2026年の衆院解散総選挙で、高市首相率いる自民党が衆議院の3分の2以上の議席を占めるという大きな結果を収めました。長年、野党勢力やいわゆる「オールドメディア」との関係の中で不利な立場に置かれてきたと感じていた保守層にとっては、ひとつの歴史的転換点と受け止められたことでしょう。
これまで、保守層の一部には、左派勢力による印象操作やレッテル貼り、偏った報道に押されてきたという強い不満がありました。その心情自体には理解できる部分もあります。
しかし、力関係が変化した今こそ問われるのは、「勝者としての節度」ではないでしょうか。
仕返しの言論は、本当に建設的でしょうか
SNS上では、保守を自認する発信の中に、相手を断定的に決めつけたり、属性に基づいて一括りに評価したりする投稿が見受けられます。
たとえば、
「帰化した国会議員は、一人の例外もなく危険であり、政治の場から排除すべきだ」といった趣旨の主張です。
このような議論は、個々人の具体的な言動や政策姿勢を検討することなく、「出自」という属性だけで一律に評価してしまうものです。
安全保障や国益の観点から制度的課題を提起するのであれば、個別事例や法制度との整合性を丁寧に検討する必要がありますが、属性による包括的排除という形にしてしまえば、議論は深まりません。
また、別の例として、
「日本人学生を最優先にすべきだから、国費留学生制度そのものを廃止すべきだ」といった主張も見られます。
国内学生支援の充実を求める議論自体は重要です。しかし、本来であれば、
・国費留学生制度の目的は何か
・対象者の選定基準はどうなっているか
・外交・国際関係上の意義は何か
・財政規模はどの程度か
といった点を検証したうえで、要件の見直しや優先順位の再設計を議論するのが筋でしょう。
制度の在り方を検証することなく、「日本人優先」を理由に制度そのものの全面廃止を即断する議論は、政策論というよりも感情の表明に近づいてしまいます。
こうした「一律排除」や「全面否定」の言説は、かつて批判してきたレッテル貼りや単純化と、構造の上では大きな違いがありません。
保守層こそ、議論の質を担う存在であるべき
もし保守が「秩序」「責任」「現実主義」を重んじる立場であるならば、SNSでの振る舞いもそれに見合ったものであるべきです。
具体的には、次の点を自らに問いかける姿勢が重要です。
① 政策の中身と具体性を見ているか
人物や出自ではなく、
政策の内容、実現可能性、法制度との整合性を見ているでしょうか。
② 事実確認と論理的一貫性を保っているか
自分に有利な情報だけを拡散していないでしょうか。
一次情報や公式資料を確認しているでしょうか。
昨日の主張と今日の主張は整合しているでしょうか。
信頼は、積み重ねによってのみ形成されます。
③ 感情と批評を切り分けているか
怒りや嘲笑は拡散されやすいものです。
しかし、それが議論の質を高めるとは限りません。
批評とは、本来、相手の主張を正確に把握し、論点を整理し、論理的に反論する営みです。
感情が先行し、断定だけが残るとき、議論は深まりません。
力を持つ側に求められる自制
多数を得た側には、法的義務ではなくとも、道義的な自制が求められます。
もし保守層が、これまで批判してきた手法――印象操作や一括りの断定――を自ら用いるようになれば、政治全体の信頼はむしろ損なわれます。
それは長期的に見れば、保守にとっても利益にはなりません。
「自分たちは違う」という自負を持つのであれば、その違いは態度と言葉で示されるべきです。
SNS時代に必要なのは、勝利の誇示ではなく信頼の積み上げ
2026年の選挙は、政治的な結果としては大きな転換点でした。
しかし、言論の成熟という意味での勝利は、これからの態度にかかっています。
感情の解放よりも、論理の積み上げを。
属性による断定よりも、個別の事実の検証を。
拡散力よりも、信頼の持続性を。
勝った今だからこそ、自制する。
それが、真に強い保守の姿ではないでしょうか。
