野生動物との境界線を見直す——熊や鹿との共存に学ぶ地域の知恵

時代の一歩先

境界線が揺らぐ時代

近年、日本各地でクマやシカ、イノシシなどの野生動物による被害が相次いでいます。農作物を食い荒らしたり、住宅地に出没して人を襲う事故も増加しています。
背景には、過疎化や高齢化による里山の管理放棄、地球温暖化による植生の変化など、複数の要因が絡み合っています。
もはや「人と野生動物の世界はきれいに分かれている」という前提は成り立たず、両者の境界線は曖昧になりつつあります。
この状況を前に、「どうすれば共存できるのか」という問いは、地方だけでなく都市に住む私たちにとっても無関係ではありません。
そこで、先進的な地域の知恵や取り組みをひもときながら、人と野生動物との新しい関係性を考えてみましょう。

「出会わない工夫」から始める共存

野生動物との共存の第一歩は、「できるだけ出会わない」ための環境づくりです。たとえば北海道では、住宅地の周囲にフードロッカー(ごみ箱を金属製にして動物が開けられないようにしたもの)を設置することで、ヒグマの市街地侵入を減らす取り組みが進められています。
また、農地では電気柵や防護ネットの導入が一般化しつつありますが、単に設置するだけでなく、地域住民が点検や修理を定期的に行うことが被害軽減の鍵となっています。さらに、民家の庭先に果樹を放置しない、放牧地に残飯を置かないなど、小さな生活習慣の改善も重要です。
「人が誘因を作らない」ことが、境界線を守る第一の知恵だといえるでしょう。

情報を “速く・広く” 回す——LINE・地図・AIカメラの使い分け

次に重要なのは、動物の出没情報をいかに地域で共有するかです。
長野県のある集落では、クマの目撃情報をLINEグループで即座に回す仕組みを整えています。また、地図アプリを併用して「どの道で出会いやすいか」を見える化する工夫もなされています。さらに、AIカメラを導入し、シカやイノシシの侵入を自動で検知してスマホに通知する例も増えてきました。これにより、夜間や人手不足の時間帯でも早期対応が可能になります。
これらの仕組みは、いわば「現場で役立つ知恵や工夫(現場の工夫)」を積み重ねた結果として生まれています。最先端の技術だけでなく、地域の実情に合わせて複数のツールを柔軟に組み合わせることが大切なのです。

捕獲と利用のバランス——「害獣」を「地域資源」に

野生動物との距離を保つためには、ときに捕獲も必要です。しかし、「捕獲して終わり」では持続可能とはいえません。近年注目されているのが、ジビエ(野生鳥獣肉)やレザー(革製品)としての活用です。
農林水産省も、地域振興策の一環としてジビエ利用を推進しており、食肉処理施設や流通体制の整備を支援しています。実際に、シカ肉を使ったレストランや、イノシシ革の財布などが人気を集める地域も出てきました。
「被害をもたらす存在」を「新しい価値」に転換する取り組みは、単なる害獣駆除から一歩進んだ共存の知恵といえるでしょう。

生態系の視点——「捕獲だけ」に頼らない共存戦略

ここで忘れてはならないのが、生態系全体を見据えた視点です。たとえば、シカが増えすぎると下草が食べ尽くされ、森林の再生が妨げられます。逆に、オオカミのような捕食者がいなくなったためにシカが増えた、という研究もあります。
つまり、「捕獲だけに頼めば解決する」という単純な話ではありません。動物を “害” と決めつけるのでもなく、逆に「神話的に守るべき存在」とみなすだけでも不十分です。
重要なのは、生態系のつながりを理解し、人と動物の数や行動のバランスをどう取るかを科学的に考えることです。
日本でも、森林科学や生態学の研究者が地域と連携し、モニタリング調査や適正捕獲数の検討を進めています。こうした知見を地域の合意形成に活かすことが、長期的に安定した共存の基盤となるのです。

「害」を「価値」に変える——ジビエとレザーの地域デザイン

捕獲した動物をただ廃棄するのではなく、地域資源として循環させる取り組みは各地で広がっています。シカ肉を学校給食に取り入れたり、イノシシの革を使った地域ブランド製品を展開したりと、工夫は多様です。
農林水産省もガイドラインを設け、安全性の確保や衛生的な処理方法を普及させています。これにより、安心して食卓や市場に流通させる体制が整いつつあります。
こうした取り組みは、単なる「害獣対策」ではなく、地域のデザインや文化づくりの一部ともなっています。動物との距離をどう保つかという課題が、新たな産業や地域アイデンティティを生み出す契機になり得るのです。

日本社会にとっての課題と可能性

野生動物との共存は、単なる地方の課題にとどまりません。都市部でもカラスやタヌキ、アライグマといった動物との摩擦は存在し、今後ますます多様なかたちで境界線が問われるでしょう。
課題は多いものの、技術の活用や知恵の共有によって解決の糸口は見えてきています。重要なのは、「人と動物の関係をどう再設計するか」を社会全体で考え、地域ごとの取り組みを支援する姿勢です。
私たち一人ひとりも、里山や自然環境に対する理解を深め、日常の小さな行動から境界線の在り方を見直すことができます。それは、未来に向けて持続可能な社会を築く第一歩になるでしょう。

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