「少子化や移民問題は手つかず」という参政党の主張を、私たちはどう読むべきか――参政党の主張を冷静に読み解くために

新常識

2026年2月の衆院選を前にした選挙用広告や街頭演説の中で、参政党は次のような主張を掲げました。
「少子化や移民問題など、国の存亡に関わる課題は手つかずのまま」
一見すると、強い危機意識を示す訴えのようにも聞こえます。しかし、この言い切りをそのまま受け取ってよいのかについては、立ち止まって考える必要があるように思います。
本記事では、この表現を手がかりに、参政党の主張の特徴を整理し、私たち有権者がどのような姿勢で向き合うべきかを考えてみたいと思います。

「手つかず」という表現が抱える問題点

少子化対策や外国人労働者・移民をめぐる政策については、評価の是非は別としても、国が何もしてこなかったわけではありません。
少子化については、
・児童手当の拡充
・保育・教育の無償化
・育児休業制度の整備
など、長年にわたって政策が積み重ねられてきました。
また外国人政策についても、
・技能実習制度の見直し
・特定技能制度の導入
・在留管理や共生政策の強化
といった取り組みが進められています。

これらが十分か、的確か、成果を上げているかは、当然、厳しく検証されるべきです。
しかし、「解決していない」ことと「手つかず」であることは、同じではありません。
この二つを同一視してしまうと、議論は一気に粗くなってしまいます。

批判ではなく、「物語」をつくる言葉

参政党の主張の特徴は、政策の進捗や制度の細部を検証することよりも、
・現状は完全に放置されている
・既存政党は真実を語らない
・自分たちだけが危機に気づいている
という構図を示す点にあります。
「手つかず」という言葉は、そのための象徴的な表現です。
これは政策評価というより、世界の見え方を提示する言葉だと言えるでしょう。

その結果、
・やってはいるが不十分
・方向性が間違っている
・優先順位が低すぎる
といった、本来あるべき具体的な批判の余地が、かえって見えにくくなってしまいます。

有権者の受け止め方が試されている

こうした言葉遣いに対して違和感を覚える人がいるのは、自然なことです。
なぜならそれは、有権者がこれまで見聞きしてきた政策議論や現実の積み重ねを、丸ごと否定する表現だからです。
強い言葉は、問題意識を喚起する一方で、
事実関係への注意を鈍らせる危険もはらんでいます。
とくに選挙期間中は、
「強い断定」
「単純な善悪の構図」
が多用されがちです。
そのときこそ、有権者側の冷静さが問われます。

参政党の主張に接するときの注意点・心構え

参政党に限らずですが、同党の主張に接する際には、次のような点を意識しておくとよいのではないでしょうか。
・「何が不十分なのか」「どこが問題なのか」が具体的に示されているか
・すでに行われている政策や制度への言及が意図的に省かれていないか
・怒りや不安を強める表現が、事実の単純化につながっていないか

主張のトーンが強いほど、事実確認は丁寧に行う必要があります。
「危機感を共有すること」と「思考を委ねること」は、決して同じではありません。

おわりに

政治に不満を持つこと自体は、健全なことです。
問題意識を持たず、疑問も抱かない社会のほうが、むしろ危ういと言えるでしょう。
だからこそ私たちは、
強い言葉に流されるのではなく、言葉の中身を問い返す
その姿勢を手放してはいけないのだと思います。
「手つかず」という一言の裏に、何が省略され、何が強調されているのか。
そこに目を向けること自体が、民主主義を支える有権者の役割なのではないでしょうか。

参政党の主張に接するときも、
賛否の前に、まず「考える余白」を確保する。
その心構えこそが、今の時代には何より大切なのだと感じます。

参考補論:政治の言葉において、本当に警戒すべきサインとは何か

ここまで参政党の主張を一例として見てきましたが、最後に、特定の政党に限らない一般論として、政治の言葉に接する際に私たちが意識しておきたい警戒点を整理しておきたいと思います。

歴史を振り返ると、民主主義が弱体化していく過程には、いくつか共通した兆しが見られます。
第一に、「検証」や「反論」が、建設的な議論ではなく、裏切りや敵対行為として扱われ始めることです。
異論を封じる空気が生まれたとき、言論は健全な競争の場ではなくなります。
第二に、言葉が、説明や説得のためではなく、人々を動員するためだけに使われ始めることです。
事実関係や前提条件の説明が省かれ、強い断定や感情に訴える表現ばかりが前面に出るようになると、思考の余地は急速に狭まります。
第三に、支持者に対して、考えることよりも「信じること」が求められるようになることです。
「疑う姿勢」や「問い直す姿勢」が否定され、「信じ切れるかどうか」が忠誠心の尺度になったとき、政治は危うい方向へと傾き始めます。

これらは、特定の国や時代に限った話ではありません。
どの社会でも、どの政党でも、起こりうる現象です。
だからこそ、有権者に求められるのは、
強い言葉に共感する前に立ち止まり、
「何が語られていて、何が語られていないのか」
を問い返す姿勢
なのだと思います。
政治への関心と、思考停止は同じではありません。
考え続けることそのものが、民主主義を支える力であることを、私たちは忘れてはならないのではないでしょうか。

\ 最新情報をチェック /

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました