日本は本当に「移民国家」へ向かっているのか 第一部:「移民」とは何か――まず制度と事実を整理する

移民 出入国管理
移民の定義  国連広報センター

はじめに

近年、日本の外国人政策は、国民的な関心事の一つとなっています。
SNSや動画配信サイトでは、「日本はすでに移民国家になっている」「政府は移民政策を推進している」という意見がある一方で、「日本は移民政策を採っていない」という反論も数多く見られます。
外国人政策は、日本社会の将来像に関わる重要なテーマです。そのため、様々な立場や考え方が存在すること自体は、ごく自然なことでしょう。
しかし、こうした議論を見ていると、一つ気になることがあります。
それは、「移民」という言葉が、人によって異なる意味で使われていることです。
ある人は「外国人労働者が増えれば移民政策だ」と考え、ある人は「永住者や帰化した人が増えて初めて移民政策と言える」と考えます。また、「移民」と「外国人労働者」をほぼ同じ意味で使っている場合も少なくありません。
さらに、制度全体ではなく、一つの制度だけを取り上げて日本の外国人政策全体を評価する議論も見受けられます。
もちろん、どのような政策評価をするかは、一人ひとりの自由です。
しかし、その評価が説得力を持つためには、まず制度や統計という客観的事実を正確に理解することが欠かせません。

本シリーズでは、「外国人政策に賛成か反対か」という結論を先に示すことはしません。
まずは、政府は何を目的として外国人政策を進めているのか、どのような制度を設けているのか、そして公表されている統計から何が分かるのかを、一つひとつ確認していきます。
その上で、日本の外国人政策をどのように評価するかは、読者の皆さん一人ひとりに考えていただきたいと思います。

「移民」とは何か――実は国際社会共通の正式な法的定義は存在しない

まず確認しておきたいのは、「移民」という言葉には、国際社会に共通する正式な法的定義が存在しないということです。
日本では、「国連では一年以上外国に住めば移民と定義している」という説明を見聞きすることがあります。
しかし、この説明は正確ではありません。
国際連合広報センターのホームページには、次のように記載されています。
「国際移民の正式な法的定義はありませんが、多くの専門家は、移住の理由や法的地位に関係なく、定住国を変更した人々を国際移民とみなすことに同意しています。3カ月から12カ月間の移動を短期的または一時的移住、1年以上にわたる居住国の変更を長期的または恒久移住と呼んで区別するのが一般的です。」
ここで最も重要なのは、冒頭の一文です。
 「国際移民の正式な法的定義はありません」。
つまり、「一年以上住めば法的に移民である」という世界共通のルールが存在するわけではありません。
一年以上にわたって居住国を変更した人を「長期移住」と捉える考え方は、多くの専門家が採用している一般的な考え方ではありますが、それは国際社会で統一された法的定義ではないのです。
この点を正しく理解することは、日本の外国人政策を考える上でも重要です。
なぜなら、「移民」という言葉の意味が人によって異なれば、同じ制度を見ても全く違う結論になり得るからです。

日本政府は何を「採らない」と説明しているのか

では、日本政府はどのような外国人政策を採っているのでしょうか。
政府は国会において、一貫して「いわゆる移民政策は採らない」と説明しています。
もっとも、この説明だけを聞くと、「外国人を受け入れない」という意味なのか、それとも別の意味なのかは分かりません。
そこで重要になるのが、政府自身による国会答弁です。
政府は、「移民」や「移民政策」という言葉について、
『移民』及び『移民政策』という言葉は様々な文脈で用いられており、その定義について一概にお答えすることは困難である
と説明しています。
つまり、政府自身も、「移民」という言葉について一般的な定義を示しているわけではありません。
その一方で、政府は「採らない」としている政策の内容については、次のように具体的に説明しています。
「国民の人口に比して、一定程度の規模の外国人を家族ごと期限を設けることなく受け入れることによって国家を維持していこうとする政策」は採らない。
この説明から分かることは、政府が否定しているのは、外国人の受入れ一般ではなく、人口減少への対応として、外国人を家族とともに恒久的に受け入れ、そのことによって国家を維持しようとする政策であるということです。
したがって、「政府は移民政策を採らないと言っている」という一文だけでは、政府の説明内容を十分に伝えたことにはなりません。
政府は、「何を採らないのか」を具体的に説明しているのであり、その内容を正確に理解することが重要です。

政府は何を積極的に進めているのか

では、その一方で、政府は何を積極的に進めているのでしょうか。
ここで注目すべきなのが、育成就労制度の創設に当たって政府が示した制度創設の目的です。
政府は、現在の日本について、人手不足への対応が重要な政策課題となっているとの認識を示した上で、
人手不足への対応の一つとして外国人の受入れも欠かせない状況にある中、外国人にとって魅力ある制度を構築することで、我が国が外国人から『選ばれる国』となり、我が国の産業を支える人材を適切に確保する
ことを制度創設の目的として掲げています。
ここで重要なのは、「人手不足への対応の一つとして」という表現です。
政府は、外国人材の受入れを唯一の政策手段と位置付けているわけではありません。
しかし、人手不足が深刻化する中で、外国人材の受入れは必要な政策手段の一つであるという立場を明確にしています。
このように、日本政府の外国人政策は、「人口政策としての移民政策は採らない」とする一方で、「経済・産業政策の観点から、人手不足への対応として外国人材を受け入れる制度は整備する」という二つの考え方を前提として構築されていることが分かります。

外国人材の受入れと永住・帰化の制度はどのような関係にあるのか

ここまで見てきたように、日本政府は、人口政策として外国人を家族とともに恒久的に受け入れ、国家を維持しようとする、いわゆる移民政策は採らないと説明しています。
その一方で、人手不足への対応の一つとして外国人材を受け入れる制度を整備し、外国人から「選ばれる国」となることを政策目標として掲げています。

では、そのような制度の下で日本に在留する外国人は、将来的に永住したり、日本国籍を取得したりすることはできないのでしょうか。
答えは、「制度上、その道は設けられている」です。
日本には、永住許可制度と帰化許可制度が存在します。
もちろん、これらは希望すれば誰でも認められる制度ではありません。
永住許可については、原則として一定期間の適法な在留、素行、独立した生計、国益適合要件などが審査されます。
また、帰化の許可についても、住所要件、能力要件、素行要件、生計要件など、法律上の要件を満たした上で法務大臣の許可を受ける必要があります。

つまり、日本政府は、外国人材を受け入れる一方で、長期定住や日本国籍取得については、一定の要件を満たした者に限って認める制度を採用しているということです。
この制度設計そのものをどのように評価するかは様々な考え方があります。
しかし、少なくとも制度としては、「外国人材の受入れ」と「永住・帰化の制度」は、それぞれ異なる目的と要件を持つ制度として構築されていることは確認しておく必要があります。

在留資格「定住者」を正しく理解する――「居住資格」という視点

外国人政策を論じる際、「外国人労働者」という言葉だけで語られることが少なくありません。
しかし、日本の在留資格制度は、それほど単純ではありません。
日本の在留資格は、大きく分けると、「活動資格」と「居住資格」に分類して考えることができます。さらに、「活動資格」は、「就労資格」と「非就労資格」に二分されます。「短期滞在」や「留学」は、代表的な非就労資格です
(なお、非就労資格の「留学」生は、資格外活動の許可を得ることで、アルバイトとしての就労が可能になっています。)
これに対し、「居住資格」とは、本邦において有する身分又は地位に基づく在留資格を指し、
在留資格「永住者」
在留資格「日本人の配偶者等」
在留資格「永住者の配偶者等」
在留資格「定住者」
の四つがあります。

これらの在留資格に共通する最大の特徴は、就労活動の内容に出入国在留管理法上の制限がないことです。
多くの就労資格では、それぞれの在留資格ごとに認められた活動の範囲内でしか就労できません。一方、居住資格を有する外国人は、在留資格による就労活動の制限を受けません。そのため、専門的・技術的分野に限らず、一般に「単純労働」と呼ばれる分野を含め、幅広い職種で就労することが可能です。
もっとも、これはあくまで出入国在留管理法上の制限がないという意味です。例えば、日本人であっても医師、弁護士、建設業、飲食店営業など、資格・免許・許可が必要な職業や事業については、居住資格を有する外国人も同様に関係法令に従う必要があります。

この四つの居住資格のうち、特に誤解されやすいのが「定住者」です。
「定住者」という名称から、「永住者」とほぼ同じ制度であると考える人もいますが、両者は異なる在留資格です。
「永住者」は在留期間に制限がありませんが、「定住者」には在留期間が定められており、現在は最長五年です。そのため、日本で引き続き在留するためには、在留期間更新許可を受け続ける必要があります。
もっとも、「定住者」として在留できる通算年数について法律上の上限は設けられていません。更新許可を受けながら長期間日本に在留することは制度上可能です。
また、「定住者」は、ブラジルやペルーなどの南米日系人だけを対象とした在留資格ではありません。日系人は世界各国に居住しており、そのほかにも、中国残留邦人・中国残留孤児とその家族、第三国定住難民など、人道上の配慮や個別の事情に基づいて法務大臣が「定住者」として在留を認める様々な類型があります。
このように、「定住者」を単に「日系人向けの在留資格」と理解するのは正確ではありません。

日本の外国人政策を正しく理解するためには、それぞれの在留資格が、どのような政策目的の下で設けられ、どのような権利と制約を持つ制度なのかを区別して理解することが重要です。
とりわけ、「活動資格」と「居住資格」は制度趣旨そのものが異なります。したがって、日本の外国人政策を論じる際には、「外国人を受け入れているか」という抽象的な議論ではなく、「どの在留資格で、どのような目的のために受け入れているのか」という視点から制度全体を捉えることが重要なのです。

本シリーズでは何を検証するのか

ここまで見てきた内容を整理すると、日本の外国人政策は、単純に「外国人を受け入れているか、受け入れていないか」という二者択一で語れるものではないことが分かります。
本シリーズでは、次の順序で外国人政策を整理していきます。
第一に、政策目的です。
政府は何を目的として外国人政策を進めているのか。
何を「採らない政策」とし、何を「採る政策」と説明しているのかを、国会答弁や政府資料に基づいて確認します。
第二に、制度設計です。
育成就労制度、特定技能制度、各種就労資格、身分・地位に基づく在留資格など、それぞれがどのような目的で設計されているのかを整理します。
第三に、制度運用と統計です。
制度は実際にどのように運用されているのでしょうか。
不法残留者は、どの在留資格から多く発生しているのでしょうか。
永住許可制度や帰化許可制度はどのように運用されているのでしょうか。
また、公表されている統計から分かることと、公表されていないため断定できないことも、明確に区別して確認します。
そして最後に、これらの事実を踏まえた上で、日本の外国人政策をどのように評価するのかという論点を整理したいと思います。

第一部のまとめ

外国人政策については、「移民推進か、移民反対か」という対立軸で語られることが少なくありません。
しかし、その前提となる制度や事実が十分に共有されないまま議論が進めば、建設的な政策論にはつながりにくいでしょう。
本記事では、まず、「移民」という言葉には国際社会共通の正式な法的定義が存在しないことを確認しました。
また、日本政府は、「いわゆる移民政策は採らない」と説明する一方で、人手不足への対応の一つとして外国人材を受け入れる制度を整備し、「外国人から選ばれる国」を目指すという政策目的を掲げていることも見てきました。
さらに、日本には永住許可制度や帰化許可制度が存在し、一定の法定要件を満たした外国人については、長期定住や日本国籍取得への制度上の道が設けられていることも確認しました。
これらは、いずれも政府が公表している制度や資料から確認できる客観的事実です。

本シリーズでは、今後もこの姿勢を貫きます。
すなわち、政府はどのように説明しているのか、制度はどのように設計されているのか、統計は何を示しているのかという事実を、できる限り一次資料に基づいて整理します。
その上で、その制度をどのように評価するかについては、読者の皆さん一人ひとりに考えていただきたいと思います。

次回予告

第二部では、日本の外国人政策を語る際に最も話題となることが多い「技能実習制度」「育成就労制度」「特定技能制度」を取り上げます。
これら三つの制度は、それぞれ何を目的として創設され、どのような違いがあるのでしょうか。
また、「技能実習制度は移民政策そのものだ」といった意見は、制度の仕組みから見てどこまで妥当なのでしょうか。
制度の目的、在留資格の違い、長期在留との関係などを、公表されている法令や政府資料に基づいて、一つずつ整理していきます。

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