「先制攻撃は絶対に許されない」
――原則として、その考えは極めて重要だと思います。
日本は戦後、
・国際連合中心主義
・専守防衛
・武力忌避
を基調として歩んできました。
それは軽視されるべき理念ではありません。
しかし現実はどうでしょうか。
・国連の安全保障理事会は拒否権で機能停止することがある
・国家ではない武装勢力が戦争の主体になる
・情報戦やサイバー戦が国境を越えて行われる
国際環境は、1945年の設計図とは大きく変化しています。
もし、
独裁者が10万人を虐殺しても、
国連安保理は止まり、
外交努力も完全に無力だった場合――
それでも「国連の承認がなければ、いかなる武力行使も許されない」と言い切ることで、本当に一人でも救えるのでしょうか。
私は武力を礼賛したいのではありません。
むしろ逆です。
理念を守るためには、
制度の機能不全を直視し、その更新を議論しなければならないのではないか――そう感じています。
「先制攻撃は絶対悪だ」という正論の確認だけで思考を止めてしまえば、
それは問題の解決に向けた一歩にはならず、
ある政治的立場からの主張で終わってしまう可能性もあります。
この問いは、決して好戦的なものではありません。
むしろ、法秩序を守るための問題提起です。
日本社会でも、この難しい論点を感情論ではなく、冷静に考える人が一人でも増えてほしい。
そのための小さな問いかけです。
