はじめに
第一部では、日本政府が「いわゆる移民政策は採らない」と説明する一方で、人手不足への対応として外国人材を受け入れる制度を整備していること、そして永住許可や帰化の許可の制度を通じて一定の外国人には長期定住への道が開かれていることを確認しました。
では、現在の外国人受入れ制度は、最初からこのような形だったのでしょうか。
答えは「いいえ」です。
現在の制度は、一度に出来上がったものではありません。
昭和から平成、そして令和へと、およそ四十年にわたり、社会経済の変化や人手不足への対応、制度運用上の課題などを受けながら、制度目的や制度設計が少しずつ変化してきました。
第二部では、その制度の歩みを振り返ります。
本稿では、制度を評価することを目的とはしません。
また、制度を擁護することも批判することもしません。
一次資料に基づき、「政府はその時々に制度をどのような目的で創設し、どのように説明してきたのか」という制度史を整理することを目的とします。
第一章 平成元年入管法改正――外国人受入れ政策の大きな転換点
現在の外国人受入れ制度を理解するうえで、最初に押さえておくべきなのが、平成元(1989)年の出入国管理及び難民認定法(略称「入管法」)の大改正です。
この改正以前、日本政府は、外国人労働者の受入れについて極めて慎重な姿勢を維持していました。
当時(戦後の昭和時代)、外国人に日本の労働市場を開放していたのは、高度な専門的知識・技術又は熟練した技能を要する仕事であって、かつ、日本人による充足が困難又は代替が困難なものに限られていました。
これに対し、平成元(1989)年の入管法改正では、在留資格制度が全面的に見直されました。
その結果、それまで受入れの前提とされていた「日本人による代替困難性・充足困難性」という考え方は基本的に採られなくなり、受入れ対象となる専門性・技能の水準も、「高度な専門的知識・技術又は熟練した技能」から、「一定水準以上の専門的知識・技術・技能」へと見直されました。
具体的には、大学等で修得する専門的知識や技術、あるいは在留資格ごとに定められた一定年数の実務経験によって培われた技能を有する外国人について、在留資格制度を整備し、就労のための門戸を開いたのです。
一方、この新たな基準に達しない業務については、当時、「いわゆる単純労働」と整理され、その分野への外国人労働者の受入れについては、引き続き慎重に検討を続けるという政府方針が維持されました。
こうした方針の下で、平成元年改正により現在の就労資格制度の基本的な枠組みが整備されました。その結果、現在の「技術・人文知識・国際業務」や「技能」などにつながる、一定水準以上の専門性や技能を前提とする就労資格が体系的に整理され、日本の外国人受入れ政策は大きな転換点を迎えることになりました。
しかし同時に、日本経済は急速な円高や企業の海外展開、人手不足という新たな課題にも直面していました。
このような経済社会の変化を背景として、平成元年入管法改正に伴う法令整備の中で、外国人研修制度についても大きな見直しが行われました。
改正法の施行に合わせて新たに定められた上陸審査基準(基準省令)では、「実務研修」を認める制度が導入されるとともに、その具体的な要件の一部は法務大臣が告示で定めることとされました。
この法令体系の整備により、外国人研修制度は新たな段階へと進み、後に技能実習制度へと発展していく制度的な基盤が築かれたのです。
第二章 外国人研修制度の拡充と「実務研修」
当時、日本企業の海外展開は急速に進んでいました。
海外に現地法人や合弁企業を設立する企業が増え、その現地で将来中心的な役割を担う人材に、日本国内で技能や技術、知識を学んでもらう必要性が高まっていました。
このような背景のもと、従来の外国人研修制度も見直されます。
それまでの研修は、講義や見学などを中心とするものでした。
しかし平成2(1990)年には、昭和時代まで通達によって運用されていた上陸審査基準を全面的に見直し、新たに「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令」(いわゆる基準省令)が制定されました。この基準省令により、「実務研修」が法制度上認められるようになります。
当時の上陸審査基準を定める法務省令では、「実務研修」とは、
「商品を生産し若しくは販売する業務又は対価を得て役務の提供を行う業務に従事することにより技能,技術又は知識を修得する研修」
と定義されていました。
この定義から分かるように、制度上の目的は、あくまでも技能・技術・知識を修得する研修であり、就労そのものを目的とした制度ではありませんでした。
実際には、生産現場などで実際の業務に従事しながら技能等を身に付けることが制度上認められたことが、大きな制度上の特徴でした。
第三章 第一次受入れ機関と第二次受入れ機関
実務研修は、複数の形態で実施されました。
海外に現地法人や合弁企業を設立している企業などが、自ら研修生を受け入れて研修を実施する場合もありました。
一方、中小企業については、中小企業協同組合や商工会議所などが研修事業を実施する主体となる方式も制度化されました。
当時の制度では、これらの団体は「第一次受入れ機関(研修事業の主体)」と呼ばれ、その傘下の会員企業や組合員企業が「第二次受入れ機関」として実務研修を担当していました。
現在では「監理団体」「団体監理型」という言葉が広く知られていますが、これらは後に技能実習制度が創設された際に用いられるようになった用語です。
したがって、外国人研修制度を説明する際には、当時の制度用語である「第一次受入れ機関」「第二次受入れ機関」を用いる方が制度史として正確です。
この仕組みは、その後創設される技能実習制度の制度設計にも大きな影響を与えることになります。
第四章 技能実習制度はなぜ創設されたのか
平成5(1993)年には、外国人研修制度を発展させる形で技能実習制度が創設されました。
制度創設当時、政府はその目的を、人手不足対策ではなく、
「技能、技術又は知識の開発途上地域等への移転を図り、その経済発展を担う『人づくり』に協力する」
こと、すなわち国際貢献にあると説明していました。
この考え方は、その後の制度改正においても基本理念として維持され、技能実習制度は長年、「国際貢献」を制度目的として運用されることになります。
もっとも、制度目的と制度運用は必ずしも同じ意味ではありません。
制度創設後、技能実習制度は、日本各地の様々な産業で広く活用されるようになり、同時に制度運用上の課題も次第に指摘されるようになりました。
しかし、その課題については、本稿では立ち入りません。
ここで重要なのは、制度創設当時、政府は技能実習制度を国際貢献を目的とする制度として位置付けていたという事実です。
制度史を正確に理解するためには、この当時の政府説明をまず確認しておくことが重要です。
第五章 本稿で確認したこと
本稿では、外国人研修制度から技能実習制度が創設されるまでの制度の流れを整理しました。
その結果、確認できることは次の三点です。
第一に、平成元年入管法改正によって、日本の外国人受入れ制度は大きな転換点を迎えたこと。
第二に、平成元年入管法改正に伴う法令整備の中で、在留資格「研修」において、業務に従事しながら技能・技術・知識を修得する「実務研修」が法制度上認められたこと。また、その具体的な制度設計として、企業単独による受入れに加え、中小企業団体が研修事業の主体となる受入れ方式も制度化されたこと。
そして第三に、平成5年に創設された技能実習制度は、制度上は国際貢献を目的とする制度として説明されていたことです。
制度は、その時代ごとの社会経済状況を背景として少しずつ変化してきました。
しかし、制度目的もまた、時代とともに変化していきます。
その変化は、平成30年の特定技能制度、そして令和の育成就労制度へとつながっていくことになります。
次回予告
次回【第二部・後半】では、技能実習制度がどのような課題に直面し、政府がなぜ制度の見直しを進めることになったのかを整理します。
さらに、平成30年の特定技能制度の創設によって政府の外国人材受入れに関する説明がどのように変化したのか、そして育成就労制度の創設へと至る制度史を、引き続き一次資料に基づいてたどります。

