教師の価値観は、生徒の人生より優先されるべきなのか

時代の一歩先
こどもの権利条約第14条

はじめに

最近、ある元自衛官を名乗る人物がSNS上で、自身の娘が通っていた高校での出来事として、次のような内容を投稿していました。
自衛官を志望する生徒に対し、進路担当教諭が、
「自衛官なんかにさせるために3年間教えたのではありません」
と言い放った。
さらに、PTA会長を務めていた保護者に対し、校長が、
「自衛隊の制服で学校に来ないでほしい」
と述べた。
もちろん、SNS上の投稿だけで事実関係を断定することはできません。
私はこの話が事実であるとも虚偽であるとも断言しません。
しかし、仮に事実だったとすれば、そこには現代の教育が抱える根深い問題が凝縮されているように思います。

問題の本質は「自衛隊」ではない

この話を聞くと、自衛隊への賛否の問題だと考える人もいるでしょう。
しかし、本質はそこではありません。
仮に教師が自衛隊に否定的な考えを持っていたとしても、それ自体は思想・良心の自由の範囲です。
民主主義社会では、自衛隊を支持する自由もあれば、批判する自由もあります。
問題は、その個人的な思想や政治的信条を、生徒の進路指導や教育活動に持ち込むことです。
進路指導とは、生徒自身の希望や適性を踏まえながら、その人生設計を支援するためのものです。
教師が自らの価値観によって職業に優劣をつけ、生徒の選択を否定するのであれば、それは進路指導ではありません。
価値観の押し付けです。
もし医師志望の生徒に対して、
「医者なんかになるな」
と言ったらどうでしょう。
農家志望の生徒に対して、
「農業なんか価値がない」
と言ったらどうでしょう。
おそらく多くの人が問題視するはずです。
自衛官も同じです。
その職業に賛成か反対かという問題とは別に、合法的な職業を理由として生徒の進路選択を否定することは、教育者として極めて不適切と言わざるを得ません。

「職業差別反対」と矛盾する教育

多くの学校では、
「職業に貴賤はない」
「さまざまな仕事が社会を支えている」
と教えています。
その理念自体は正しいと思います。
しかし、自分たちが好まない職業だけを例外扱いするのであれば、その教育は説得力を失います。
差別がいけないのは、自分が嫌いな相手に対しても同じだからです。
多様性を尊重するというのは、自分と同じ価値観の人だけを尊重することではありません。
自分とは異なる価値観や人生選択を認めることです。
もし自衛官だけを特別扱いして否定するのであれば、それは職業差別をなくそうという教育理念そのものを自ら否定する行為ではないでしょうか。

生徒の学習権を侵害する教育

さらに深刻なのは、生徒の学習権という観点です。
学校教育は、生徒がさまざまな知識や価値観に触れ、自ら考え、判断する力を養うために存在します。
ところが教師が、
「この考え方が正しい」
「この進路は認めない」
「この価値観は間違っている」
という結論を先回りして与えてしまえば、生徒は考える機会を奪われます。
それは教育ではありません。
誘導です。
生徒に必要なのは、教師の結論ではありません。
自分自身で結論にたどり着くための知識と考える力です。
学習権とは、単に授業を受ける権利ではありません。
自由な思考と主体的な判断を育む機会を保障される権利でもあるのです。

本来の平和教育とは何か

私は平和教育そのものを否定するつもりはありません。
戦争の悲惨さを学ぶことは重要です。
平和の尊さを学ぶことも重要です。
しかし、本来の平和教育とは、
「この考え方だけが正しい」
と教え込むことではないはずです。
戦争の歴史も学ぶ。
国際情勢も学ぶ。
安全保障も学ぶ。
自衛隊への賛成意見も反対意見も学ぶ。
その上で、生徒自身が考え、自らの結論を出す。
それこそが教育です。

教師があらかじめ答えを決めておき、生徒をそこへ誘導するのであれば、それは平和教育ではなく思想教育になってしまいます。

おわりに

仮にSNS投稿の内容が事実だったとして、問題の本質は自衛隊ではありません。
教師が自らの政治的・思想的信条を絶対視し、生徒の進路選択の自由や生徒の思想・良心の自由よりも優先させていたとすれば、そのことこそが問題なのです。
教育者が守るべきなのは、自らの思想ではありません。
生徒の人格です。
教育者が育てるべきなのは、自分と同じ考えを持つ人間ではありません。
自ら考え、自ら判断し、自らの人生を選択できる自由な人間です。
もし教育現場のどこかに、自らの価値観こそが唯一の正解であると信じ、その価値観を生徒に押し付けようとする教師が今なお存在するのであれば、その姿勢こそが厳しく問われなければならないでしょう。
民主主義社会の教育に求められるのは、従順な賛同者を育てることではありません。
自由に考える主権者たる国民を育てることなのです。

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