2026年3月11日。
福島県いわき市の中学校で、卒業生の最後の給食として赤飯が用意されていました。
しかし、その給食は当日になって中止されます。
理由は「震災の日に赤飯はおかしい」という電話でした。
市教育委員会は急きょ献立を変更し、すでに調理されていた赤飯約2100食は廃棄されました。
生徒たちには備蓄の非常用パンが配られたといいます。
この出来事は、単なる学校給食のトラブルではありません。
そこには
「不謹慎」という言葉をめぐる社会の空気、
そして行政の過剰なリスク回避という問題
が、はっきりと表れています。
しかし、もっと大きな問いがあります。
震災の追悼とは、日常を止めることなのでしょうか。
それとも、日常を守り続けることなのでしょうか。
給食2100食の廃棄という出来事を手がかりに、
「追悼と日常」の関係について考えてみたいと思います。
行政の「過剰リスク回避」という問題
まず、行政の判断です。
学校給食の献立は通常、かなり前から決められ、保護者にも通知されています。今回も赤飯は、卒業生の最後の給食を祝う行事食として予定されていたものでした。
ところが、当日の電話一本で献立が変更され、調理済みの2100食が廃棄される結果となりました。
もちろん、教育委員会が地域の感情に配慮しようとしたことは理解できます。特に、いわき市は震災で多くの犠牲者を出した地域です。
しかし、それでもなお、電話一本で献立を変更し、大量の食事を廃棄するという判断は、行政として冷静さを欠いていたと言わざるを得ません。
そもそも、震災の日に配慮する方法は、献立を取りやめることだけではありません。
もし震災の日を意識するのであれば、例えば給食の前に黙祷を行う、震災の出来事について簡単に話をする、防災教育の時間を設けるといった形で、子どもたちにその意味を伝えることも十分に可能だったはずです。
実際、震災の経験を持つ地域では、災害時の食事を体験する「防災給食」を実施する学校もあります。日常の給食を通じて、防災や災害の記憶を学ぶ取り組みです。こうした例が示しているように、祝いの行事と追悼や防災教育は、本来対立するものではなく、工夫次第でいくらでも両立させることができます。
にもかかわらず、電話一本の指摘を受けて、他の可能性を検討する余地もなく献立を中止し、結果として大量の食事を廃棄する。これは、地域の感情への配慮というよりも、「批判を避けること」を最優先した行政の過剰なリスク回避と言わざるを得ません。
行政はしばしば、批判を避けるために「最も無難に見える判断」を選びがちです。
しかし、その結果として現場が混乱し、税金で作られた食事が廃棄され、生徒の学校生活の節目が損なわれるのであれば、それは決して適切な判断とは言えないでしょう。
行政の役割とは、クレームをただ回避することではありません。多様な意見の中で、社会として何が合理的で、何が本当に大切なのかを見極め、責任を持って判断することのはずです。
「不謹慎探し」という空気
もう一つの問題は、「震災の日に赤飯は不謹慎だ」という発想そのものです。
確かに、3月11日は多くの人にとって特別な日です。犠牲になった方々を追悼することは大切ですし、その記憶を風化させない努力も必要でしょう。
しかし、そのことと「祝い事をすべて排除する」ことは、まったく別の問題です。
今回の赤飯は、震災を祝うものではありません。卒業を迎える生徒のための、学校行事としての祝いの食事です。しかも卒業式はその二日後に予定されていました。つまり、赤飯は「次の世代の門出」を祝う、ごく自然な行事の一部だったのです。
それでも「不謹慎だ」と感じる人がいるのは理解できます。
しかし、その感覚を社会全体に強制することが正しいとは限りません。むしろ、それは「不謹慎探し」に近いものになりかねません。
さらに言えば、このような「不謹慎」を正義のように振りかざす行為は、別の意味で非常に悲しいものでもあります。
なぜなら、震災で深い悲しみを経験した地域の人々の多くは、その悲しみを抱えながらも、復興に向けて前を向き、日常を取り戻そうと懸命に生きてきたからです。
そうした人々にとって、子どもたちが卒業を迎え、未来へ歩み出す姿は、本来ならば希望の象徴であるはずです。
ところが、その営みに対して「不謹慎だ」と声を上げ、日常の営みそのものを止めようとする行為は、結果として、復興に向かって歩いてきた人々の努力や希望の足を引っ張ることにもなりかねません。
もちろん、追悼の気持ちは大切です。
しかし、その気持ちが他者の生活や未来を縛る形で表現されるとき、それは追悼の精神とは少し違うものになってしまいます。
社会の中で何かが起きるたびに、「それは不謹慎ではないか」と指摘し、日常の営みを次々と制限していく。
そうした空気は、結果として社会を萎縮させてしまいます。
追悼と日常は対立しない
そもそも、追悼とは日常を否定するものなのでしょうか。
震災から年月が経つにつれて、私たちは改めて考える必要があります。追悼とは、単に悲しみを共有することだけではありません。
そこにはもう一つの重要な意味があります。
それは、「普通の生活を守る」という決意です。
震災は、多くの人から日常を奪いました。家族を失い、住む場所を失い、当たり前の生活を失った人が数多くいました。
だからこそ、私たちはその記憶を胸に、日常の尊さを忘れないようにしなければならないのです。
学校で卒業生を祝うこと。
子どもたちが未来へ歩き出すこと。
それは、まさに震災が奪おうとした「日常」そのものではないでしょうか。
次の世代が生きていくということ
震災の教訓とは、悲しみを忘れずに心に刻むことと同時に、その悲しみが奪った「日常」を次の世代のために守り続けること、そこから学び、次の世代がより安全に、より強く生きていける社会をつくることにあるのではないでしょうか。
子どもたちが卒業を迎え、未来へ向かっていく。
それを祝うことは、決して震災の記憶を否定するものではありません。むしろ、その記憶を未来につなげていく営みの一部と言えるでしょう。
追悼とは、日常を止めることではありません。
日常を守り続けることこそが、追悼の本当の意味なのかもしれません。
もし震災の日に赤飯が出たとしても、それは「不謹慎」ではなく、次の世代が歩み続けている証しです。
そして、その普通の生活こそが、震災で失われた多くの人々が本来生きていたはずの時間でもあるのです。
震災が奪ったのは、多くの人にとって当たり前だった日常でした。
だからこそ、子どもたちが卒業を迎え、未来へ歩き出すその普通の光景を守り続けることこそが、私たちにできる最も静かな、そして最も確かな追悼なのかもしれません。
