はじめに
「結局、国際社会は力がすべてなのではないか。」
最近の国際ニュースを見ていて、そう感じたことはないでしょうか。
大国による軍事行動。
激しく対立する国際世論。
そして、しばしば聞かれる「国際連合(国連)は何もできない」という批判。
こうした状況を見ると、
・国際法は本当に意味があるのか
・国連は役に立っているのか
という疑問を持つのは決して不思議なことではありません。
実際、国際社会ではこれまで何度も、
軍事力や経済力によって既成事実が作られてきました。
その意味では、
「力の政治」が国際関係の重要な要素であることは否定できません。
しかし一方で、もう一つの事実もあります。
それは、
世界が完全な無法状態にはなっていない
ということです。
国家同士の対立が続く中でも、
・侵略は依然として国際法違反とされ
・各国は国際ルールを意識しながら行動し
・「国連憲章違反」という言葉は外交的に大きな意味を持ち続けています。
では、なぜこのような秩序が、完全には崩れていないのでしょうか。
その背景には、
国際法と国際機関としての国連という枠組みがあります。
もちろん、この仕組みは決して万能ではありません。
むしろ、不完全で政治に左右される制度です。
それでもなお、
国際法と国連が今日まで存続してきたのには理由があります。
この記事では、
「結局、力がすべてなのか?」
という素朴な疑問から出発して、
それでも国際法と国連が存在し続けている理由を整理してみたいと思います。
なぜ国連には「拒否権」があるのか―大国を制度の中にとどめるための仕組み
国連の安全保障体制を考えるうえで、避けて通れないのが
安全保障理事会(安保理)の常任理事国の拒否権です。安保理には、
次の五つの常任理事国があります。
アメリカ合衆国(米国)
ロシア連邦(ロシア)
中華人民共和国(中国)
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)
フランス共和国(フランス)
これらの国は、重要な決議に対して
拒否権(Veto)を持っています。
この制度はよく批判されます。
「大国が拒否権を持っているから国連は機能しない」
という意見も少なくありません。
しかし、この制度には歴史的な理由があります。
それは、
もし拒否権がなければ、大国が国連に参加しなかった可能性が高い
ということです。
国連は
「大国を排除する制度」
ではなく、
「大国を制度の中にとどめるための妥協」
として設計されました。
その結果、国連は
・大国を完全には縛れない
・しかし大国同士の全面戦争を防ぐ枠組み
という、
ある意味で中途半端な制度になりました。
理想的な仕組みではありません。
それでも、
核兵器を持つ大国同士の衝突を避ける枠組みとして
一定の役割を果たしてきた側面があります。
国連は世界政府ではない―国際法の三つの構造的弱点
ここで重要なことがあります。
国連はしばしば誤解されますが、
世界政府ではありません。
つまり、
国家の上に立つ
強制的な権力を持つ政府ではないのです。
そのため、国際法には構造的な弱点があります。
大きく三つです。
① 強制執行権がない
国内法には警察や裁判所があります。
しかし国際法には、それに相当する強制執行機関がありません。
② 最終審級の強制裁判所がない
国際裁判所は存在しますが、
国家が管轄権を認めなければ裁判を受けないことも可能です。
③ 大国が拒否できる
安全保障理事会では、常任理事国が拒否権を持っています。
これらはすべて事実です。
そのため、国際法はしばしば
「弱い法」
だと言われます。
それでも国際法が機能している理由
では、国際法は本当に意味がないのでしょうか。
もし国際法も国連も存在しなかったとしたら、どうなるでしょうか。
武力の行使を制約する共通ルールもなく、
侵略を非難する国際的枠組みもなく、
紛争の仲介を行う場も存在しない。
その世界は、おそらく
「力だけが支配する世界」に、もっと近いものになってしまうでしょう。
国際法は決して無意味ではないのです。
なぜなら、現代の国際社会では
・経済秩序
・貿易ルール
・金融制度
の多くが、国際法と結びついているからです。
たとえば国際貿易や金融市場は、
ルールなしでは成立しません。
国家は主権を持っていますが、
完全な無法状態では経済活動そのものが成り立たないのです。
そのため、多くの国は国際法を完全には無視できません。
「立場の数だけ正義がある」国際社会
現実の国際政治を理解するためには、
三つの「正義」を区別して考える必要があります。
① 価値の正義(moral justice)
各国が掲げる理念や価値観です。
民主主義、人権、国家主権などが含まれます。
② 法的正義(legal legitimacy)
国際条約や法規範に基づく評価です。
③ 力の政治(power politics)
軍事力や経済力による現実の力関係です。
現在の国際社会では、
この三つが必ずしも一致していません。
だからこそ、
「立場の数だけ正義がある」
という状況が生まれます。
国際法の本当の役割―侵略を止めるのではなく侵略の「コストを上げる」
国際法はしばしば誤解されています。
国際法は
すべての侵略を止める仕組みではありません。
しかし、別の意味では重要な役割があります。
それは
侵略のコストを高くすること
です。
具体的には、
・国際的孤立
・経済制裁
・外交的圧力
・国際裁判
などの形で、侵略には長期的コストが発生します。
そのため、国際法は
即効薬ではないが、侵略を抑制する装置
として機能してきました。
現実主義から見た国際法の意味
現実の国際社会では、
・既成事実を作った側が短期的には有利になる
ことは確かです。
しかし同時に、
・国際秩序からの排除
・経済的孤立
・長期的な外交コスト
という問題も生じます。
つまり、
大国であっても完全な無法状態を選ぶことはできない
のです。
だからこそ、
国際法は今日まで存在し続けています。
最後に
国際社会では、
しばしば次のような言葉が聞かれます。
「結局、力がすべてだ。」
確かに、現実の世界では
軍事力や経済力が大きな影響力を持っています。
しかし、だからといって
すべてが力だけで決まるわけでもありません。
国際法や国連は、
唯一の正義と勝者を決める制度ではありません。
各国がそれぞれの正義や利害を主張する世界の中で、
無制限の力の行使にブレーキをかけるための仕組みです。
不完全で、政治に左右される制度です。
それでもなお、
この枠組みが存在し続けているのは理由があります。
それは、人類が歴史の中で
「完全な無法状態の世界」がどれほど危険か
を知っているからです。
国際法や国連は、
唯一の正義と勝者を決める制度ではありません。
しかし、
世界が無制限の暴力へと崩れていくことを防ぐための装置
としては、今もなお重要な役割を果たしています。
そしておそらく、
それこそが国際法と国連が存在し続けている理由なのです。
