便利であることと、社会に不可欠であることは違う
コンビニエンスストアの24時間営業は、確かに便利です。深夜や早朝でも買い物ができることは、夜勤者や深夜に帰宅する人などにとって、大きな利点でしょう。
しかし、便利であることと、社会にとって不可欠であることは、同じではありません。
かつて、コンビニが現在のように24時間営業を行うことが一般的でなかった時代にも、私たちは日常生活を営んでいました。もちろん、現在の働き方や生活様式は当時とは異なります。それでも、24時間営業がなければ社会が成り立たないとまでいえるのでしょうか。
2024年に公表された民間調査では、全国の20~69歳を対象にした調査で、コンビニの24時間営業について、61.4%が「24時間営業をしないでもよい」と回答しています。また、45.3%が「深夜は閉まっている時間があってもいいと思う」と回答しました。
(出典:クロス・マーケティング「コンビニエンスストアに関する調査(2024年)」)
もちろん、この調査だけで24時間営業の全面廃止が妥当だと結論づけることはできません。しかし、少なくとも、24時間営業が国民生活にとって絶対に欠かせないものだと、誰もが考えているわけではないことは分かります。
24時間営業の必要性は、十分に立証されているのか
もちろん、24時間営業を支持する理由がないわけではありません。深夜の買い物需要、緊急時の利便性、店舗の経営上の事情など、考慮すべき要素はあります。
しかし、そうした利点があることと、すべての店舗が24時間営業を続ける必要があることとは別問題です。
本来、24時間営業を社会にとって必要なものだと主張するのであれば、深夜の需要がどの程度あるのか、営業を続ける便益が費用や労働負担に見合うのか、営業時間を短縮した場合にどのような支障が生じるのかを、具体的に説明する必要があるはずです。
公正取引委員会も、2020年の実態調査で、コンビニ本部と加盟店との取引に関し、年中無休・24時間営業をめぐる問題を取り上げました。営業時間の問題は、消費者の利便性だけでなく、加盟店の経営や労働のあり方にも関わっているのです。
(出典:公正取引委員会「コンビニエンスストア本部と加盟店との取引等に関する実態調査」)
私が問題だと考えるのは、24時間営業を維持する必要性が十分に立証されていないにもかかわらず、あたかも当然に維持すべきサービスであるかのように扱われてしまうことです。
24時間営業は、社会にとって無条件に維持すべき制度ではありません。必要性と便益、費用と負担を検証したうえで、適切な範囲で選択されるべき営業形態にすぎないのです。
そのために、外国人労働者を受け入れる必要があるのか
ここで、外国人労働者の受入れという問題につながります。
仮に、深夜の人手不足を理由に、コンビニの24時間営業を維持するため外国人労働者の受入れを拡大しようとするなら、まず問うべきことがあります。
そもそも、その営業時間を維持することは、社会にとってどれほど必要なのでしょうか。
24時間営業を維持するための人手が足りないのであれば、営業時間の短縮、省人化、賃金や労働条件の改善など、国内で検討できる選択肢もあります。それらの可能性を十分に検討せず、外国人労働者を受け入れることで人手不足を補おうとするのは、順序が逆ではないでしょうか。
もちろん、コンビニの24時間営業だけを取り上げて、外国人労働者の受入れ全体の是非を決めることはできません。深夜営業を必要とする地域や人々がいることも否定しません。
しかし、社会にとって無条件に維持すべきものではないサービスを維持するために、外国人労働者に頼ることまで正当化されるわけではありません。
外国人労働者の受入れを検討する前に、まず、その仕事やサービスが本当に必要なのか、従来の仕組みを見直すことで対応できないのかを考えるべきです。
人手不足を埋める前に、社会の仕組みを問い直す
この問題は、コンビニに限った話ではありません。
「人手不足だから外国人」という説明が繰り返されると、人手不足の原因や、賃金・労働条件の改善、生産性の向上、事業のあり方の見直しといった課題が、十分に検討されないままになりかねません。
この問題については、私の過去の記事『人口減少社会をどう維持するか――「外国人依存型」から「外国人補完型」へ』(2026年10月22日付け投稿記事)
https://kazenojidai.jp/2026/10/22/%e4%ba%ba%e5%8f%a3%e6%b8%9b%e5%b0%91%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%82%92%e3%81%a9%e3%81%86%e7%b6%ad%e6%8c%81%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%8b%e2%80%95%e2%80%95%e3%80%8c%e5%a4%96%e5%9b%bd%e4%ba%ba%e4%be%9d%e5%ad%98/
でも取り上げました。
外国人労働者によって人手不足を補い続けることが、企業の構造改革や生産性向上を遅らせる方向に作用してはいないか。コンビニの24時間営業も、こうした問題を考える一つの具体例ではないでしょうか。
人手不足は、それ自体が外国人労働者の受入れを正当化する理由ではありません。何のために必要な仕事なのか、どのような条件なら国内の労働力を確保できるのか、そもそも従来どおりの事業を維持する必要があるのか。こうした問いを先に立てる必要があります。
一方、私は外国人労働者の受入れを一律に否定したいのではありません。国内改革を進めてもなお必要な人材について、適切な条件の下で受け入れることは、十分に検討に値すると思います。
この考え方は、外国人の受入れを企業の経営判断だけに委ねるのではなく、国が受入れの必要性、規模、分野、条件を判断すべきだという私の問題意識にもつながります。
詳しくは、過去の記事『外国人労働者の受入れを企業任せにしてよいのか【後編(の前半)】『日本版・外国人雇用ルール』の提案――外国人の「質」と「量」を国家として管理する』(2026年8月27日付け投稿記事)
https://kazenojidai.jp/2026/08/27/%e5%a4%96%e5%9b%bd%e4%ba%ba%e5%8a%b4%e5%83%8d%e8%80%85%e3%81%ae%e5%8f%97%e5%85%a5%e3%82%8c%e3%82%92%e4%bc%81%e6%a5%ad%e4%bb%bb%e3%81%9b%e3%81%ab%e3%81%97%e3%81%a6%e3%82%88%e3%81%84%e3%81%ae%e3%81%8b-2/
でも論じています。
外国人労働者を排除するのではなく、国内改革の代わりに外国人労働者を受け入れるのでもない。国内改革を進めたうえで、なお必要な部分を補ってもらう。私は、こうした「外国人補完型」の考え方が重要だと考えています。
便利さを維持するために、何をどこまで負担するのか
コンビニの24時間営業をめぐる問題から、私たちは一つの原則を確認できるのではないでしょうか。
便利だから維持する。人手が足りないから外国人を受け入れる。――その二つの判断の間には、本来、検証されるべき多くの論点があります。
24時間営業を必要とする人々がいるなら、その需要に応える方法を考える必要があります。しかし、そのことは、すべての店舗が24時間営業を続けるべきことも、そのために外国人労働者の受入れを拡大すべきことも、直ちには意味しません。
まず、サービスそのものの必要性を検証する。次に、営業時間の見直しや省人化、労働条件の改善など、国内でできる改革を進める。それでもなお必要な部分があれば、その範囲と条件を明確にしたうえで外国人労働者の受入れを検討する。
便利さを維持するために、何をどこまで社会が負担するのか。そして、その負担を外国人労働者の受入れによって補うことは、本当に必要なのか。
コンビニの24時間営業は、身近な問題であると同時に、日本の外国人労働者政策のあり方を考えるうえでも、問い直す価値のある問題なのです。

