いまテレビが直面している最大の危機は、
視聴率の低下ではありません。
「信頼」という資本の毀損です。
日本のテレビは「政治的公平」「公正」「多角的論点提示」という理念を掲げ続けてきました。
しかし現実の番組構成を見ると、事実と論評の境界が曖昧になり、感情的ラベリングが説明抜きで提示される場面が少なくありません。
問題は、価値判断が含まれることではありません。
問題は、それを明示しないことです。
「これは事実報道です」
「これは論評です」
この線引きを曖昧にしたまま進行すれば、視聴者はこう感じます。
・知らぬ間に方向づけられているのではないか。
その疑念こそが、信頼を急速に削ります。
しかも現在はSNSが常時検証空間です。
テレビの発言は瞬時に拡散され、検証され、批判される。
にもかかわらず、オールドメディアが自らの曖昧さを棚に上げ、「SNSは玉石混淆だ」「規制が必要だ」と主張するなら、それは二重基準と受け止められても仕方がありません。
規制を語るなら、
テレビも新聞もネットも、企業も個人も、同じ原則の下で議論されるべきです。
理念だけでは信頼は守れません。
抽象的な倫理綱領の存在は、信頼回復の担保にはならない。
必要なのは、
・編集方針の透明化
・事実と論評の明確区分
・根拠提示による検証可能性
です。
中立を掲げ続けるなら、その運用過程を可視化せよ。
それができないなら、「中立モデル」そのものが限界に来ている。
信頼は、宣言では守れません。
制度によってしか守れないのです。
※過去の関連記事
〇2025年12月6日付け『メディアの役割と「擬態的リベラル」の問題――日本の報道空間で何が起きているのか』
〇2026年2月11日付け『なぜ日本の左派は『自業自得』が見えなくなったのか』
