共産主義はなぜ失敗したのか――ソ連型崩壊と中国型変質、その理論的矛盾

20世紀には、マルクス主義の理論を実際に国家として実現しようとした国々がありました。
しかし、その結果は理論が想定したものとは大きく異なりました。
崩壊に至った「ソ連型」。
姿を変えて存続している「中国型」。
この二つを手がかりに、共産主義のどこに問題があったのかを考えてみます。

理論に潜む根本的な矛盾

マルクス主義は、「国家は階級支配の道具である」と説明しました。
そして最終的には、国家そのものが不要になる社会を目指しました。
しかし――そこに大きな矛盾がありました。

① 平等を実現するために「強い国家」が必要になる
共産主義は、経済的不平等をなくすことを目標にしました。
しかし人間は、
・持って生まれた能力
・家庭環境や教育
・人生における運・不運
などにおいて、自然に不平等な存在です。
もし国家が何もしなければ、自由な競争の結果、格差は再び広がります。
だからこそ、
・価格統制
・生産計画
・私有財産の制限
・言論や反対運動の抑制
といった強い国家権力が必要になりました。
「国家をなくす」どころか、国家はむしろ巨大化したのです。

② 「過渡的な独裁」が終わらなかった
理論では「プロレタリアート独裁」は過渡的な段階のはずでした。
しかし、平等を維持し続けるには常に監視と統制が必要になります。
階級対立や格差の
“再発” を防ぐためです。
結果として、
・国家権力は縮小せず
・共産党一党支配は固定化し
・批判は抑圧されました
つまり、「過渡的」なはずの体制が恒常化してしまったのです。

ソ連型崩壊――理論に忠実であろうとした帰結

代表例は、ソビエト社会主義共和国連邦(略称「ソ連」) です。
ソ連は、計画経済を徹底し、市場競争を否定しました。
・生産手段の大規模な国有化
・国家による価格決定
・中央集権的な経済計画
・共産党による一党支配
その結果、
・経済効率の低下
・慢性的な物不足
・技術革新の停滞
・官僚機構の肥大化
が進みました。
理論に比較的忠実であろうとした結果、経済の活力が失われ、体制は持続できなくなりました。
1991年、ソ連は崩壊しました。

中国型変質――理論を修正して生き残った体制

一方、中華人民共和国 は別の道を選びました。
1978年以降、市場経済を導入し、
・私有企業を容認し
・外国資本を受け入れ
・経済成長を優先しました
その結果、中国は急速な発展を遂げました。
しかし同時に、
・大きな所得格差
・巨大な民間資本家の出現
・地域間格差
も生まれました。
政治体制はどうか。
・共産党の一党支配は維持され
・言論統制は続き
・重要産業は国家が握っています
つまり中国は、
経済では市場を取り入れながら、政治では強い国家を維持する体制へと「変質」したのです。
理論をそのまま実行したのではなく、
生き残るために修正したと言えるでしょう。

根本的な問題は何だったのか

一言でいえば、
 平等を徹底しようとすると、常に「力」が必要になる
という点です。
平等を維持するためには、人々の自由な選択や競争に制限を加え続けなければなりません。
「自由」と「平等」の関係で言い直せば、「平等化」とは、常に「力の干渉」を前提としてはじめて可能となるのです。
その結果、
・自由が縮小し
・国家は肥大化し
・経済は硬直化しました
これが、多くの共産主義国家が直面した共通の構造でした。

結論

ソ連型は、理論に忠実であろうとして経済的に行き詰まりました。
中国型は、理論を修正して市場を導入し、経済成長を実現しました。
しかし両者に共通しているのは、
・平等や統制を維持するには強い国家が必要になる
・国家は縮小せず、むしろ強化されやすい
という構造的ジレンマです。

「国家は本当に消えるのか」
「平等を守るために、どこまで自由を制限するのか」
この問いは、過去の歴史にとどまらず、今なお私たちに突きつけられているのではないでしょうか。

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