はじめに――「制度はある」のに、効かない理由
これまでの回では、
・第1回:巨大資本と超富裕層(税制)
・第2回:事実上の統治力を持つ民間主体(規制)
・第3回:データとアルゴリズムによる世論形成(情報主権)
というテーマを通じて、21世紀の民主主義と法の支配が直面する課題を見てきました。
では、日本はこの現実にどう向き合えばよいのでしょうか。
結論から言えば、「憲法がある」「法律がある」「三権分立がある」だけでは、もはや十分とは言えません。
問題は、日本の制度が20世紀型の権力構造を前提に設計されたまま、
21世紀型の「見えにくい権力」に対応しきれていない点にあります。
立法府――「想定外の権力」を想定できているか
日本の立法は、基本的に
・国家
・企業
・個人
という明確な区分を前提に構築されてきました。
しかし現実には、
・国家を超えて影響力を持つプラットフォーム
・法的には民間でも公共性を帯びた巨大組織
・国内法の枠外から圧力を及ぼす国際的評価や基準
が、政策や社会の方向性を左右しています。
これに対し、日本の法律は「想定していないもの」に対して、しばしば沈黙します。
沈黙は中立ではありません。
それは結果的に、強い側に有利に働きます。
今後の立法には、
「国家か民間か」ではなく、
「どれほど社会に影響を与え得るか」
という基準を組み込む発想が求められます。
行政府――裁量は誰のために使われているか
行政は、本来、法律を具体化し、公共の利益を実現するための存在です。
しかし近年、行政の役割はますます難しくなっています。
理由の一つは、
グローバルな圧力や国際的慣行が、国内政策に強く影響するようになったからです。
・国際基準に合わせるべきだ
・世界の潮流だから仕方がない
・市場の反応を考えなければならない
こうした言葉は、一見もっともらしく聞こえます。
しかし、それが国内の民主的議論を経ないまま政策化されるのであれば、問題です。
行政に必要なのは、
「調整役」になることと同時に、
国民への説明責任を果たす主体であるという自覚です。
司法府――「法の空白」にどう向き合うか
司法は、既存の法律を解釈し、適用する役割を担います。
しかし、21世紀の課題は、しばしば「法律が想定していない領域」に現れます。
たとえば、
・アルゴリズムによる差別的結果
・プラットフォームの事実上の検閲
・契約自由の名の下での過剰な支配
これらは、違法とも適法とも言い切れない「グレーゾーン」にあります。
司法に求められるのは、
単に「条文に書いていないから判断しない」ことではなく、
憲法原理や法の趣旨に立ち返った判断を積み重ねる姿勢です。
三権分立の再定義が必要な時代
近代の三権分立は、
国家権力の集中を防ぐための仕組みでした。
しかし現代では、
国家の外にある巨大な力が、
三権のどこにも属さずに影響力を行使しています。
この状況では、
三権分立は「完成した仕組み」ではなく、
再設計を要する原理として捉え直す必要があります。
立法府・行政府・司法府が、
それぞれの役割を守りつつ、
「国家を超える影響力」にどう向き合うかを共有することが不可欠です。
日本に求められる「制度的自覚」
日本は、
急進的な革命を必要としているわけではありません。
必要なのは、
・現実を直視すること
・制度が時代遅れになっていないか問い直すこと
・民主主義を「形」ではなく「実質」で守ろうとする意思
です。
行き過ぎたグローバリズムの時代において、
制度を守るとは、変えないことではありません。
守るために、更新することです。
おわりに――21世紀の日本が果たせる役割
日本は、
強いイデオロギー国家でもなく、
露骨な力の政治を好む国でもありません。
だからこそ、
法の支配、民主主義、主権の再構築という難題に対し、
冷静で現実的なモデルを提示できる可能性があります。
立法・行政・司法を、
21世紀の現実に合わせて再調整すること。
それは、日本が内向きに閉じることではなく、
成熟した民主国家としての責任ではないでしょうか。

