コオロギ食の本当の課題は “感情” ではない――科学的に考えるそのリスクと限界

“未来の食材” として注目されるコオロギ

「昆虫食は地球を救う」――そのような前向きなスローガンとともに、今や国際機関や食品業界が積極的に後押ししている「食用コオロギ」。けれども、本当にそれは「安心して食べられる未来食材」と言えるのでしょうか?
本記事では、科学的知見と消費者心理の両面から、コオロギ食の “今” と “これから” を冷静に考えます。

現時点で「一応の安全性」は確認されている

確かに、現在の科学的枠組みのもとでは、特定の条件下で適切に養殖・加工されたコオロギについて、一定の安全性が確認されたとする評価があります。欧州食品安全機関(EFSA)は、乾燥粉末などに加工されたフタホシコオロギの食品としての使用を一部認可していますし、日本でも、食品衛生法に基づく基準を満たした製品は、既に市場に流通しています。

とはいえ、これらの評価はあくまで「現時点での科学的知見に基づいた暫定的な判断」であり、長期的な摂取や広範な使用による影響については、今なお不確定な要素が残されているのが実情です。

「一応の安全性」と「心理的受容」は別の問題

しかし、ここで見落としてはならないのが、「中長期的影響が未確認であるにもかかわらず、現時点では一応『科学的に安全』とされている」という前提と、「消費者がそれを信頼し、すすんで口にしたいと感じるかどうか」とは、必ずしも一致しないという点です。

この点について、東京大学大学院経済学研究科で消費者心理や感覚マーケティングを専門とする元木康介講師は、次のように指摘しています。

「身体に取り込む “食” は、消費行動のなかでも特殊です。嫌悪感や安全性への懸念など、そこにある心理的特性を踏まえなければ、代替食品を普及させるのは難しいでしょう。」

食べ物に対する信頼は、単にデータやラベルだけでは築かれないという、人間の本質的な感覚に基づく指摘と言えるでしょう。

拒否反応は「非合理的」とは限らない

コオロギ食に対する拒否感や抵抗感が、ただの感情的な反発だと捉えられることもありますが、必ずしもそうとは言い切れません。むしろその背景には、「本当に安全なのか」「なぜ今これほど急速に推進されているのか」といった、もっともな疑問や不信感が潜んでいる場合も多いのです。

実際に、アレルギーへの懸念(特に甲殻類アレルゲンとの交差反応)、昆虫が保有する微生物・病原体の種類や管理方法、さらにはコオロギに多く含まれるキチン質の長期摂取が人体に与える影響などについては、今後の研究の進展が必要とされています。

こうした課題を考慮すれば、「念のため、まだ様子を見たい」「子どもに食べさせるのは慎重になりたい」という消費者の姿勢は、科学的知識が不足しているからではなく、むしろ科学の不確実性に対して自覚的であるがゆえの判断とも言えるでしょう。

「科学的に正しい」は、永遠に保証された評価ではない

科学とは、常に新たな発見や証拠によって修正され得る、可変的で暫定的な知の体系です。今日「正しい」とされていることが、明日には修正される――そうした事例は、医学や栄養学を含めた科学の歴史の中で決して珍しいことではありません。

その意味で、「コオロギ食は科学的に正しい」との主張を無条件に信じることに慎重な姿勢を取る人々は、単なる保守的反応を示しているわけではなく、中長期的な視野と判断力を持って物事を見ようとしているとも言えるのです。

科学と感覚、その両方に誠実に向き合うために

コオロギは、私たちの食卓に「環境」や「栄養」だけでなく、「信頼」や「文化の壁」までも問いかけてきます。
科学の力を信じながらも、疑問を持つ権利を忘れないこと――。
それこそが、私たち消費者が「未来の食」にどう向き合うべきかを考える第一歩なのではないでしょうか。

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