はじめに
SNSやブログを見ていると、
「在留外国人の実態に詳しい」 「入管法の実務を熟知している」
と自己紹介する人たちの発信を目にする機会が増えています。
行政書士、元入管関係者、専門紙の発行人──肩書だけを見ると、いかにも「信用できそう」に感じてしまうかもしれません。
しかし、その肩書や自己アピールだけで、その人の主張を無条件に信じてよいのでしょうか。
本稿では、ある具体的な主張を題材にしながら、一般の読者にも分かる形で、
・なぜ「実務に詳しい」という言葉だけでは不十分なのか
・どこを見れば、その主張が妥当かどうか判断できるのか
を整理してみたいと思います。
ある主張の紹介――「政府は外国人派遣に手を付けない」という断定
ある人物が、X(旧Twitter)上で次のような趣旨の主張を行いました。
自民党の外国人政策本部の提言には、「外国人派遣」に関して、派遣先で専門的業務に従事させることを派遣元に誓約させるべきだと明記されていた。
しかし政府の『総合的対応策』では、その文言が削除され、「適正な在留管理」「在留審査の運用改善」といった抽象的表現に変えられている。
つまり高市政権は、不法就労の温床である「外国人派遣」には手を付けないと宣言したのだ。
一見すると、もっともらしく聞こえます。
・具体的な文言が消えた
・抽象的な表現になった
・だから規制する気がない
という構図です。
ですが、本当にそう言い切れるのでしょうか。
まず押さえるべき前提――「誓約書」は万能ではない
問題の提言で例示されていたのは、
派遣元に対し、派遣先で専門的業務に従事させることを誓約させる
という方策でした。
しかし、ここで冷静に考えてみる必要があります。
誓約書を提出させること自体に、どれほどの実効性があるのか。
誓約書は、あくまで「約束の紙」です。
・実際にどんな業務をしているのか
・名目上は専門職でも、実態は単純労働ではないか
・派遣先が指示している内容は何か
こうした点を確認するには、行政による調査と立証が不可欠です。
つまり、
誓約書を出させれば、不法就労は防げる
というほど、現実は単純ではありません。
むしろ、誓約書は「入口管理」の一手段にすぎず、それだけで抑止力が十分とは言えない、というのが実務に即した見方でしょう。
行政文書の読み方――「具体例がない=やらない」ではない
ここで、政府の『総合的対応策』に目を向けます。
そこには、
資格該当性のない活動に従事することを防止する観点から、申請書類の見直しを含めた在留審査等に係る運用の改善に取り組む
と記されています。
確かに、「派遣先」や「誓約書」という言葉は出てきません。
しかし、行政文書の性格を考えると、ここが重要なポイントです。
・基本方針や対応策では、個別の手段を細かく列挙しないことが多い
・具体的な措置は、後に省令・告示・通達・運用で詰められる
この構造を踏まえれば、
誓約書の提出を含めた運用改善
が、この文言の中に含まれていないと断定することはできません。
そのような読み方を、行政実務に疎い一般の読者がしてしまうのであれば、まだ理解できなくもありません。
しかし、在留外国人の実態や入管法の実務に詳しいと自ら公言する人物の発言としては、あまりに粗雑であり、むしろそのように読ませたい別の意図があるのではないかと勘繰りたくなるほどです。
「専門性のアピール」と「論理の丁寧さ」は、まったく別物であることを、ここで改めて確認しておく必要があるでしょう。
「後退した」「手を付けない」という評価は妥当か
では、政府の対応は、自民党の提言より「後退」したのでしょうか。
ここで整理すると、違いはこうです。
自民党の提言:誓約書という具体例を示した
政府の対応策:より包括的・抽象的な表現にまとめた
しかし、
具体的に書いてある方が厳しく、抽象的だと甘い
とは限りません。
むしろ、特定の手段に縛られず、
・審査方法の見直し
・提出書類の工夫
・運用全体の改善
を柔軟に組み合わせられる余地を残している、と評価することも可能です。
少なくとも、
「外国人派遣には手を付けないと宣言した」
とまで言い切るのは、論理的に飛躍があります。
「実務に詳しい」という言葉をどう受け止めるか
ここで、本稿の本題に戻ります。
「在留外国人の実態や入管法の実務に詳しい」と公言する人の主張であっても、
・前提が省略されていないか
・論理の飛躍がないか
・行政文書の性格を踏まえているか
を一つひとつ確認する必要があります。
肩書や経歴は参考情報にはなりますが、結論の正しさを保証するものではありません。
とりわけ、
「文言が消えた」
「だから何もしない」
という短絡的な構図が使われている場合は、注意が必要です。
おわりに――「専門家っぽさ」よりも大切なもの
移民政策や入管行政は、感情的な議論になりやすい分野です。
だからこそ、
・強い言い切り
・分かりやすい敵味方の構図
・「裏で手を引いた」という断定
は拡散しやすくなります。
しかし、冷静に見れば、
「実務に詳しい」と自称することと、 その主張が論理的に正しいかどうかは別問題
です。
一般の読者こそ、
・何が事実で
・どこからが評価で
・どこに飛躍があるのか
を意識して読む姿勢が求められます。
その積み重ねが、結果として、 感情論でも権威主義でもない、健全な議論につながるはずです。
