ヘイトスピーチ解消法施行10年――「外国人との秩序ある共生社会」のために、次の10年へ法改正を

はじめに――施行10年を迎えた今、次の10年を考える

私はこれまで、ヘイトスピーチ解消法(正式名称「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」)について、何度かこのブログで取り上げてきました。
その問題意識を一言で表すなら、
「差別をなくすための法律だからこそ、誰に対しても公平で、明確な法律であるべきではないか」
ということです。
そして今、改めてこの問題を考えるべきタイミングが来ています。
ヘイトスピーチ解消法が施行されてから、2026年で10年になります。
一方、政府は現在、「外国人との秩序ある共生社会の実現」を明確に掲げています。
従来の「外国人との共生社会」から、「秩序ある共生社会」へ。
この表現の変化には、外国人との共生をめぐる社会の現実や国民の意識の変化も反映されているのではないか――私はそう考えています。
もちろん、「秩序ある共生社会」を実現するためには、外国人の側にも日本の法令やルールを守り、社会の一員として責任ある行動をとることが求められます。
しかし、それだけではありません。
共生社会における「秩序」とは、外国人にだけ求められるものではなく、日本人を含め、社会を構成するすべての人に共通して求められるものだからです。
だからこそ、私は、ヘイトスピーチ解消法についても、施行10年という節目に、「次の10年に向けた法改正」を考えるべきではないかと思います。
それは、
「外国人だけを守るための法律」から、「日本人も外国人も、すべての人を等しく守る法律」へ。
という方向です。
これは、外国人に対するヘイトスピーチへの対応を弱めるという話ではありません。
むしろ、差別的な言動から人間の尊厳を守るという法律の理念を、より普遍的なものへと発展させるという提案です。

この法律を所管する省庁(とその内部部局)は法務省(人権擁護局)です。

これまで私は、ヘイトスピーチ解消法の問題を繰り返し考えてきた

私はこれまで、このブログでヘイトスピーチ解消法について何度も取り上げてきました。
2025年2月24日の記事では、「ヘイトスピーチ解消法の課題と法改正の必要性」を論じました。
その後、2025年7月15日の記事では、
「差別をなくす法律」が差別を生む?
という、やや逆説的な問いを掲げ、現行法が抱える問題を四つの観点から整理しました。
さらに2026年2月17日には、「国旗損壊罪創設とヘイトスピーチ解消法改正」を関連づけながら、
「法の下の平等」という観点から、現行制度をもう一度考え直す必要があるのではないか
と問題提起しました。
そして2026年2月26日には、
「日本人は誰でも殺せ」は差別ではないのか?
という問題を取り上げ、「外国人に対する差別」と「日本人に対する差別」を、法制度上どのように考えるべきなのかを検討しました。
今回の記事は、これらの問題提起の延長線上にあります。
ただし、今回は単に現行法を批判することが目的ではありません。
施行から10年を迎えた今、次の10年に向けて、この法律をどのように発展させるべきか。
そこを考えてみたいのです。

現行法は大切な一歩だった。しかし、10年後の現在には新たな課題がある

ヘイトスピーチ解消法が制定されたことには、もちろん大きな意味があります。
現行法は、「本邦外出身者」に対する不当な差別的言動を解消するため、国や地方公共団体に相談体制の整備、教育、啓発などの施策を求めています。
その意味で、この法律は日本社会に、
「特定の国籍・民族などを理由として、人間の尊厳を傷つけたり、社会から排除したりするような言動を許してはならない」
というメッセージを明確に示した法律だと言えるでしょう。
私は、この理念まで否定する必要はないと思います。
問題は、
「では、施行から10年が経過した現在、この法律はこれで十分なのか」
ということです。
現行法の最大の特徴の一つは、その名称が示すとおり、保護対象が「本邦外出身者」に特化していることです。
これは制定当時の社会状況や立法目的から理解できる面があります。
しかし、10年が経過し、日本社会に暮らす外国人が増え、「共生」がより大きな政策課題となった現在、この仕組みをさらに普遍的なものへ発展させることを検討してもよいのではないでしょうか。

「外国人との秩序ある共生社会」を掲げるなら、誰を守るのかも考え直すべきだ

政府が「外国人との秩序ある共生社会」を掲げるのであれば、外国人に法令やルールを守ることを求めるだけでなく、日本人を含め、社会のすべての人の尊厳も等しく守られる仕組みになっているのかを考える必要があります。
現在のヘイトスピーチ解消法は、「本邦外出身者」に対する差別的言動を対象としています。
つまり、法律上の保護対象について、一定の限定が設けられているわけです。
もちろん、この法律が外国人に対する差別的言動を問題として制定されたことには、十分な理由があります。
しかし、「差別的言動から人間の尊厳を守る」という観点から見たとき、日本人だけをヘイトスピーチ解消法の保護対象から外したままでよいのか。
私は、ここを改めて考える必要があると思います。

これは「外国人保護を弱めろ」という話ではない

ここは、誤解のないように強調しておきたいと思います。
私が提案しているのは、
「外国人に対するヘイトスピーチを規制する必要はない」
ということではありません。
むしろ逆です。
外国人に対する差別的・暴力的な言動を許さないのであれば、
同じ原則を日本人にも適用すべきではないか
という問題提起です。
外国人を守ることと、日本人を守ることは対立しません。
「外国人か日本人か」によって、差別から守られる価値に差を設ける必要もありません。
私はむしろ、
外国人を守るための理念を、日本人を含むすべての人を守る普遍的な理念へと発展させる。
それが次の10年に向けた法改正の方向ではないかと考えています。

ただし、「何でも差別」としてはいけない

一方で、ここにも非常に重要な注意点があります。
「すべての人を守る」と言って、差別の概念を無制限に広げてはいけません。
例えば、
「外国人政策を厳格化すべきだ」
「不法滞在には厳正に対応すべきだ」
「外国人の受入れ人数には上限を設けるべきだ」
「社会保険料の未納には厳しく対応すべきだ」
といった主張は、民主社会における正当な政策論議です。
外国人による犯罪や違法行為について、事実に基づいて批判することも当然認められるべきです。
それを「外国人への差別だ」として封じてしまうなら、それは健全な民主主義とは言えません。
重要なのは、
「人に対する差別」と「政策・行為に対する批判」を明確に区別すること
です。
だからこそ、法改正をするのであれば、単純に「差別を禁止する」とするのではなく、何が違法・不当な差別的言動に当たるのかを、できる限り明確にする必要があります。

次の10年に向けた第一の改革――保護対象を拡大する

私が提案する第一の改革は、
「本邦外出身者」に限定されている保護対象を拡大すること
です。
国籍、民族、出身地などにかかわらず、日本人を含むすべての人を保護対象とする。
つまり、
「外国人だから守る」
という発想から、
「人間として尊厳を侵害されるような差別的言動から守る」
という発想へ転換する
のです。
これは、ヘイトスピーチ解消法の理念を後退させるものではありません。
むしろ、
普遍化することによって、理念を一段高いところへ引き上げる
ものです。
外国人を守る。
日本人も守る。
その他の国籍・民族・出身を持つ人々も守る。
そうした法律にすることによって、「日本人 対 外国人」という対立構造からも一歩離れることができます。

第二の改革――「差別的言動」をより明確にする

第二は、
差別的言動の範囲と内容を、より明確にすること
です。
ここについては、現行法にもすでに一定の定義があります。
例えば、生命・身体・自由・名誉・財産に危害を加えることを告知する言動、著しく侮蔑する言動、地域社会から排除することを煽動する言動などが対象として定められています。
したがって、「現行法には定義がない」ということではありません。
問題は、もし将来的に、
保護対象をすべての人へ拡大し、さらに罰則を設ける
のであれば、刑罰法規として何が禁止されるのかを、いっそう明確にしなければならないということです。
例えば、
・政策に対する批判
・個人の行為に対する批判
・事実に基づく問題提起
・単なる不快な意見
・人格に対する侮辱
・国籍・民族などを理由とする排除の扇動
・生命・身体への危害の告知・扇動
などを、できる限り明確に区別する必要があります。
これは、外国人を守るためにも、日本人を守るためにも必要なことです。
そして何より、
表現の自由を守るためにも必要なこと
です。

第三の改革――悪質な差別的言動には、必要かつ相当な罰則を

第三は、
一定の重大な差別的言動について、罰則を導入すること
です。
現在のヘイトスピーチ解消法には罰則がありません。
もちろん、表現行為に刑罰を科すことには、憲法21条の保障する表現の自由との関係から、極めて慎重な検討が必要です。
したがって、
「とにかく罰則を設ければよい」
という話ではありません。
むしろ、私はその逆だと思います。
罰則を設けるのであれば、
①誰を守るのかを明確にする。
②何を禁止するのかを明確にする。
③そのうえで、特に悪質で社会的危険性の高い行為に限定して罰則を設ける。
この順序が重要です。
例えば、生命・身体への危害を具体的に告知・扇動するような行為など、明確に重大な危険性を持つものについて、必要かつ相当な刑事罰を検討する。
その際にも、罪刑法定主義や表現の自由との関係を十分に踏まえなければなりません。
つまり、
「罰則を設けること」よりも、「何を罰するのかを明確にすること」の方が先なのです。

「日本人は誰でも殺せ」という言葉を、私たちはどう考えるのか

ここで、私がこれまでの記事で取り上げてきた問題に戻ります。
仮に、
「日本人は誰でも殺せ」
という言葉が公然と発せられたとします。
これを、
「ヘイトスピーチ解消法では、日本人に対するヘイトスピーチは対象に含まれていない。しかも、日本人という優位にある集団に対するものであり、日本人は多数派なのだから、法律上は問題にしなくてもよい」
と考えてよいのでしょうか。
私は、そうは思いません。
問題は、「日本人が多数派なのか、少数派なのか」ということではありません。
また、「外国人だから保護する、日本人だから保護しない」ということでもありません。
問うべきなのは、その言動が、人間の尊厳を著しく傷つけ、生命・身体・自由・名誉・財産などを害する危険性を持つ、悪質な差別的言動なのかどうかということではないでしょうか。
だからこそ私は、ヘイトスピーチ解消法の次の10年を考えるに当たって、保護対象を「本邦外出身者」に限定する現在の仕組みを見直し、国籍や出身、民族などにかかわらず、すべての人を対象とする制度へ発展させることを提案したいのです。

「秩序ある共生社会」の本気度を測る一つの試金石

ここまでの話を、政府の現在の政策に戻して考えてみます。
政府は、
「外国人との秩序ある共生社会」
を掲げています。
そして、その目標として、
「国民・外国人の双方が安全・安心に生活する社会」
を示しています。
であるならば、私は政府にこう問いかけたいのです。
「外国人との秩序ある共生社会」を本気で実現するのであれば、ヘイトスピーチ解消法についても、次の10年に向けた法改正を検討してみてはどうでしょうか。
外国人にもルールを求める。
日本人にもルールを求める。
外国人の尊厳を守る。
日本人の尊厳も守る。
外国人に対する差別を許さない。
日本人に対する差別も許さない。
そして、外国人政策に対する正当な批判や問題提起まで「差別」として封じ込めない。
このバランスが重要です。
その意味で、ヘイトスピーチ解消法の次の10年は、
「外国人を守る法律」から「すべての人を公平に守る法律」へ。
という方向を目指してもよいのではないでしょうか。

次の10年に向けて、私が提案したい「三つの改革」

ここまでの議論を整理します。
私が政府・国会に求めたいのは、次の三つです。
第一――保護対象の拡大
「本邦外出身者」に限定せず、日本人を含め、国籍・民族・出身地などにかかわらず、すべての人を保護対象とする。
第二――差別的言動の定義の明確化
政策批判、事実に基づく問題提起、正当な意見表明などと、差別的侮辱、排除の扇動、危害の告知・扇動などを明確に区別できるよう、構成要件をさらに明確化する。
第三――必要かつ相当な罰則の導入
第一と第二を十分に整備したうえで、生命・身体への危害を告知・扇動するなど、特に悪質で社会的危険性の高い差別的言動について、必要かつ相当な刑事罰を検討する。
この三つは、別々に考えるべきではありません。
「誰を守るのか」
「何を禁止するのか」
「どこから刑罰を科すのか」
を、一体として設計する必要があります。
それが、法の支配にかなった法改正だと思います。

おわりに――「次の10年」は、より普遍的な共生社会へ

ヘイトスピーチ解消法が施行されてから10年。
この10年間の取り組みを、私は無意味だったとは思いません。
むしろ、この10年間があったからこそ、次の課題が見えてきたのだと思います。
それは、
「誰を守るのか」
という問題です。
外国人を守る。
それは大切です。
しかし、
外国人だから守るのではなく、人間だから守る。
その原則にまで発展させることができるのではないでしょうか。
そして、
「差別をなくす」という理念と、「表現の自由を守る」という理念を、どのように両立させるのか。
これも、次の10年に向けて避けて通れない課題です。
政府が「外国人との秩序ある共生社会」を本気で目指すのであれば、私はぜひ、この問題にも正面から向き合ってほしいと思います。
外国人を守ることと、日本人を守ることは対立しません。
人権を守ることと、秩序を守ることも、本来は対立するものではありません。
そして、外国人政策を批判することと、外国人を差別することも同じではありません。
だからこそ必要なのは、
誰であっても、差別されず、脅されず、尊厳を守られながら、同じルールの下で暮らすことのできる社会
です。
私は、これこそが「秩序ある共生社会」の一つの到達点だと思います。
ヘイトスピーチ解消法の施行10年。
その節目を、これまでの10年を振り返るだけの機会にするのではなく、
「次の10年に、どのような法律と社会をつくるのか」
を考える機会にしてほしい。
そして政府・国会には、
①保護対象の拡大
②差別的言動の定義の明確化
③必要かつ相当な罰則の導入
について、ぜひ正面から議論を始めてほしいと思います。
それが実現するならば、ヘイトスピーチ解消法は、
「特定の人々を守るための法律」から、「すべての人の尊厳を守るための法律」へ。
次の10年に向けて、大きく一歩前進することになるのではないでしょうか。
そして、その姿勢こそが、
「外国人との秩序ある共生社会」を本気で実現しようとしているのか。
その政府の本気度を、主権者である国民が判断する一つの材料になる
のだと思います。

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