【法の支配を考える】中華人民共和国の「民族団結進歩促進法」とは何か?――日本人も知っておくべき「域外適用」という新たなリスク(第一部)

はじめに

「外国の法律だから、日本人には関係ない。」
多くの人は、そのように考えるかもしれません。
しかし、もし外国で制定された法律が、日本国内で生活する日本人や日本企業にも法的責任を及ぼすとしたら、どうでしょうか。
2026年7月1日、中国では「民族団結進歩促進法」が施行されます。この法律は、中国国内の民族政策を法制化するものですが、その中には、日本人にとっても見過ごすことのできない内容が含まれています。
特に注目すべきなのが、「域外適用(いきがいてきよう)」と呼ばれる考え方です。
この法律では、中国国外にいる外国の組織や個人であっても、中国が「民族分裂」などに関わったと判断すれば、法的責任を負う可能性があると規定されています。
「中国へ行かなければ関係ない。」
そう考える人もいるかもしれません。しかし、中国と日本は経済・観光・研究・文化など、さまざまな分野で深く結び付いています。企業だけでなく、大学関係者、研究者、旅行者、そしてSNSを利用する一般の日本人にとっても、決して無関係とは言えません。
今回は、この法律の概要と、日本人にも関係し得る「域外適用」という考え方について、できるだけ分かりやすく解説します。

「民族団結進歩促進法」とはどのような法律なのか

中国政府は、多民族国家としての統一と民族団結を強化することを重要な国家目標に掲げています。
その考え方を法律として体系化したものが、「民族団結進歩促進法」です。
法律には、
・「中華民族共同体意識」の形成
・学校教育やメディアを通じた民族団結教育
・民族間交流の促進
・民族分裂行為への対処
などが盛り込まれています。
中国政府は、この法律について、「国家統一と民族団結を守るための重要な法律」であると説明しています。
一方で、海外の人権団体や研究者などからは、
「少数民族への同化政策をさらに法制化するものではないか」
「表現の自由や文化的多様性への影響が懸念される」
といった指摘も出されています。
つまり、この法律そのものについては、国内外で評価が分かれているのです。
しかし、日本人として特に注目すべき点は、民族政策そのものではありません。
問題は、この法律が中国国外にいる外国人にも適用され得ることを定めている点です。

「域外適用」とは何か

「域外適用」という言葉は、普段あまり耳にしないかもしれません。
簡単に言えば、
自国の法律を外国で行われた行為にも適用すること
です。
例えば、日本で生活している日本人が、日本国内で何らかの発言をしたとします。
通常であれば、その行為が日本法に違反するかどうかは、日本法によって判断されます。
ところが、中国のこの法律では、一定の場合には、
「その発言は中国法にも違反している」
という考え方が採られる可能性があります。
もちろん、中国の警察が日本国内で日本人を逮捕できるわけではありません。
しかし、その人が中国へ入国した場合や、中国国内で活動する企業・団体に関係している場合には、中国当局から法的責任を問われる可能性が生じます。
つまり、
「日本で行った行為だから中国とは無関係」
とは言い切れなくなる可能性があるのです。

日本人にはどのような影響が考えられるのか

現時点で、普通に生活している日本人が直ちに何らかの処分を受けるという話ではありません。
しかし、注意すべき場面はいくつか考えられます。
例えば、中国の民族政策についてSNSで積極的に発信している人が、中国へ旅行や出張で入国する場合です。
また、中国と共同研究を行っている大学関係者や研究者、中国に子会社や工場を持つ日本企業なども、この法律の影響を意識する必要があるかもしれません。
さらに、日本企業がホームページや広告などで、中国政府の立場と異なる表現を用いた場合には、中国国内での事業活動に何らかの影響が及ぶ可能性も否定できません。
もちろん、実際にどのように運用されるかは、今後の実例を見なければ分からない部分もあります。
しかし、「日本国内で行った行為でも、中国との接点が生じたときに問題となる可能性がある」という点は、多くの日本人が知っておくべきでしょう。

「外国の法律だから関係ない」とは言えない時代

近年、中国では、
・国家安全法
・香港国家安全維持法
・反スパイ法
など、安全保障や国家統一に関わる法律が相次いで整備され、その中には国外での行為を対象とする考え方も取り入れられています。
今回の「民族団結進歩促進法」も、その流れの中に位置付けられる法律と言えるでしょう。
これは、中国に限った話ではありません。
近年は、各国が国家安全保障を理由として、自国法の適用範囲を広げようとする動きが見られます。
しかし、その対象が外国人にまで及ぶ場合には、海外で生活する人々や外国企業にも現実的な影響が生じます。
だからこそ、「外国の法律だから自分には関係ない」と考えるのではなく、自分の生活や仕事との接点を意識しておくことが大切です。

おわりに

今回ご紹介した「民族団結進歩促進法」で最も注目すべき点は、「域外適用」という考え方です。
日本国内で生活している私たちにとっても、中国との関わりがある以上、まったく無関係とは言い切れません。
もっとも、この法律について考えるうえで、本当に重要なのは、域外適用という仕組みだけではありません。
それ以上に大きな問題があります。
それは、この法律が責任を問う対象となる「民族分裂」という概念が、どこまでを指すのか必ずしも明確ではないことです。
法治国家では、「何が違法なのか」が明確であることは極めて重要な原則です。
もし、その基準が曖昧なまま外国人にも適用されるのであれば、そこには法の支配や法的安定性という観点から、慎重に考えるべき問題が生じます。
この点については、次回、法治国家の基本原則という視点から、さらに詳しく考えてみたいと思います。

次回予告

第二部:『中国「民族団結進歩促進法」は何が問題なのか?――「曖昧な法律」が海外にも及ぶ危険性を考える』
「何が犯罪なのか」が曖昧な法律は、なぜ危険なのでしょうか。
次回は、「罪刑法定主義」「法の支配」「表現の自由」といった法治国家の基本原則を分かりやすく解説しながら、この法律が抱える本質的な問題点について考察します。

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