はじめに
「お金は人を変える」
昔から、よく言われる言葉です。
宝くじや相続、保険金などで突然大金を手にした人が、それまでとは別人のようになってしまった――。
そんな話を聞くと、「やっぱり、お金は人を変えてしまうのだ」と思いたくなるかもしれません。
一方で、「お金で幸せは買えない」「お金なんて所詮はただの道具だ」と、お金そのものを否定的に捉える考え方もあります。
では、実際のところ、お金とは人間にとってどのような存在なのでしょうか。
私は、二つの考え方を少し違った角度から捉え直してみたいと思います。
お金が人を変えるというより、お金という「力」を手にしたとき、その人の人間性が表に出やすくなるのではないか。
そして同時に、
お金を悪者にするのでも、お金に振り回されるのでもなく、一つの便利な道具として使いこなせる人間になることが大切なのではないか。
これが、今回考えてみたいことです。
「力」は、人を変えるのではなく、人間性を表に出す?
「力があって自制しているのが徳の根元である」という言葉があります。
また、「優しさ」とは、立場の強い者が、弱い者の目線に降りていって、立場の強さを行使しないことだ、という趣旨の言葉もあります。
私は、ここに「お金」というものを考えるヒントがあるように思います。
人間は、自分が何の力も持っていないときには、そもそもできることに限界があります。
たとえば、誰かを傷つけたいと思ったとしても、自分にそれだけの力がなければ実行できない。
不正をして、それをもみ消したいと思っても、それだけの権力がなければできない。
お金の力で他人を自分の思い通りに動かしたいと思っても、そのためのお金がなければできない。
つまり、普段「善良な人」に見えているからといって、その人がどれほど大きな力を手にしても同じように振る舞える人なのかどうかは、実際には分かりません。
だからこそ、私は、
「力が人を変える」のではなく、「力を持ったことで、それまで表に出ていなかった人間性が現れやすくなる」
と考えています。
これは、お金に限った話ではありません。
地位、権力、組織内での人事権、社会的な名声、あるいはメディアなどから注目されることさえ、人によっては一種の「力」になるでしょう。
それまで普通に暮らしていた人が、突然、社会から大きな注目を浴びるようになったとき、その「晴れやかな舞台に立ち続けたい」という欲求が、その人の言動に影響を与えることもあるでしょう。
そう考えると、「力を持つこと」そのものが問題なのではありません。
問題は、その力を手にしたとき、それをどのように使う人間なのか、ということです。
大金を手にしたら、あなたはどうなる?
ここで、少し自分自身に問いかけてみたいと思います。
もし、あなたが突然、巨万の富を手にしたら、どうなるでしょうか。
今まで欲しかったものを何でも買うでしょうか。
高級車や豪邸を手に入れるでしょうか。
あるいは、周囲の人に「自分にはこれだけのお金がある」と見せつけたくなるでしょうか。
もっと極端なことを言えば、お金の力を使って、気に入らない人を困らせたり、自分に逆らえないようにしたりすることはないでしょうか。
もちろん、「そんなことは絶対にしない」と答える人も多いでしょう。
私自身も、そうありたいと思っています。
しかし、果たして今の自分に、それを100%確信できるでしょうか。
これは、なかなか難しい問題です。
なぜなら、私たちは普段、自分が持っている力の範囲内でしか行動していないからです。
だから、「悪いことをしなかった」という事実だけでは、その人が本当に強い自制心を持った人間なのかどうかは、必ずしも分かりません。
大きな力を持っていても、その力を濫用しない。
むしろ、本当の意味で問われるのは、そういう場面なのかもしれません。
「お金持ち=悪」ではない
ところが、お金について考えるとき、もう一つ注意しなければならないことがあります。
それは、
「お金を持っていること」と「人間性が悪いこと」を同一視してはいけない
ということです。
「清富」という言葉があります。
これは、心が濁っていてお金もない「濁貧」、心が濁っていてお金持ちである「濁富」、心は清いけれどお金がない「清貧」に対して、
心が清く、お金も豊かにある状態を「清富」とする考え方です。
私は、この考え方が好きです。
なぜなら、「お金がないことが美徳」「お金持ちは欲深い」といった単純な二分法から自由になれるからです。
お金があること自体は、決して悪いことではありません。
お金があれば、自分や家族の生活を守ることができます。
病気や事故など、人生に起こり得るさまざまな不幸に備えることもできます。
自分の時間や行動について、より大きな自由を持つこともできます。
そして、自分だけでなく、困っている人を助けたり、社会のために使ったりすることもできます。
つまり、お金には確かに「力」があります。
しかし、その力をどう使うかは、その人次第なのです。
お金を否定することも、実は「お金への執着」かもしれない
私は仏教の「空」という考え方について詳しいわけではありません。
ただ、私なりの理解では、「空」とは、何か一つのものにとらわれすぎないということでもあるように思います。
そう考えると、
「お金は素晴らしい。人生はお金がすべてだ」
という考え方だけでなく、
「お金なんて汚いものだ。お金を欲しがるのは人間として下品だ」
という考え方も、実はお金にとらわれているのではないでしょうか。
お金を追い求めすぎることと、お金を必要以上に嫌悪すること。
一見すると正反対ですが、どちらも「お金」というものを特別視している点では共通しています。
だから私は、
お金を神様にする必要もなければ、悪魔にする必要もない。
そう考えています。
お金は、あくまでもお金です。
人生を豊かにすることもあれば、人間関係を壊すこともある。
人を自由にすることもあれば、人をお金の奴隷にすることもある。
その違いを生み出すのは、お金そのものではなく、それを扱う人間なのではないでしょうか。
お金という「道具」を使いこなせる人間になる
そう考えると、突然大金を手にした人が人生を狂わせてしまう理由についても、少し違った見方ができます。
「大金が人を変えた」のではない。
むしろ、
大きなお金を扱うだけの人間的な成熟が追いついていなかったため、それまで表に出ていなかった欲望や弱さが、一気に表面化した。
そう考えることもできるのではないでしょうか。
もちろん、これはすべてのケースに当てはまると断言できるものではありません。
突然の大金によって生活環境や人間関係が激変し、心理的な負担が増すこともあるでしょう。
しかし少なくとも、「お金が人を悪くした」とだけ考えてしまうと、自分自身について考える機会を失ってしまいます。
大切なのは、
「もし自分が大きな力を持ったら、自分はどうするのか」
という問いです。
大金を手にしても、浪費や見栄に走らない。
お金の力で他人を支配しない。
必要なものには惜しみなく使う。
将来のために備える。
自分の人生をより自由にするために使う。
そして、余裕があれば他人や社会のためにも使う。
そのように、お金を「人生を豊かにするための道具」として使いこなす。
そのためには、お金の知識だけではなく、お金を持つ人間自身の人格形成も重要なのだと思います。
「今だけ・金だけ・自分だけ」にならないために
私は、「今だけ・金だけ・自分だけ」という風潮が広がる背景には、さまざまな社会的要因があると思います。
その一つとして、
「自分の人生は、この世に生きている間だけのものなのだから、今の自分さえ良ければいい」
という人生観が影響している可能性もあるのではないでしょうか。
これは宗教的な価値観の問題とも関係するので、簡単に結論を出すことはできません。
しかし、少なくとも私は、
「誰にも見られていなければ何をしてもいい」
という生き方には、どうしても違和感があります。
人間は、法律に違反しなければ何をしてもいい、というだけの存在ではないはずです。
たとえ誰にも見られていなくても、自分自身だけは自分の行動を知っている。
「お天道様は見ている」という昔ながらの感覚には、現代社会でも考える価値のあるものが含まれているように思います。
人生観や世界観は人それぞれです。
だから、特定の宗教的な考え方を誰にでも押しつけるつもりはありません。
ただ、「力を持ったときに、その力をどう使う人間でありたいのか」という問いは、誰にとっても無関係ではないでしょう。
おわりに――お金を好きになってもいい
「お金で幸せは買えない」と言われます。
確かに、お金だけで幸せになれるわけではありません。
しかし、お金によって自由を得られることもあります。
お金によって防げる不幸もあります。
そして、お金を使うことで、自分だけでなく誰かを幸せにすることだってできます。
だから私は、
「お金は汚いものだから、できるだけ遠ざけるべきだ」
とも、
「人生はお金がすべてだ」
とも思いません。
むしろ、
お金とは、素敵で便利な道具。だから、上手に付き合っていけばいい。
そんなくらいの軽やかな気持ちで、お金と付き合っていきたいと思っています。
そして、本当に大切なのは、お金をどれだけ持っているかではなく、
大きな力を手にしたとき、その力をどのように使える人間なのか。
そこに、その人の人間性が表れるのではないでしょうか。
「力があって自制しているのが徳の根元である」。
この言葉を胸に置いて、
お金に人生を支配されるのではなく、お金という力を自分の人生のために、そして可能なら誰かのためにも、上手に使いこなせる人間でありたい。
私は、そんな「清富」を目指したいと思っています。
【この記事について】
この記事は、2023年1月に投稿した『「お金(大金)は人を変える」-あなたは肯定派? 否定派?』と『あたなのお金に対する考え方は間違っていませんか?』の二つの記事を土台に、そこで述べた考え方や問題意識をあらためて整理し、一本の論考として再構成したものです。
過去の記事の単なる再録ではなく、「お金」「力」「人間性」という共通するテーマを、現在の視点からあらためて考え直しています。
なお、この個人ブログに投稿するより先に、クリエーター名“夏目のぶゆき”で『note』に2026年9月15日付けで投稿しています。
