- はじめに――いま、まさに「基本的な在り方」が検討されている
- 政府はいま、何を検討しているのか
- 自治体の現場から何を聞くのか
- 「何人受け入れるか」だけでは、基本方針にならない
- 人手不足だから外国人を受け入れる――それだけでよいのか
- 「受入れ能力」という考え方を政策の中心に置く
- 「社会統合先行原則」を、受入れ政策の前提にする
- 日本語だけではなく、日本の制度とルールを学ぶ
- 「外国人の日本社会への秩序ある参加」という考え方
- 学習、社会参加、在留管理を別々に考えない
- それでも、まだ足りないものがある
- 自治体の声を、単なる「要望」として終わらせない
- 高市政権の「7」を、一つの政策体系として具体化する
- 「日本版ルール主義」は、政府の公式用語ではない
- 政府の検討と、これまでの私の提案をどうつなぐか
- 「受入れ上限」だけではなく、「社会全体の設計」を考える
- 「外国人を何人入れるか」から「どのような日本社会をつくるか」へ
- 制度は、「受け入れた瞬間」に完成するものではない
- 高市政権の「7」に、国民からも問いを投げかけたい
- おわりに――「受け入れるか、受け入れないか」だけではない
はじめに――いま、まさに「基本的な在り方」が検討されている
高市政権の第2次改造内閣で、法務大臣に対して示された指示の一つに、次の項目があります。
「7 外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣と協力して、不法滞在対策の強化、出入国の管理の徹底、外国人の受入れの基本的な在り方の検討等、共生社会の実現に必要な環境整備を着実に進める。」
この「7」は、単に不法滞在対策を強化するという話ではありません。
むしろ重要なのは、その中に明記された、
「外国人の受入れの基本的な在り方の検討」
という部分です。
そして、これは「これから検討するかもしれない」という段階の話ではありません。
政府はすでに、2026年8月7日に「外国人の受入れの基本的な在り方の検討のためのワーキンググループ」を開催し、9月15日には第2回会合を開いています。第2回会合では、外国人の就労状況や来日外国人犯罪情勢についての説明に加え、島根県と群馬県伊勢崎市からの自治体ヒアリングも行われました。
さらに、9月18日には「日本語・生活学習プログラム(仮称)」を検討するワーキンググループの第2回会合も開かれ、愛知県、山梨県、神戸市、今治市からヒアリングが行われています。
つまり現在は、外国人政策について政府が「基本方針をこれから考える」というより、すでに具体的な制度設計に向けた検討が動き始めている段階なのです。
だからこそ、政府が基本的な方針をまとめる前に、国民の側からも、
「日本は、どのような考え方で外国人を受け入れるのか」
を考えておく必要があります。
私はこれまで、このブログで外国人政策について、個別の制度や問題を取り上げながら、さまざまな提案をしてきました。
今回は、それらをもう一度整理してみたいと思います。
政府が現在検討していることと、私がこれまで提案してきたことを一つずつ照らし合わせながら、
「外国人の受入れの基本的な在り方」を、どのような政策体系として具体化すべきなのか。
高市政権の「7」を、この観点から考えてみます。
政府はいま、何を検討しているのか
まず確認しておきたいのは、政府の外国人政策をめぐる検討が、すでに具体的に動き始めていることです。
政府では、「外国人との秩序ある共生社会の実現のための有識者会議」で、外国人との秩序ある共生社会をどのように実現していくのかという、より幅広い課題について検討が行われています。
そのうえで現在、「外国人の受入れの基本的な在り方の検討のためのワーキンググループ」が設けられ、「外国人を日本がどのような考え方で受け入れるのか」という問題が、より具体的に検討されています。
つまり、両者は単純な上下関係にあるわけではありませんが、読者の理解としては、
「秩序ある共生社会をどう実現するのか」という大きな課題を考える一方で、その重要な一部である「外国人の受入れの基本的な在り方」を、現在ワーキンググループで具体的に検討している
と捉えると分かりやすいでしょう。
今回、私が特に注目したいのは、後者です。
第1回会合は8月7日に開催され、外国人の受入れをめぐる現状や、外国人に係る将来推計などが議題となりました。
第2回会合では、
・外国人の就労状況
・来日外国人犯罪情勢
・島根県からのヒアリング
・伊勢崎市からのヒアリング
などが取り上げられています。
これは重要な変化です。
外国人政策を、単に「外国人労働者を何人受け入れるか」という問題だけではなく、
就労、地域社会、治安、自治体の現場などを含めて考えようとしている
からです。
また、別のワーキンググループでは、「日本語・生活学習プログラム(仮称)」が検討されています。
第1回会合では、外国人が日本語や我が国の制度・ルールなどを学習するプログラムについて、法務大臣政務官PTの報告書や諸外国調査結果が示されました。
第2回会合では、地方自治体からのヒアリングと主要な論点についての議論が行われています。
こうして見ると、政府の検討は、
「受入れ」だけではなく、「受け入れた後に日本社会でどのように生活するのか」
というところまで広がりつつあります。
自治体の現場から何を聞くのか
今回、私が特に注目しているのは、自治体からのヒアリングです。
9月15日のワーキンググループでは、島根県と伊勢崎市から話を聞いています。
そして9月18日の日本語・生活学習プログラムのワーキンググループでは、愛知県、山梨県、神戸市、今治市から話を聞いています。
ここには、非常に大きな意味があります。
外国人政策を中央省庁の制度論だけで考えていると、
「何人受け入れるか」
「どの在留資格を設けるか」
「どの業種で働いてもらうか」
という話になりやすいからです。
しかし、実際に外国人が暮らすのは、国会議事堂でも霞が関でもありません。
地域社会です。
学校、病院、住宅、自治体窓口、地域の交通、ゴミ出し、町内会、職場、警察、消防など、さまざまな生活の場面で日本社会と接することになります。
だからこそ、自治体の現場から何が起きているのかを聞くことは重要です。
ただし、ここで一つ注意しなければなりません。
自治体の声を聞くことと、自治体の要望をそのまま国の受入れ政策にすることは同じではありません。
地域によって事情は異なります。
ある地域では外国人材が不可欠でも、別の地域では受入れ能力に余裕がないかもしれません。
したがって、自治体の声は「受入れの必要性」を測る材料であると同時に、
「日本社会のどこまで受入れ能力があるのか」を知るための材料
として位置づける必要があると思います。
「何人受け入れるか」だけでは、基本方針にならない
私はこれまで、外国人政策について「人数」だけで議論することに疑問を呈してきました。
もちろん、人数は重要です。
しかし、本当に考えるべきなのは、
どのような外国人を、どの分野に、どの地域で、どのような条件で、どの程度の期間受け入れるのか
ということです。
たとえば、
・就労分野
・技能・専門性
・在留期間
・家族帯同
・地域分布
・日本語能力
・日本の制度・ルールについての理解
・永住への移行
・帰化への移行
などによって、社会への影響は大きく変わります。
したがって、「受入れ人数」という一つの数字だけで政策を管理することには限界があります。
必要なのは、
「受入れの構成」を管理するという発想
です。
人手不足だから外国人を受け入れる――それだけでよいのか
日本では、人手不足を理由として外国人材の受入れが議論されることが少なくありません。
もちろん、本当に国内だけでは人材を確保できない分野が存在します。
介護、地方の公共交通、過疎地域の医療、インフラ維持など、社会にとって必要でありながら、市場原理だけでは人材を確保しにくい仕事もあります。
私は、こうした分野まで一律に「外国人材を使うべきではない」と考えているわけではありません。
問題は、
外国人材の受入れが、国内の構造改革を遅らせる方向に作用しないか
ということです。
人手不足になる。
↓
外国人材を受け入れる。
↓
人手不足が一時的に緩和される。
↓
賃金、生産性、設備投資、業務改革などへの圧力が弱くなる。
↓
再び人手不足になる。
↓
さらに外国人材を受け入れる。
もし、このような循環になってしまえば、外国人材は「補完」ではなく「依存」の対象になります。
だから私は、
「外国人依存型」から「外国人補完型」へ
という考え方を提案してきました。
外国人材を必要な分野で活用することと、外国人材がいなければ成り立たない経済構造をつくることは、同じではありません。
「受入れ能力」という考え方を政策の中心に置く
外国人を受け入れる場合、企業側の「人手が欲しい」という需要だけを見てはいけません。
日本社会の側に、
どこまで責任を持って受け入れることができるのか
という「受入れ能力」があるからです。
たとえば、
・日本語教育
・学校教育
・医療
・住宅
・社会保障
・行政サービス
・地域の交通
・防災
・警察・消防
・地域コミュニティ
・子どもの教育
・日本の制度やルールを理解するための機会
などがあります。
外国人の数が増えれば、それに応じてこうした分野にも影響が出ます。
だから、
「人手不足だから受け入れる」
という一方向の議論ではなく、
「受け入れた場合、日本社会はどこまで責任を持って対応できるのか」
を同時に考える必要があります。
私はこれを、外国人政策における「社会統合先行原則」として考えてきました。
「社会統合先行原則」を、受入れ政策の前提にする
外国人を受け入れてから、
「日本語を勉強してください」
「日本のルールを知ってください」
「地域社会に適応してください」
と後から求めるだけでは、十分ではありません。
受入れの段階から、
日本社会で生活するために必要な知識や能力を身につける仕組みを組み込んでおく。
これが「社会統合先行原則」です。
その意味で、政府が検討している「日本語・生活学習プログラム(仮称)」には注目しています。
ただし、ここで大切なのは、
日本語・生活学習プログラムそのものを「社会統合政策の完成形」と考えないこと
です。
これはむしろ、社会統合先行原則を実際の制度に組み込むための入口と考えるべきでしょう。
政府の検討でも、日本語だけでなく、「我が国の制度・ルール等」を学習することが検討対象になっています。
その方向性を、さらに受入れ政策全体につなげていく必要があります。
日本語だけではなく、日本の制度とルールを学ぶ
日本で生活するために、日本語が重要であることは言うまでもありません。
しかし、日本語が話せることと、日本社会の制度やルールを理解していることは同じではありません。
必要なのは、
「日本語+日本の制度+基本的な社会ルール」
です。
たとえば、
・日本の法律制度
・税・社会保険
・労働関係法令
・学校教育
・医療制度
・交通ルール
・防災
・ごみ出しなどの生活上のルール
・地域社会との関わり方
などです。
もちろん、外国人の文化や宗教、生活習慣を否定するという意味ではありません。
異なる文化や宗教を持つ人が日本で生活することは可能です。
しかし、その前提として、
日本社会の法律と基本的な社会ルールは、国籍にかかわらず共通の基盤になる。
この原則を明確にしておく必要があります。
「外国人の日本社会への秩序ある参加」という考え方
私は、「多文化共生」という言葉だけでは、具体的な制度設計につながりにくいと考えています。
もちろん、異なる文化や背景を持つ人々が共に暮らすこと自体は否定する必要はありません。
しかし、日本には日本の法制度があり、日本社会の基本的なルールがあります。
そこで私は、
「外国人の日本社会への秩序ある参加」
という考え方を提案しています。
これは、
「外国人を日本社会に同化させる」
という意味でもありません。
また、
「外国人の文化を否定する」
という意味でもありません。
日本社会の共通基盤を維持したうえで、その中に外国人が参加するという考え方です。
つまり、
一つの日本社会の中に、異なる国籍や文化的背景を持つ人が暮らす。
その共通基盤となるのが、日本の法律と基本的な社会ルールです。
この考え方を、私は「日本版ルール主義」と呼んでいます。
なお、これは政府の公式用語ではありません。
政府は現在、「外国人との秩序ある共生社会」や「外国人の受入れの基本的な在り方」という言葉を用いています。
「日本版ルール主義」は、私自身がこれまでの議論を整理するために用いている言葉です。
学習、社会参加、在留管理を別々に考えない
ここまでの議論をつなげると、重要なことが見えてきます。
日本語や生活ルールを学ぶこと。
日本社会に参加すること。
在留資格を適正に維持すること。
法律を守ること。
これらを別々の問題として扱うのではなく、一つの流れとして考える必要があります。
つまり、
入国する。
↓
日本語や日本の制度・ルールを学ぶ。
↓
地域社会・職場などで生活する。
↓
日本社会のルールの中で適正に在留する。
↓
長期間日本に住む場合には、永住・帰化についても一定の要件の下で考える。
という流れです。
「受入れ」と「在留管理」と「社会統合」を別々の行政分野として扱うだけではなく、
外国人が日本社会に参加していく一連の過程として設計する。
これが必要なのではないでしょうか。
それでも、まだ足りないものがある
ここまで見てくると、政府が現在進めている検討には、私がこれまで提案してきた考え方と重なる部分があります。
しかし、政策体系として見ると、まだ明確にしておくべき点があります。
第一は、
「なぜ外国人を受け入れるのか」
です。
第二は、
「日本社会はどこまで受け入れられるのか」
です。
第三は、
「誰を、どの分野に、どの条件で受け入れるのか」
です。
第四は、
「受け入れた後、どのように日本社会への参加を実現するのか」
です。
第五は、
「受入れによって何が起きたのかを、どのように検証するのか」
です。
さらに、
・受入れ企業の責任
・自治体の役割
・国の責任
・外国人本人の権利と責務
・家族帯同
・永住許可
・帰化の許可
・不法滞在・不法残留への対応
・社会保障
・教育
・治安
・地域社会への影響
なども、相互に関連づけて考える必要があります。
つまり、個々の制度を改善するだけでは足りません。
制度と制度の間をつなぐ「基本原則」が必要なのです。
自治体の声を、単なる「要望」として終わらせない
自治体からのヒアリングを行うことは重要です。
しかし、その結果を、
「この自治体は外国人材を必要としている」
「この自治体はこういう支援を求めている」
という個別要望の集積だけで終わらせてはいけません。
重要なのは、そこから全国的な政策課題を抽出することです。
たとえば、
どのような地域で、どのような受入れが可能なのか。
どの程度の人数になると、どのような行政負担が生じるのか。
日本語教育や学校教育にどの程度の対応が必要なのか。
医療、住宅、交通、防災などへの影響はどうなのか。
こうした点を全国から集め、国が共通の政策基準に整理していく。
そのうえで、地域ごとの事情に応じて施策を調整する。
私は、
国が基本的なルールを定め、自治体が地域の実情に応じて実施し、その結果を国が集約して制度を検証する。
という役割分担が必要だと考えます。
高市政権の「7」を、一つの政策体系として具体化する
ここまでの議論を、「7」の文章に戻してみます。
不法滞在対策の強化
↓
出入国の管理の徹底
↓
外国人の受入れの基本的な在り方の検討
↓
共生社会の実現に必要な環境整備
これを、単なる行政項目の羅列で終わらせないことが重要です。
私は、次のような一連の政策体系として考えるべきだと思います。
① なぜ受け入れるのかを明確にする
↓
② 日本社会の受入れ能力を把握する
↓
③ 必要な分野・人材・地域・人数を検討する
↓
④ 受入れ条件を明確にする
↓
⑤ 入国前・入国後の日本語・制度・ルール学習を整える
↓
⑥ 日本社会への秩序ある参加を促す
↓
⑦ 適正な在留管理を行う
↓
⑧ 長期在留・永住・帰化についても一貫した考え方を持つ
↓
⑨ 実施結果を検証する
↓
⑩ 必要に応じて制度を見直す
こうして初めて、「外国人の受入れの基本的な在り方」が一つの政策体系になります。
「日本版ルール主義」は、政府の公式用語ではない
ここで改めて、私自身の立場を明確にしておきます。
「日本版ルール主義」という言葉は、政府の公式な政策用語ではありません。
これは、私がこれまで外国人政策について考えてきたことを整理するための、私自身の提案です。
その基本的な考え方は、
外国人を排除することでも、外国人を無条件に受け入れることでもありません。
日本社会の法律と基本的な社会ルールを共通の基盤とし、
日本社会が責任を持って受け入れられる範囲で、必要な外国人を適正に受け入れる。
そして、
受け入れた結果を検証し、必要であれば制度を見直す。
というものです。
「外国人に選ばれる日本」を政策目的そのものにするのではなく、
「日本人のための日本でありながら外国人にも選ばれる日本」
を目指す。
そのためには、日本社会そのものが持続可能でなければなりません。
政府の検討と、これまでの私の提案をどうつなぐか
ここまでを整理すると、現在の政府の検討と、私がこれまで提案してきたことには、次のような関係があります。
政府は現在、
・外国人の受入れの基本的な在り方
・外国人の就労状況
・外国人に関係する治安情勢
・自治体の現場
・日本語・生活学習
・日本の制度・ルールの学習
などについて検討しています。
これに対して、私がこれまで提案してきたのは、それらをさらに一つの政策体系としてつなぐことです。
すなわち、
「なぜ受け入れるのか」
↓
「どこまで受け入れられるのか」
↓
「誰を、どこに、どの条件で受け入れるのか」
↓
「どのように日本社会への参加を実現するのか」
↓
「その結果をどう検証するのか」
という流れです。
政府が現在進めている個々の検討を否定する必要はありません。
むしろ、それらを一つの基本原則の下に位置づけることが重要です。
そして、そこに私がこれまで提案してきた、
社会統合先行原則
外国人依存型から外国人補完型へ
外国人の日本社会への秩序ある参加
受入れ能力を踏まえた政策設計
政策→施策→対策→実施→成果→検証
という考え方を組み込んでいく。
それによって、個別政策の集合ではない「基本的な在り方」が見えてくるのではないでしょうか。
「受入れ上限」だけではなく、「社会全体の設計」を考える
外国人政策では、「何人まで受け入れるのか」という議論が注目されがちです。
もちろん、受入れ人数の管理は重要です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
同じ100万人でも、
・どの在留資格なのか
・どの分野で働くのか
・どの地域に住むのか
・家族帯同があるのか
・在留期間はどの程度か
・永住につながるのか
・帰化につながるのか
によって、日本社会への影響は異なります。
したがって必要なのは、
総数だけでなく、外国人の在留構成そのものを政策として管理すること
です。
私はこれを、「受入れ上限」の議論から一歩進んだ「社会全体の設計」の問題として考えています。
「外国人を何人入れるか」から「どのような日本社会をつくるか」へ
結局のところ、外国人政策は外国人だけの問題ではありません。
日本人の雇用、賃金、教育、社会保障、地域社会、住宅、医療、治安、地方自治体の行政能力など、日本社会全体に関わります。
だからこそ、
「外国人を増やすべきか、減らすべきか」
という二者択一だけで議論するのではなく、
「どのような日本社会をつくるために、外国人をどのように受け入れるのか」
という順序で考える必要があります。
外国人材を必要とする分野がある。
だから受け入れる。
しかし、受け入れによって生じる社会的コストや行政負担も考える。
国内の賃金、生産性、設備投資、業務改革などを進める。
そのうえで、それでも必要な分野について外国人材を受け入れる。
そして、受入れ後の結果を検証する。
この循環をつくることが大切です。
制度は、「受け入れた瞬間」に完成するものではない
外国人政策は、入国した時点で終わるものではありません。
むしろ、そこから始まります。
入国後にどのように生活するのか。
どのように働くのか。
どのように地域社会に参加するのか。
子どもがどのように教育を受けるのか。
どのように日本社会の制度を理解するのか。
そして、長期間日本に住む場合には、永住や帰化をどのように位置づけるのか。
これらを一つの流れとして考える必要があります。
だからこそ、
「入国管理」だけでもなく、「外国人支援」だけでもない。
その両方を含めた、
出入国・在留管理と社会統合を一体として考える政策
が必要なのだと思います。
高市政権の「7」に、国民からも問いを投げかけたい
高市政権の「7」は、非常に短い文章です。
しかし、その中には、
不法滞在対策
出入国管理
外国人の受入れ
共生社会の環境整備
という、非常に幅広い政策課題が含まれています。
そして現在、政府はすでにその具体化に向けて動き始めています。
だからこそ、ここで国民からも問いを投げかける必要があります。
日本は、外国人を何のために受け入れるのか。
どこまで受け入れることができるのか。
誰を、どの分野に、どの条件で受け入れるのか。
日本語や日本の制度・ルールを、どの段階から学ぶ仕組みにするのか。
日本社会への参加を、どのように実現するのか。
受入れ企業、自治体、国、そして在留外国人本人の権利と責務を、どのように整理するのか。
永住や帰化を、受入れ政策全体の中でどのように位置づけるのか。
そして何より、
受け入れた結果、日本社会がどう変化したのかを、誰が、どのように検証するのか。
ここまで考えて初めて、「外国人の受入れの基本的な在り方」と呼べるのではないでしょうか。
おわりに――「受け入れるか、受け入れないか」だけではない
外国人政策をめぐる議論では、とかく、
「外国人をもっと受け入れるべきだ」
「外国人をこれ以上増やすべきではない」
という二つの方向に議論が分かれがちです。
しかし、本当に必要なのは、その間にある制度設計の議論ではないでしょうか。
外国人を排除する政策でもない。
外国人を無条件に受け入れる政策でもない。
日本社会の法律と基本的な社会ルールを共通の基盤として、
日本社会が責任を持って受け入れられる範囲で、必要な外国人を適正に受け入れる。
そして、日本社会への秩序ある参加を可能にする環境を整え、
その結果を検証し、
必要であれば制度を見直す。
私は、このような考え方を「日本版ルール主義」として提案しています。
これは政府の公式用語ではありません。
しかし、現在政府が進めている「外国人の受入れの基本的な在り方」の検討を、個々の制度や対策の寄せ集めで終わらせないための、一つの考え方にはなると思います。
現在、政府では実際にワーキンググループが動き、自治体からのヒアリングも始まっています。
だからこそ、いま考える意味があります。
「外国人を何人受け入れるのか」だけではなく、
「どのような日本社会を、どのようなルールの下で、次の世代に引き継いでいくのか」。
外国人の受入れを考えることは、結局のところ、日本社会そのもののあり方を考えることなのだと思います。
そして、その議論は政府だけに任せるのではなく、主権者である国民一人ひとりが、自分自身の問題として考えていく必要があるのではないでしょうか。
