第四章 欧州王室と日本の皇室は、そもそも比較対象となるのか
仮に、「女性差別撤廃条約は皇位継承制度にも適用される」と考える立場を採るとしても、なお検討しなければならない問題があります。
それは、「何を比較対象として制度を評価するのか」という点です。
国連女性差別撤廃委員会は、欧州諸国で王位継承制度の男女平等化が進んでいることに言及し、日本にも同様の制度改革を促しています。
一見すると、この比較は自然なようにも思えます。
しかし、本当に欧州王室と日本の皇室は、同じ歴史的・制度的な基盤の上に成り立っているのでしょうか。
私は、この点にも慎重な検討が必要だと考えます。
ヨーロッパの王室は、一般に「王朝(dynasty)」として理解されます。
歴史を振り返れば、戦争や婚姻、革命、王位継承争いなどを通じて王朝が交代することは、決して珍しいことではありませんでした。
どの家系が王位を継ぐのかという点が、制度の中心的な課題だったのです。
これに対し、日本の皇室は、少なくとも古代国家成立以降、王朝交代を経験していません。
歴史学において、初代とされる神武天皇以前の神話的部分をどのように評価するかについては様々な見解があります。
しかし、古代国家が成立して以降、皇位が一つの皇統の中で継承され続けてきたという歴史的事実そのものは、広く認められています。
ここで重要なのは、日本の皇室は「王朝」ではなく、「皇統」という考え方によって理解されてきたという点です。
つまり、日本で問われてきたのは、「どの家が王位を継ぐのか」ではありません。
「同じ皇統をどのように維持し、継承していくのか」という点でした。
また、歴史上の皇統は、一本の細い血筋だけで維持されてきたわけでもありません。
多くの皇族が存在し、時代によっては臣籍降下や皇籍復帰なども行われながら、一つの広い血縁的なネットワークとして皇統が維持されてきました。
このような歴史構造は、王朝交代を前提として発展してきた欧州王室とは性格を異にしています。
もちろん、だからといって、日本の制度は一切変更してはならないという結論が導かれるわけではありません。
しかし、欧州王室が男女平等を理由として制度を改正したから、日本も同じように改正すべきである、という議論には慎重さが求められます。
比較法や比較制度論において重要なのは、「違い」を無視して共通点だけを論じることではありません。
制度が生まれた歴史的背景や、その制度が担ってきた役割まで含めて比較することです。
皇位継承制度も例外ではありません。
日本の皇位継承制度を論じるのであれば、日本の皇室が「王朝」ではなく、「皇統」という独自の歴史構造の上に成り立ってきたという事実を出発点とする必要があります。
そうでなければ、比較そのものが適切ではなくなってしまうおそれがあります。
そして、この点は、国際機関が各国の制度について勧告を行う際にも重要な意味を持ちます。
国際社会には、男女平等のような普遍的価値が存在する一方で、それぞれの国には、歴史の中で形成されてきた固有の制度や憲法秩序があります。
両者の関係をどのように考えるべきなのか。
次章では、この問題を「国家の基本制度」と「国際機関による勧告」という視点から、さらに考えてみたいと思います。
第五章 国家の基本制度に国際機関はどこまで関与できるのか
ここまで見てきたように、この問題には二つの重要な論点があります。
第一に、女性差別撤廃条約は皇位継承制度に適用されるのかという「法の適用範囲」の問題。
第二に、日本の皇室を欧州王室と同じ枠組みで比較することが適切なのかという「比較制度論」の問題です。
そして、これらを踏まえると、さらに一つの問いが浮かび上がります。
国際機関は、各国の国家制度について、どこまで勧告することができるのでしょうか。
まず確認しておきたいのは、日本も女性差別撤廃条約の締約国であり、男女平等の推進という理念そのものを否定しているわけではないということです。
また、CEDAWの活動そのものを否定することも適切ではありません。
教育、雇用、政治参加、家庭生活など、女性差別の解消に向けた国際的な取組は、今日の国際社会において重要な役割を果たしています。
一方で、国際人権条約は、その適用範囲や解釈について、締約国と条約機関の間で見解が分かれることがあります。
そのような場合には、「どちらかが存在してはならない」ということではなく、条約の文言、目的、各国の憲法秩序や制度との関係などを踏まえながら、法的な議論を積み重ねていくことが求められます。
皇位継承制度は、その典型例と言えるでしょう。
日本国憲法は、天皇を「日本国及び日本国民統合の象徴」と位置付け、その皇位は皇室典範の定めるところにより継承するとしています。
つまり、皇位継承制度は、単なる一つの行政制度や政策ではなく、日本の憲法秩序そのものと深く結び付いた国家の基本制度です。
だからこそ、日本政府は、この問題について、「皇位継承制度は女性差別撤廃条約が予定する事項ではない」と主張するとともに、「国家の基本に関わる事項である」と説明しているのです。
もちろん、国際機関が各国の制度について意見を述べること自体を否定する必要はありません。
しかし、各国が長い歴史の中で築いてきた憲法秩序や国家制度について勧告を行うのであれば、その制度の歴史的背景や法的性格を十分に理解し、なぜ国際条約がそこまで及ぶのかという法的根拠を、より丁寧に示すことが求められるでしょう。
それは、国際機関だから特別に求められるということではありません。
法の支配の下では、国内の立法機関も行政機関も裁判所も、そして国際機関もまた、自らの判断について法的な理由を示すことが求められます。
その意味で、日本政府が提起している「女性差別撤廃条約は皇位継承制度に適用されるのか」という問いは、国際社会に背を向けるためのものではありません。
むしろ、法の支配に基づく議論を行うために避けて通ることのできない、根本的な問いなのです。
国際社会において普遍的価値を尊重することと、それぞれの国が歴史の中で築いてきた憲法秩序や国家制度を尊重すること。
両者は、常にどちらか一方を否定しなければならない関係ではありません。
だからこそ、この問題についても、「国際機関の勧告だから従うべきだ」「国家の伝統だから議論する必要はない」という二項対立ではなく、法と歴史の双方に目を向けた冷静な議論が求められているのではないでしょうか。
そして、そのような議論を行うためには、結論を急ぐのではなく、まず「その条約は、この問題に適用されるのか」という前提を確認する姿勢が欠かせません。
終章では、本稿で見てきた論点を整理しながら、あらためて「結論を論じる前に前提を確認すること」の重要性について考えてみたいと思います。
終章 結論を急ぐ前に、まず「前提」を確認するということ
本稿では、「皇位継承制度は女性差別撤廃条約の適用対象なのか」という問いを出発点として、この問題を考えてきました。
この問いに対する答えは、一つではありません。
女性差別撤廃条約は皇位継承制度にも適用されると考える立場もあれば、日本政府のように、そもそも適用対象ではないと考える立場もあります。
重要なのは、どちらの立場を採るかだけではありません。
その結論に至るまでに、どのような法的根拠を示し、相手方の主張にどのように答えるのかという論理の積み重ねです。
法の支配とは、結論を声高に主張することではなく、その結論を支える理由を示し、異なる見解とも理性的に向き合う営みだからです。
今回の問題では、日本政府は「皇位継承資格は基本的人権ではなく、女性差別撤廃条約が予定する事項ではない」と主張しています。
この主張が妥当かどうかは、もちろん議論の対象となり得ます。
しかし、その議論を行うのであれば、まず「なぜ女性差別撤廃条約が皇位継承制度に適用されるのか」、あるいは「なぜ適用されないのか」という法的根拠を丁寧に検討することが不可欠です。
この先決問題を十分に議論しないまま、「男女平等だから改正すべきだ」「伝統だから改正すべきではない」と結論だけを競い合っても、議論は容易に平行線をたどるでしょう。
さらに、本稿では、欧州王室と日本の皇室が必ずしも同じ歴史構造の上に成り立っているわけではないことについても考察しました。
日本の皇室は、「どの家が王位を継ぐか」という王朝の歴史ではなく、「同じ皇統をどのように維持してきたか」という歴史の上に成り立っています。
制度の背景が異なる以上、比較する際には、その違いを十分に踏まえる必要があります。
これは皇位継承制度に限らず、比較法や比較制度論に共通する基本的な姿勢でもあります。
国際社会には、人権や男女平等といった普遍的価値があります。
その価値を尊重することは、現代社会において極めて重要です。
一方で、それぞれの国には、長い歴史の中で形成されてきた憲法秩序や国家制度があります。
普遍的価値を追求することと、それぞれの国の歴史的・制度的特性を理解することは、本来、対立するものではありません。
むしろ、その両方を尊重しながら議論を積み重ねることこそが、国際社会における成熟した対話ではないでしょうか。
本稿は、「男女平等」に賛成か反対かを論じるための記事ではありません。
また、国際機関の活動そのものを否定することを目的とした記事でもありません。
私が読者の皆さんと共有したかったのは、もっと基本的なことです。
法律や条約について議論するときには、まず「その法は、この問題に適用されるのか」という前提を確認する。
その前提が共有されて初めて、制度の是非や結論について建設的な議論を行うことができます。
法の支配とは、結論を急がず、前提を確認することから始まる。
私は、その姿勢こそが、皇位継承制度をめぐる議論においても、そしてあらゆる法的議論においても、忘れてはならない最も重要な原則であると考えています。
〔参考資料〕
① 国際連合女性差別撤廃委員会(CEDAW)「日本に関する最終見解(Concluding Observations)」2024年
② 外務省公式サイト「女子差別撤廃条約(CEDAW)関連資料」
③ 内閣官房・宮内庁公表資料(皇位継承に関する有識者会議等)
④ 衆議院・参議院国会会議録(皇室典範及び皇位継承制度に関する政府答弁)
※本稿は、女性差別撤廃条約及び日本政府の公表資料・国会答弁等を参考に執筆しています。条約の解釈については様々な見解がありますが、本稿は日本政府が示している法的論点を整理・検討したものです。