なぜ今、あらためて日本の外国人受入れ政策を論じるのか【第30部】――「日本版ルール主義」を一つの国家政策として体系化する

ここまで29回にわたって、日本の外国人受入れ政策について考えてきました。
個々の制度を取り上げたこともあれば、政府の政策や政治家の発言、外国人材の受入れ、永住や帰化、社会保障、地域社会との関係などについて考えたこともあります。
その過程で、私自身の中にも、少しずつ一つの考え方が形になってきました。
それは、
外国人受入れ政策を、個々の制度や問題の寄せ集めとしてではなく、日本という国家と社会の将来に関わる一つの政策体系として考える必要があるのではないか
ということです。
そこで、この第30部では、これまでの議論を一度、最初から組み立て直してみたいと思います。

外国人受入れは、なぜ「国家の将来設計」の問題になったのか

まず、少し大きな視点から考えてみます。
人が国境を越えて移動することは、決して現代になって突然始まったことではありません。
昔から、人は仕事を求め、商売をし、学び、戦争を逃れ、あるいは新しい生活の場を求めて国境を越えてきました。
しかし、近代になって大きく変わったことがあります。
それは、国家と国民の範囲が明確になり、国境が制度として整えられていったことです。
国籍制度が整備され、誰がその国の国民なのか、誰が外国人なのかが制度上区別されるようになりました。
そして、国境を越えて入ってくる人について、国家が一定の審査を行い、入国や在留を認める仕組みが形成されていきました。
つまり、
国境管理、国籍、入国、在留という制度は、近代国家の形成とともに発達してきた
ということです。
一方、戦後の世界では、国際貿易、海外投資、国際交流、留学、観光、企業活動などが急速に拡大しました。
国と国との相互依存も深まりました。
さらに、先進民主主義国家では、国民の基本的人権を保障し、法の支配の下で国家権力を行使することが、国家運営の基本原則となっています。
その結果、今日の国家は、
「国境があるから外国人を管理すればよい」
という単純な問題として、外国人受入れを考えることができなくなっています。
外国人が日本で働けば、労働市場に関係します。
日本で生活すれば、教育、医療、住宅、社会保障、地域社会に関係します。
家族を呼び寄せれば、子どもの教育や地域社会との関係にも関わります。
長期間生活すれば、永住や帰化という問題も生じます。
さらに、国際情勢が複雑化する中では、安全保障との関係も無視できません。
つまり、
外国人の受入れは、もはや入国管理だけの問題ではありません。
日本社会そのもののあり方に関わる問題になっています。
だからこそ、私はこう考えるようになりました。
「外国人政策だから考える」のではありません。
「日本社会の将来を考えるなら、外国人受入れを避けて通れなくなった」のです。
ここが、今回のシリーズを改めて振り返るうえでの出発点です。

「外国人を受け入れるか、受け入れないか」だけでは議論にならない

外国人受入れについて議論するとき、ともすれば、
「外国人を受け入れるのか、受け入れないのか」
という二者択一になりがちです。
しかし、現実の政策は、そんなに単純ではありません。
問題になるのは、
・なぜ受け入れるのか
・何のために受け入れるのか
・どの分野で必要なのか
・誰を受け入れるのか
・どの国・地域から受け入れるのか
・どの程度の人数なのか
・どのような条件を付けるのか
・どの程度のペースで受け入れるのか
・家族帯同をどうするのか
・長期滞在や永住をどう考えるのか
・帰化をどう考えるのか
・日本社会への影響をどう把握するのか
・問題が生じた場合、どう修正するのか
といった問題です。
つまり、「入口」の問題とは、単に受け入れるかどうかではありません。
誰を、なぜ、どの程度、どのような条件で受け入れるのか。
その制度設計そのものが、外国人受入れ政策の入口なのです。
そして、入口だけを考えていても十分ではありません。
入国した後、その人が日本でどのように生活し、働き、家族を形成し、地域社会と関わり、場合によっては永住し、さらに帰化するのか。
そこまで見なければ、政策全体を設計したことにはなりません。

29部までの議論から見えてきたこと

このシリーズでは、さまざまな角度から外国人受入れ政策について考えてきました。
一見すると、それぞれ別々の問題だったようにも見えます。
しかし、振り返ってみると、実はそれぞれがつながっています。
外国人材の受入れを考えれば、なぜ日本人の労働力だけでは足りないのかという問題に行き着きます。
そこから、賃金、生産性、企業の淘汰や構造改革、地域経済、労働環境といった問題につながります。
外国人が増えれば、日本語教育、学校、医療、住宅、地域社会、行政サービスの問題も出てきます。
長期滞在者が増えれば、永住や帰化の問題が出てきます。
そして、それらを考えると、
「そもそも日本は、どのような外国人受入れ政策を目指すのか」
という、より根本的な問題に戻ってきます。
ここで私がたどり着いたのが、
「日本版ルール主義」
という考え方です。

私が考える「日本版ルール主義」とは何か

「ルールを守る」という言葉だけなら、非常に簡単です。
しかし、国家政策として考えるなら、それだけでは足りません。
外国人にルールを守ることだけを求めればよい、という意味でもありません。
日本版ルール主義とは、もっと広い考え方です。
第一に、国家が明確なルールを定めること。
第二に、そのルールを国籍によって恣意的に変えるのではなく、法の支配の下で適正に適用すること。
第三に、外国人が日本の法律や制度を理解できるよう、必要な情報提供や日本語教育などの環境整備を行うこと。
第四に、政策によってどのような結果が生じたのかを検証すること。
第五に、問題があれば、制度そのものを見直し、修正すること。
つまり、
ルールを作ること
 ↓
適正に適用すること
 ↓
実際の結果を見ること
 ↓
必要なら修正すること
までを含めて「ルール主義」と考えます。
これは、外国人だけに特別なルールを課すという考え方ではありません。
日本人であれ外国人であれ、日本社会で生活する人には、日本の法律や基本的な社会ルールが適用されます。
一方で、誰を日本に入国させ、どのような在留資格を認め、どのような条件で在留を認めるのかという問題については、国籍という制度上の違いが当然に関係します。
ここを混同してはいけません。
「日本社会で生活する人に共通するルール」と、「外国人の入国・在留を認めるための制度」は、別の問題だからです。

受入れ先行ではなく、「能力先行」で考える

外国人受入れ政策を考えるとき、私はもう一つ重要な原則があると考えます。
それが、
「社会統合先行原則」
です。
外国人を受け入れてから、
「日本語教育が足りない」
「学校が足りない」
「医療現場が対応できない」
「自治体の負担が大きい」
「地域社会との摩擦が生じた」
と対応するのではなく、
日本社会がどこまで受け入れ、その人たちが日本社会の一員として生活できる環境を、どこまで責任を持って整えられるのかを先に考える。
そのうえで、受入れ規模やペースを決める。

これが社会統合先行原則です。
もちろん、社会統合の能力とは、日本語教育だけではありません。
学校教育、医療、住宅、社会保障、行政サービス、地域交通、防災、通訳・相談体制、地域社会との接点など、さまざまな要素があります。
したがって、
「何人受け入れられるか」ではなく、
「日本社会が責任を持って統合できる規模はどの程度なのか」
という視点
が必要になります。
これは、単純な人数制限の議論とは違います。
社会の受入れ能力を考えたうえで、適切な規模とペースを決めるという考え方です。

「外国人依存型」から「外国人補完型」へ

もう一つ、これまでの議論から見えてきた重要な問題があります。
それは、外国人材を人手不足の穴埋めとして際限なく使い続けることの問題です。
人手不足がある。
だから外国人を受け入れる。
さらに人手不足がある。
だから、また外国人を受け入れる。
この循環が続けば、企業側の生産性向上、賃金改善、設備投資、省力化、事業の再編などが遅れる可能性があります。
もちろん、外国人材が必要な分野はあります。
介護、地域交通、過疎地域の医療、インフラなど、社会にとって必要でありながら、市場原理だけでは維持しにくい仕事もあります。
だからこそ、「外国人を受け入れるか、受け入れないか」という単純な話ではありません。
重要なのは、
日本国内でできる改革をまず進め、そのうえでなお必要な部分を外国人材によって補完する
という順序ではないでしょうか。
つまり、
「外国人依存型」から「外国人補完型」へ。
外国人材を日本社会の構造改革を遅らせるための代替手段にするのではなく、日本社会の改革を進めたうえで、それでも必要な部分を補う存在として位置付ける。
私は、この考え方が重要だと思います。

外国人受入れ政策を、一つの体系として設計する

ここまでの議論を一つにつなげると、外国人受入れ政策は、次のような流れで考えることができます。
受入れ目的
→ 対象
→ 人数
→ 条件
→ ペース
→ 社会統合
→ 検証
→ 修正
ただし、これは単なるチェックリストではありません。
一つの政策の「時間軸」です。
まず、
① なぜ受け入れるのか
人手不足だから、というだけでは不十分です。
なぜその分野に外国人材が必要なのか。
国内改革では対応できないのか。
日本社会にとってどのような必要性があるのか。
そこを明確にします。
次に、
② 誰を受け入れるのか
どのような能力、資格、経験を持つ人なのか。
どの国・地域から受け入れるのか。
どの在留資格によって受け入れるのか。
そして、
③ 何人受け入れるのか
必要性だけではなく、日本社会の受入れ能力を考えて人数を決めます。
さらに、
④ どのような条件で受け入れるのか
就労条件、在留資格、家族帯同、社会保障、税・社会保険、日本語能力など、必要な条件を制度として明確にします。
そのうえで、
⑤ どの程度のペースで受け入れるのか
一度に大量に受け入れるのではなく、社会への影響を確認しながら段階的に進めることも必要でしょう。
そして、
⑥ 受け入れた後、どう社会統合するのか
ここで重要になるのが、
「外国人の日本社会への秩序ある参加」
という考え方です。
最後に、
⑦ その政策は本当に機能したのか
成果を検証し、
⑧ 問題があればどう修正するのか
というところまで含めて、初めて一つの政策になります。
つまり、
政策
→ 施策
→ 対策
→ 実施
→ 成果
→ 検証
→ 修正
という政策サイクルを、外国人受入れ政策にも組み込む
のです。

その中心に置きたい「外国人の日本社会への秩序ある参加」

ここで、私は一つの言葉を大切にしたいと思います。
それが、
「外国人の日本社会への秩序ある参加」
です。
私は、「多文化共生」という言葉そのものを否定するつもりはありません。
しかし、それだけでは、何を目指しているのかが分かりにくいことがあります。
日本には日本の法律があります。
日本社会には、日本社会として共有すべき基本的なルールがあります。
そこを共通の土台としたうえで、外国人が持つ文化、宗教、生活習慣などについて、法令や基本的な社会ルールと矛盾しない範囲で尊重する。
これが基本ではないでしょうか。
つまり、
日本社会の中に、それぞれ別々の社会を作るのではありません。
一つの日本社会の中で、国籍にかかわらず共通のルールを共有する。
そのうえで、それぞれの文化や生活上の違いを尊重する。
私は、その意味で、
「外国人の日本社会への秩序ある参加」
という表現のほうが、目指す方向を具体的に示せると考えています。

権利と責務、そして受入れ側の責任

ここで、もう一つ重要なことがあります。
外国人について議論するとき、
「外国人に何を求めるのか」
という話だけになってはいけません。
日本で生活する外国人にも、人として保障されるべき権利があります。
同時に、日本社会の一員として生活する以上、法律や制度上の責務があります。
これは日本人についても同じです。
したがって、
権利と責務は、国籍にかかわらず考える必要があります。
そして、受入れ側である日本国家にも責任があります。
法律や制度を分かりやすく示すこと。
必要な情報を提供すること。
日本語を学ぶ機会を整えること。
教育、医療、行政サービスなどについて、必要な環境を整えること。
そして、制度を適正に運用すること。
外国人受入れ政策とは、外国人側に一方的な努力を求める政策ではありません。
外国人と日本社会の双方について、何が必要なのかを考える政策であるべきです。

永住・帰化まで見据えて考える

外国人受入れ政策を「労働力の確保」という短期的な視点だけで考えると、必ず限界がきます。
なぜなら、外国人の中には、日本で長期間生活する人もいるからです。
数年間働いて帰国する人。
長期間、日本で生活する人。
家族を呼び寄せる人。
永住を希望する人。
そして、日本国籍を取得する人。
こうした異なる将来像を、最初から政策の中に位置付ける必要があります。
つまり、
入口だけではなく、5年後、10年後、さらにその先まで見据えて制度を設計する
ということです。
短期的な外国人材の受入れと、長期的な定住を同じものとして扱う必要はありません。
しかし、両者がどこで接続するのかを明確にしておく必要があります。
永住や帰化は、外国人受入れ政策とは別の問題だから考えなくてよい、というものではありません。
むしろ、
「この人は日本社会で、どこまで長く生活することを想定しているのか」
という視点から、入口の制度と出口の制度をつなげて考える必要があります。

政策の成否は、「何人受け入れたか」だけでは測れない

外国人受入れ政策について、
「何人受け入れた」
という数字だけを成果として評価することには、限界があります。
本当に見るべきなのは、その結果として日本社会に何が起きたのかです。
例えば、
・必要な分野の人材不足はどの程度改善したのか
・賃金や労働条件にどのような影響があったのか
・生産性向上や省力化は進んだのか
・日本語教育は機能したのか
・子どもの教育環境はどうなったのか
・医療や行政への負担はどう変化したのか
・税や社会保険の負担と給付はどうなっているのか
・地域社会への影響はどうだったのか
・不法残留などの問題はどう推移したのか
・永住・帰化に至る人がどのような状況にあるのか
・政府や自治体が負担した行政コストはどの程度なのか
といったことを検証する必要があります。
そして、問題があれば修正する。
成果があれば、その理由を分析する。
予想と違う結果が出れば、制度を見直す。
これが政策です。
一度決めた制度を、何年たっても変えないことが「一貫性」なのではありません。
検証し、必要なら修正することこそ、責任ある政策運営です。

「外国人に選ばれる日本」だけを目標にしてはいけない

外国人受入れを考えるとき、
「外国人に選ばれる日本」
という視点が語られることがあります。
もちろん、日本が外国人から選ばれること自体を否定する必要はありません。
しかし、政策の目的がそこに置かれてしまうと、話が逆転する可能性があります。
本来、先に考えるべきなのは、
日本人が安心して暮らし、働き、子どもを育て、将来に希望を持てる社会をどう維持するのか
ということ
ではないでしょうか。
そのような社会を作ることができれば、その社会に魅力を感じ、日本で生活することを希望する外国人も出てくるでしょう。
だから私は、
「日本人のための日本でありながら外国人にも選ばれる日本」
という考え方
が大切だと思います。
外国人に選ばれるために、日本社会のあり方を変えるのではありません。
日本社会そのものをより良いものにしていく。
その結果として、日本で生活することを選ぶ外国人がいる。
この順序を間違えてはいけないと思います。

なぜ今、あらためて外国人受入れ政策を論じるのか

ここで、シリーズのタイトルに戻ります。
なぜ今、あらためて日本の外国人受入れ政策を論じるのでしょうか。
それは、外国人がいるから問題なのではありません。
また、外国人を受け入れること自体が問題なのでもありません。
そうではなく、
外国人受入れが、日本社会の将来設計に関わる重要な政策分野になったからです。
人手不足対策だけではありません。
 労働市場
 企業経営
 地方経済
 教育
 医療
 住宅
 社会保障
 地域社会
 安全保障
 永住
 帰化
 そして、
 日本の法の支配
これらが互いにつながっています。
だからこそ、
「外国人を増やすべきか、減らすべきか」
という一つの数字だけで議論することはできません。
必要なのは、
なぜ受け入れるのか。
誰を受け入れるのか。
何人受け入れるのか。
どのような条件なのか。
どの程度のペースなのか。
日本社会への秩序ある参加をどう実現するのか。
その結果をどう検証するのか。
問題があれば、どう修正するのか。
という一連の政策体系です。

外国人政策とは、「日本社会をどうするのか」という問題である

ここまで考えてくると、私は一つの結論に行き着きます。
外国人政策とは、
「外国人をどうするか」という政策だけではありません。
それは、
「日本社会をどう維持するのか」
という政策
です。
どのような産業を残すのか。
どのような地域社会を維持するのか。
どのような教育を行うのか。
どのような医療や社会保障を維持するのか。
どのような法律と社会ルールを共有するのか。
国家はどこまで責任を負うのか。
そして、次の世代にどのような日本社会を残すのか。
その中で、外国人をどのように位置付けるのか。
私は、ここまで考えて初めて、外国人受入れ政策を国家政策として論じることができるのではないかと思います。

おわりに――「外国人をどうするか」から、「どのような日本を残すか」へ

29回にわたって外国人受入れ政策について考え、今回、第30部でその議論を一つにつなげてみました。
私がたどり着いた考え方を一言で表すなら、
「日本版ルール主義」
です。
それは、外国人を排除するための考え方でもなければ、外国人を無制限に受け入れるための考え方でもありません。
日本の国益と日本社会の受入れ能力を基準として、
目的を明確にし、
対象を定め、
人数を考え、
条件を設定し、
ペースを管理し、
社会統合を進め、
結果を検証し、
必要なら制度を修正する。
その全体を、一つの政策体系として運用する。

そして、その中心に置くのが、
「外国人の日本社会への秩序ある参加」
です。
外国人を受け入れることそのものを目的にするのではありません。
また、外国人を減らすことそのものを目的にするのでもありません。
日本社会が将来にわたって持続できること。
そのために必要な改革をまず進めること。
それでも必要な部分について、外国人材を「補完」として適切に受け入れること。
そして、日本で生活することになった外国人については、日本社会の共通の法律と基本的な社会ルールを土台として、権利と責務をともに担いながら、秩序ある参加を実現できるようにすること。
私は、これがこれからの外国人受入れ政策を考えるうえで、一つの基本的な方向になるのではないかと思います。
そして最後に、もう一度、このシリーズの出発点に戻ります。
外国人受入れ政策を考えることは、外国人のことだけを考えることではありません。
私たちは、どのような日本社会を維持したいのか。
そして、どのような日本を次の世代に残したいのか。

その問いを考えることでもあります。
だからこそ、私は今、あらためて日本の外国人受入れ政策を論じる必要があると考えています。
「外国人をどうするか」から、「どのような日本を残すのか」へ。
これが、30回にわたってこのテーマを考えてきた私なりの、現在の到達点です。

備考――「元・入管職員だったのに、なぜ現役時代に考えなかったのか」と思われる方へ

この第30部を読んで、私が元・法務省入国管理局関係職員であったことをご存じの方の中には、
「それなら、なぜ現役時代に、外国人受入れ政策を個々の制度や問題の集合ではなく、日本という国家と社会の将来に関わる一つの政策体系として考えなかったのか」
と思われる方もいるかもしれません。
この点について、私自身の立場を少し説明しておきます。
中央省庁の行政官は、それぞれの省庁に法令で定められた所掌事務、任務、権限のもとで職務に従事しています。法務省入国管理局(当時)も、入国・在留管理をはじめ、その時々に与えられた所掌事務と権限の範囲で行政を担っていました。
法務省の所掌事務に、出入国在留管理に関連する内閣の重要政策について、政府全体の施策の統一を図るための企画・立案や総合調整に関する事務が加えられたのは、私の国家公務員生活の晩年でした。
その頃の私は、すでに本省ではなく、地方の出先機関で管理職として勤務していました。したがって、外国人受入れ政策全体を政府横断的な政策体系として企画・立案する立場にあったわけではありません。
一方、組織を離れた現在は、長年、出入国・在留行政に携わった経験を一つの土台としながら、一人の国民として、より広い視点から日本の外国人受入れ政策について考えることができます。
今回の第30部で示した「日本版ルール主義」は、現役時代に行政組織の中で作成した政策案を、今になって公表するものではありません。その後の社会の変化と、これまでこのブログで考えてきたさまざまな問題を踏まえて、現在の私が一人の国民として考えている政策論です。
そのようなものとして、お読みいただければ幸いです。

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