「すべての戦争は対話の失敗だ」
この言葉には、道徳的な響きがあります。戦争は悲劇であり、できるなら話し合いで解決したい――それ自体に異論はありません。
しかし問題は、そこから一歩進んで、
平和は武装ではなく対話からのみ生まれる
戦争は対話によってのみ回避できる
と断定してしまうことです。
歴史は、その単純化を支持していません。
融和政策の教訓
1930年代、イギリスの首相だった ネヴィル・チェンバレン は、ナチス・ドイツとの対話による平和維持を目指しました。
象徴的なのが1938年の ミュンヘン会談 です。
イギリスとフランスは、アドルフ・ヒトラー に対し、チェコスロバキアのズデーテン地方の割譲を認めました。
チェンバレンは帰国後、「平和を確保した」と宣言しました。
しかしその後、
・ドイツはチェコスロバキア全土を占領
・1939年、ポーランドへ侵攻
・第2次世界大戦勃発
という現実が待っていました。
この経緯は、多くの歴史家によって、
融和政策はヒトラーに「西側は本格的には抵抗しない」という誤ったシグナルを与えた
と評価されています。
少なくとも言えるのは、
対話 “だけ” では侵略を止められなかったという事実です。
対話はなぜ失敗したのか
当時のイギリスには事情もありました。
・第一次世界大戦の甚大な犠牲
・経済不況
・再軍備の遅れ
・強い反戦世論
融和政策は単なる「弱腰」ではなく、時間稼ぎや世論への配慮という側面もあったと指摘されています。
しかし、決定的だったのは――
相手が「対話を守る意思」を持っていなかった
という点です。
対話は、双方が合意を守る意思を持って初めて機能します。
一方が拡張主義を捨てていない場合、対話は「時間稼ぎ」や「油断を誘う手段」に転化してしまいます。
「武装万能論」もまた誤り
ここで誤解してはならないのは、
では軍事力さえあれば平和が守れるのか?
という問いです。
答えは、これもまた「ノー」です。
過度な軍拡競争は緊張を高め、偶発的衝突の危険を増します。
抑止力(=攻撃を思いとどまらせる力。以下同じ。なお、末尾の※備考に補足説明あり。)は安定をもたらすこともあれば、不安定を生むこともある。
つまり、
✔ 武装だけでも戦争は防げない
✔ 対話だけでも戦争は防げない
というのが、歴史の冷静な結論です。
対立ではなく補完
重要なのはここです。
抑止力と対話は対立概念ではない。補完関係にある。
十分な抑止力があるからこそ、対話が真剣なものになる。
対話の窓口があるからこそ、抑止力は暴走しない。
この二つは両輪です。
一方を絶対視し、他方を悪とする議論は、現実政治の複雑さを無視した理念の単純化に過ぎません。
対話万能論の危うさ
「戦争は対話の失敗」という言い方は、一見もっともらしい。
しかしそれを、
戦争は武装があるから起きる
武装をやめれば戦争はなくなる
という論理へ飛躍させると、歴史と整合しなくなります。
1930年代のヨーロッパが示したのは、
対話に裏付けとなる抑止力が欠けていたとき、対話は侵略を止められなかった
という教訓でした。
理念と現実をどう結びつけるか
平和を願う理念は尊い。
しかし理念が現実認識を曇らせてはならない。
対話は必要です。
しかし、それが機能する条件は何か。
抑止力は危険を伴う。
しかし、それが欠けた場合に何が起きるか。
歴史に学ぶとは、
耳触りのよい言葉に酔うことではなく、
不都合な事実をも直視することです。
対話か武装か、という二者択一ではない。
抑止力と対話の両立こそが、現実的な平和への道である。
それが、対話万能論への静かな反論です。
※備考
本記事では「攻撃を思いとどまらせる力」という意味で「抑止力」という表現を用いました。より正確には、軍事力だけでなく、同盟関係、経済制裁、国際世論、国内防衛体制など、複合的な要素によって成り立つ概念です。国際政治や安全保障の分野では、専門用語として単に「抑止」と呼ばれています。
