外国人の受入れを進める前に、考えておくべきこと――共生の理念と県民の負担

移民 出入国管理

本年7月25日の知事定例記者会見で、富山県知事が多文化共生条例の必要性について、「日本人ファースト、あるいは排外主義、排他主義、このようなことを事前に防ぎながら、外国人の方々を受け入れていきたいという、そのベースを作っておきたいという思いからです。」という発言を振り返って、改めて考えたいことがあります。
富山県が外国人に選ばれる地域を目指し、外国人の受入れを積極的に進めようとしているのだとすれば、そこで問われるべきなのは、受入れを進めること自体の是非だけではありません。
外国人の受入れによって得られる利益と、それに伴って県民が負担することになる費用や社会的な調整を、県はどのように評価しているのでしょうか。
また、外国人との共生社会を構築するに当たり、なぜ「多文化共生」を政策の中心理念に据える必要があるのでしょうか。
共生社会の土台となるべきなのは、文化の多様性それ自体ではなく、日本国憲法を頂点とする日本の法令・法秩序と、日本社会の基本的なルールではないでしょうか。
文化の違いは尊重する。しかし、法は共通でなければならない。
この原則を明確にしたうえで、外国籍住民が日本社会のルールを理解し、守りながら地域社会に参加できる環境を整えることこそ、行政が取り組むべき共生政策の基本
だと、私は考えます。

受入れを進めることが、政策の目的になっていないか

もちろん、外国人の受入れによって、労働力の確保や地域経済の維持などの利益が期待される場合はあるでしょう。しかし、期待される利益だけを見て、受入れを進めることはできません。
行政サービス、教育、生活支援などに必要となる費用や、地域社会で生じ得る摩擦への対応も含め、受入れに伴う負担を検証する必要があります。
そして、外国人の受入れを進めるという政策目的が先に立ち、そのために日本社会の共通の法秩序やルールの位置付けが曖昧になったり、県民側の負担が十分に検証されないままになったりしてはなりません。
外国人に選ばれる地域を目指すことと、地域住民が安心して暮らせる社会を維持すること。この二つを、どのように両立させるのか。
行政には、その考え方を県民に分かりやすく説明する責任があるはずです。

「多文化共生」の先に、どのような社会を目指すのか

私は、外国人の受入れや、外国籍住民への必要な支援を一律に否定しているわけではありません。
問題は、受入れを進めることだけが先行し、共生社会の土台となるべき法秩序や基本的なルール、そして県民が引き受ける負担についての検討が十分でないまま、政策が進められることです。
この点については、以前の記事でも考えを述べました。
『富山県の「多文化共生」条例案に注文を付けたい――共生の土台は「多文化」ではなく、共通の法とルールではないか』(2026年10月2日付け投稿記事)
https://kazenojidai.jp/2026/10/02/%e5%af%8c%e5%b1%b1%e7%9c%8c%e3%81%ae%e3%80%8c%e5%a4%9a%e6%96%87%e5%8c%96%e5%85%b1%e7%94%9f%e3%80%8d%e6%9d%a1%e4%be%8b%e6%a1%88%e3%81%ab%e6%b3%a8%e6%96%87%e3%82%92%e4%bb%98%e3%81%91%e3%81%9f%e3%81%84/
この記事では、文化の違いを尊重することと、共通の法秩序を守ることを区別し、外国人との共生社会を何を土台として構築すべきなのかを論じています。

外国人との共生を考えるなら、まず問うべきなのは、どれだけ受け入れるかだけではありません。
何を共通の土台とし、どのようなルールの下で共に暮らし、受入れに伴う利益と負担をどのように考えるのか。
その基本を明確にすることが、外国人にとっても日本人にとっても、持続可能な共生社会を築くための出発点ではないでしょうか。

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