前編『川口市長選の投票率41%は何を意味するのか――SNSで話題でも「投票」に結びつかない理由』では、川口市長選の投票率が前回の約2倍となりながらも、約41%にとどまったという事実を手がかりに、
なぜSNSで話題になっても、必ずしも投票行動には結びつかないのか、その背景を整理しました。
本稿では、その問いを一歩進めて、「話題になる政治」と「参加される政治」の間にある溝を、どのように埋めていくことができるのかを考えてみたいと思います。
これは川口市だけの問題ではありません。外国人問題が形を変えて広がっていく可能性を考えれば、私たち一人ひとりの住む自治体にとっても、決して他人事ではないはずです。
万能の解決策はありませんが、少なくとも進むべき方向性は見えているように思います。
問題を「感情」から「自治体の制度と権限」に翻訳する
外国人問題が投票行動に結びつきにくい最大の理由の一つは、
「怒りや不安」と「自治体で決められること」の距離が遠すぎる点にあります。
たとえば、
・クルド人問題
・イスラム教徒の土葬問題
・外国人集住地区における摩擦
これらは感情的には一続きの問題に見えますが、実際には、
・市長や市議会の権限で対応できること
・県・国の制度に依存すること
が入り混じっています。
この切り分けが示されない限り、有権者は「考えても仕方がない問題」と感じてしまう。
まず必要なのは、
「この選挙で、どこまでが変えられるのか」を丁寧に可視化することです。
「賛成か反対か」ではなく、「調整と設計」の話に戻す
外国人問題は、往々にして
・排外か
・多文化共生か
という二択で語られがちです。
しかし、実際に自治体が直面するのは、
・墓地をどう管理するか
・生活ルールをどう共有するか
・摩擦が起きたときの調整窓口をどう設計するか
といった、極めて実務的な問題です。
これを「思想の対立」として語り続ける限り、
多くの住民は議論から距離を取ってしまいます。
政治を再び「参加可能なもの」にするには、
是非論ではなく、制度設計の話に引き戻す必要があります。
「自分の町でも起こりうる話」にまで落とし込む
クルド人問題は川口市固有の事情が大きいかもしれません。
しかし、外国人労働者の増加や宗教・文化の違いをめぐる摩擦は、
今後、多くの自治体で形を変えて現れる可能性があります。
それにもかかわらず、
「川口だから起きている特別な問題」
として語られてしまうと、
他地域の住民は完全に「外部の観客」になってしまいます。
重要なのは、
・もし自分の町で起きたら、誰が調整役になるのか
・市はどこまで関与できるのか
・住民はどの段階で声を上げられるのか
といった問いを、自分ごととして想像できる材料を提示することです。
投票を「意思表示」ではなく「参加の入口」に位置づけ直す
多くの人が投票に行かないのは、
「一票で何かが劇的に変わるとは思えない」からではなく、
投票の先に何があるのかが見えないからです。
・投票した後、どんな議論が行われるのか
・市民はどの場面で関われるのか
・何をチェックし続ければよいのか
こうした「参加の動線」が示されていないと、
投票は単発の儀式で終わってしまいます。
政治参加を広げるには、
投票を終点ではなく、入口として位置づけ直す視点が不可欠です。
おわりに――この問題は、決して対岸の火事ではない
外国人問題は、特定の都市だけの特殊事情ではありません。
人口減少社会において、多くの自治体がいずれ直面する現実です。
だからこそ重要なのは、
・感情で煽ることでも
・見て見ぬふりをすることでもなく
「自分の自治体で起きた場合、どう扱うべきか」を考える訓練を、今から積み重ねることだと思います。
「話題になる政治」と「参加される政治」の溝を埋める作業は地味です。
即効性もありません。
それでも、その溝を意識し、言葉にし、制度の話として共有すること。
それ自体が、すでに政治参加の一歩なのではないでしょうか。

