敵対的・断罪的に制度を壊すことは、
社会的分断を深めます。
重要なのは、
・透明化
・公平化
・説明責任
を積み重ねることです。
感情ではなく制度設計で応える――
それが成熟した政策改革の姿です。
結論
日本の放送電波利用料は低額であり、
市場価値を直接反映していません。
また、日本は放送分野でオークションを導入していません。
しかし、それは直ちに「不正」や「利権」と断じる問題ではありません。
問われているのは、
・公共性を守りながら
・経済合理性を高め
・制度の透明性を確保する
そのバランス設計です。
電波は国民共有の財産です。
だからこそ、拙速でも敵対的でもない、
冷静で段階的な改革こそが求められているのではないでしょうか。
