はじめに
前回、第15部では、出入国管理及び難民認定法(略称「入管法」)の平成元年の改正によって、南米の日系二世・三世に対する受入れの道が制度上どのように整えられたのかを見てきました。
そこで確認したのは、制度設計とは、その時々の政策判断を法律という形に具体化する営みである、ということでした。
しかし、制度は法律として整備された瞬間から、社会の中で動き始めます。
そして、社会は決して止まりません。
経済も、国際情勢も、人々の行動も変化し続けます。
その中で行政には、
制度目的を維持しながら、現実社会に適合するよう制度を運用していく
という役割が求められます。
今回は、その代表例として、留学生に対する資格外活動許可の運用を取り上げます。
この歩みは、制度目的を維持しながらも、社会の変化に応じて運用の在り方が変化してきたことを理解する上で、大変示唆に富む事例です。
※在留資格「留学」と在留資格「就学」の一本化
在留資格「留学」と在留資格「就学」は、「就学」を「留学」のワンステップとする位置付けが強まっていることなどから、平成22年(2010年)7月1日の入管法改正により、「留学」に一本化されました。これにより、それまで日本語学校や各種学校などが対象だった「就学」の区分が廃止され、すべて「留学」に統一されています。
在留資格「留学」の制度目的は変わっていない
まず確認しておきたいことがあります。
在留資格「留学」を与えられるためには、現在も昔も、
日本で生活するために十分な資産や奨学金などを有していること
が上陸許可基準の一つとなっています。
つまり、
生活費をアルバイトで稼ぐことを前提として留学生を受け入れる制度ではありません。
これは制度創設以来、一貫しています。
したがって、
留学生に対する資格外活動許可は、
制度目的そのものを変更するためではなく、
制度目的を維持したまま、現実社会へ対応するための制度運用だった、
ということになります。
留学生に対する資格外活動許可とは何か
入管法では、在留資格ごとに認められる活動内容が定められています。
在留資格「留学」の本来の活動は、日本で教育を受けることです。
したがって、本来であれば就労活動は認められていません。
しかし、法務大臣が資格外活動許可を与えた場合には、本来の在留目的である教育活動に支障がない範囲で、一定の就労活動が認められます。
ここで注意しておきたいことがあります。
現在でも、「留学生は生活費を稼ぐためにアルバイトが認められている」と理解されることがあります。
しかし、制度設計の出発点は、そうではありません。
そもそも、「留学」の在留資格が認められるためには、入管法に基づく上陸基準省令により、
日本での在留期間中の生活費を支弁する十分な資産、奨学金その他の手段(例えば、本国の親からの仕送り)を有すること
が求められています。
つまり、生活費をアルバイト収入に依存することは、本来の制度設計には含まれていません。
それでも資格外活動許可という制度が運用されるようになったのは、制度目的を変更したからではありません。
社会の変化に応じて、制度の運用の在り方が少しずつ変化していったからです。
その背景には、1980年代の国際情勢、日本の高等教育政策、そして当時の経済環境が大きく関わっていました。
なぜ留学生を増やそうとしたのか
1980年代、日本政府は外国人留学生の受入れ拡大を国家的な政策課題として位置付けました。
昭和58年(1983年)、政府は、21世紀初頭までに留学生を10万人受け入れることを目標とする、いわゆる「留学生10万人計画」を打ち出します。
この背景には、国際交流を促進し、日本と世界との人的なつながりを強めようという考え方がありました。
当時の日本は経済大国として国際的な存在感を高めつつありましたが、その一方で、海外から見た日本の大学や企業の魅力は、現在とはかなり異なっていました。
当時の世界の留学事情
現在では、日本を留学先として選ぶ外国人も珍しくありません。
しかし、1980年代当時、海外の優秀な若者にとって第一志望となる留学先は、多くの場合、アメリカや西ヨーロッパ諸国でした。
その理由は、大学教育だけではありません。
卒業後のキャリア形成まで含めて考えれば、欧米の大学には大きな魅力がありました。
また、日本企業も現在とは採用の考え方が大きく異なっていました。
当時の日本企業は、大学で学んだ専門知識そのものよりも、基礎学力や勤勉性、一般教養などを重視し、新卒一括採用後に社内教育(OJTを含む)を通じて人材を育成することを基本としていました。
そのため、日本企業への就職は、欧米のように「高度な専門知識を身につけた人材を高待遇で迎える」という形ではありませんでした。
こうした事情もあり、日本政府が留学生を増やそうとしても、海外の優秀な学生が自然に日本を選ぶ状況ではなかったのです。
政策は、どのような手段を選んだのか
留学生を増やす政策手段として考えられるものはいくつもあります。
例えば、
・国費留学生制度を大幅に拡充する。
・奨学金制度を充実させる。
・大学の国際化を進める。
といった方法です。
もちろん、こうした施策も進められました。
一方で、出入国・在留管理の運営面でも、留学生を受け入れやすくするための見直しが行われることになります。
その一つが、留学生に対する資格外活動許可の運用でした。
もっとも、ここで誤解してはならないのは、制度目的そのものが変わったわけではないということです。
「留学」の在留資格は、あくまでも教育を受けるための在留資格であり、生活費をアルバイト収入に依存することを前提とした制度ではありません。
その原則は、上陸基準省令が求める「十分な生活費支弁能力」という要件にも表れています。
しかし、現実には、来日後に予期しない事情が生じることがあります。
例えば、経費支弁者の失職や病気、あるいは物価や為替相場の大きな変動などによって、来日時には十分だった資金計画が狂ってしまうこともあります。
さらに、日本社会や企業文化に触れる経験が、留学生本人にとっても、日本社会にとっても有益であるという考え方もありました。
こうした現実を踏まえながら、入管法によって法務大臣に認められた自由裁量の範囲内で、資格外活動許可の運用が徐々に整えられていったのです。
<後編>へ続く

