政治に詳しくない人は、政治に参加してはいけないのか――民主主義に必要なのは、参加の拡大と判断力の向上

新常識
日本国憲法第44条

政治に関心を持つ人が増え、選挙に行く人が増える。それは、民主主義にとって望ましいことではないでしょうか。
ところが、インターネットを通じて多くの人が政治に参加するようになると、かえって民主主義が劣化するという意見もあります。社会学者の宮台真司氏が、インターネットを通じた政治参加について「クズが参加してきた結果、民主主義が劣化していった」と発言したことも、その一例です。
確かに、SNSには誤った情報や極端な意見があふれ、感情的な投稿が多くの人に拡散されることもあります。十分に確かめないまま情報を信じ、誰かを攻撃したり、特定の政治家や政党を支持したりする人がいることも否定できません。
しかし、だからといって、政治に詳しくない人の参加が問題なのでしょうか。
私は、この問題を考えるうえで、三つのことを区別する必要があると思います。

政治に詳しくなくても、政治に参加する権利がある

第一に、政治参加の機会は、広く国民に保障されなければなりません。
政治に詳しい人も、詳しくない人も、学歴の高い人も、そうでない人も、社会的地位のある人も、そうでない人も、等しく政治に参加できる。それが民主主義の基本です。
大学生であっても、社会人になったばかりであっても、政治について十分な知識があるとは限りません。しかし、だからといって、選挙に行く資格がないなどということにはなりません。
むしろ、自分たちの暮らしや将来に関わる政治だからこそ、政治に詳しくない人にも関心を持ち、参加してもらうことが大切なのです。

参加する人が増えれば、それだけで民主主義は良くなるのか

第二に、政治参加する人が増えれば、民主主義の質も自動的に高まるわけではありません。
ここは、冷静に考える必要があります。
SNSでは、事実を確認しないまま情報が拡散されたり、刺激的な言葉や怒りをあおる投稿に多くの人が反応したりすることがあります。自分と異なる意見に耳を傾けず、同じ考えの人たちだけで盛り上がることもあります。
こうした環境では、政治について考える人が増えても、必ずしも冷静で適切な判断につながるとは限りません。
ただし、これは政治に詳しくない人だけの問題ではありません。知識や経験が豊富な人でも、思い込みや党派的な偏見にとらわれることがあります。知識が多いことと、物事を正しく判断できることは、必ずしも同じではないのです。
大切なのは、誰が政治に参加するかを選別することではなく、参加する一人ひとりが、情報を確かめ、自分の頭で考えることではないでしょうか。

必要なのは、政治参加と判断力の両方を育てること

第三に、政治参加の機会を広げることと、有権者の判断力を高めることは、同時に進めなければなりません。
政治家の発言をそのまま信じるのではなく、何を実現しようとしているのか、具体的な政策は何か、その財源や実現可能性はどうなのかを考えてみる。
SNSで目にした情報についても、誰が発信したのか、根拠はあるのか、別の見方はないのかを確かめてみる。
難しい専門知識を身につける必要はありません。少し立ち止まって調べ、異なる意見にも目を向け、自分なりに判断する。その積み重ねが、政治を見る目を養っていきます。
政治に詳しくない人が投票に行くことを心配するよりも、政治に詳しくない人でも、必要な情報を得て、安心して考え、判断できる環境を整えることの方が、はるかに重要です。

民主主義は、誰かに任せておくものではない

民主主義は、知識のある人や賢い人だけに政治を任せる制度ではありません。
さまざまな考えや立場を持つ人々が政治に参加し、意見を交わし、ときには間違いを修正しながら、社会の進む方向を決めていく仕組みです。
だからこそ、政治参加の裾野を広げることには意味があります。そして、参加する人が増えるほど、一人ひとりが情報を吟味し、自分で判断することの大切さも増していきます。
政治に関心を持つことは、特別な人だけに許されたものではありません。若い人も、政治に詳しくない人も、日々の暮らしの中で感じた疑問や不安を出発点に、政治について考えてよいのです。
民主主義に必要なのは、参加する人を選別することではありません。誰もが参加できる社会を守りながら、一人ひとりの判断の質を高めていくことです。
政治参加の「量」と「質」。この二つを両立させることこそ、私たちが目指すべき民主主義の姿ではないでしょうか。

備考――日本国憲法が保障する民主主義の基本原則

日本国憲法は、国民の政治参加について、次のような基本原則を定めています。
第15条第1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
第15条第3項:公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
第44条:両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
これらの規定が示しているのは、政治参加の機会を一部の人々に限定せず、広く国民に保障するという民主主義の基本的な考え方です。
つまり、政治や社会に関する知識が十分にあることや、特定の学歴・社会的地位を持っていることを、選挙権行使の条件にすることはできません。
政治に詳しい人だけが政治に参加するのではなく、誰もが政治に参加できる。そのうえで、一人ひとりが判断力を高めていく。これが、私たちの民主主義の基本です。

おわりに――民主主義は、私たち自身が育てていくもの

英国の政治家ウィンストン・チャーチルは、1947年11月11日の英国下院での演説で、民主主義について次のように述べています。
民主主義は、これまで折々に試みられてきた他のあらゆる政治形態を除けば、最悪の政治形態である。
これは、民主主義が完全無欠の制度ではないことを認めながらも、これまで試みられてきた他の政治形態と比べれば、民主主義が最も望ましい選択肢であるという趣旨の言葉です。なお、チャーチル自身も「そう言われてきた」と紹介しており、この言い回しの最初の発言者が誰であるかは、明確には分かっていません。
民主主義には、確かに欠点があります。誤った情報に基づく判断もあれば、感情に流された選択もあります。しかし、だからといって、政治に参加する人を選別したり、一部の人々に判断を委ねたりすることが望ましいわけではありません。
民主主義は、欠点があるから捨てるものではなく、誰もが参加する権利を守りながら、私たち一人ひとりが考え、判断し、より良いものへと育てていく制度なのだと、私は考えます。

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