社会の変化は、制度運用に何を求めたのか
1980年代後半、日本経済は大きな転換期を迎えました。
昭和60年(1985年)のプラザ合意以降、急速な円高が進み、日本経済はその後のバブル景気へと向かっていきます。
このような経済環境の変化は、日本企業だけでなく、日本で学ぶ外国人留学生にも少なからぬ影響を与えました。
例えば、来日時には十分と考えられていた送金額であっても、急激な為替変動によって実質的な生活費が不足することがあります。
また、来日後に、母国の経費支弁者が失職や病気などにより十分な送金ができなくなるケースもあります。
こうした事情は、制度設計段階ですべて予測できるものではありません。
そのため、資格外活動許可は、あくまでも本来の在留目的である学業を妨げない範囲という前提を維持しながら、個々の事情を考慮して運用されていきました。
ここで重要なのは、
制度目的が変わったから運用が変わったのではなく、制度目的を維持するために運用が工夫された
という点です。
運用は少しずつ変化していった
当初、資格外活動許可は、個々の申請について事情を確認した上で許可するという運用が基本でした。
つまり、「留学生だから当然にアルバイトができる」という制度ではありませんでした。
しかし、その後、留学生受入れ政策の拡大や社会状況の変化に伴い、資格外活動許可の運用も見直されていきます。
例えば、
・就労時間の考え方が見直される。
・入国時に資格外活動許可を同時に申請できる仕組みが整備される。
・一定の要件を満たす場合には、入国時に許可が与えられる運用が一般化する。
こうした見直しは、法律そのものを改正したというよりも、法が行政庁に認めている裁量の範囲内で、制度の運用を調整していった結果でした。
したがって、この変化は、
「留学生に働かせる制度へ変わった」
というより、
留学生受入れ政策全体の変化の中で、資格外活動許可の運用も、それに応じて変化した
と理解した方が実態に近いでしょう。
そして、新たな課題も生まれ、制度運用は再び検証されることとなった
しかし、制度の運用の変化は、新たな課題も生みました。
留学生受入れ政策の拡大が進むにつれて、本来は教育を受けることを目的とする制度が、一部では就労目的で利用される事例も見られるようになります。
また、教育機関の中には、留学生の受入れそのものが目的化し、適切な在籍管理や学業指導が十分とは言えない例も生じました。
さらに、少子化の進行に伴い、学生定員の確保に苦慮する大学や専修学校等が、留学生の受入れを経営上の重要な手段として位置付けるようになったことも、制度の運用に少なからぬ影響を与えました。
その結果、政府内部でも、
「留学生の量的拡大を急ぐあまり、受入れの質が低下したのではないか」
との議論が行われるようになります。
実際、総務省の『外国人留学生の在籍管理等に関する行政評価・監視結果報告書』(平成25年)は、この時代を振り返り、入管当局が審査・運用を厳格化したり、社会状況を踏まえて一定の緩和を行ったりと、運営方針を繰り返し見直してきた経緯を整理しています。
これは、一度の制度運用の見直しだけでは十分な対応が難しかったこと、そして、制度を取り巻く社会環境そのものが変化し続けていたことを物語っています。
もちろん、多くの留学生は真摯に学業に取り組み、日本社会にも貢献しています。
しかし、この時期の経験は、制度を設計しただけでは十分ではなく、その運用を不断に検証し続けることの重要性を、行政に改めて認識させることになりました。
制度は一度設計すれば終わるものではありません。社会の変化に応じて、その運用を繰り返し検証し、必要な修正を積み重ねることによって、初めて本来の目的を維持することができるのです。
こうした状況を受けて、入管当局は近年、留学生に対する在留管理や資格外活動許可の運用について、再び見直しを進めています。
例えば、
・本当に留学を目的としているか。
・学業に支障が生じていないか。
・資格外活動が制度趣旨を逸脱していないか。
こうした点について、従来以上に丁寧な確認が行われるようになっています。
ここで注意したいのは、
これは、
アルバイトそのものを否定する方向への転換
ではありません。
そうではなく、
制度本来の目的に沿った運用を確保するため、制度悪用への対応を強化する方向
への見直しなのです。
この点を混同すると、
「制度が元へ戻った」
という誤った理解につながります。
実際には、
制度目的は一貫して維持されたまま、
その目的を実現するための制度の運用が、社会の変化に応じて見直され続けている、と理解する方が適切でしょう。
自由裁量という制度運用の仕組み
ここで一つ、制度の運用という観点から重要な点があります。
資格外活動許可は、入管法が法務大臣に認めている自由裁量行為です。
つまり、法律が定める一定の枠組みの中で、社会の変化や個々の事情を考慮しながら行政庁が判断することを予定した制度なのです。
もちろん、「自由裁量」といっても、行政庁が好き勝手に判断できるという意味ではありません。
申請者の予見可能性を確保し、行政の透明性を高め、恣意的な判断を排除するため、実際の運用では、運用の指針としてのガイドラインが整備・公表され、必要に応じて見直されてきました。
こうした運用指針の見直しもまた、制度運用の一部です。
そして、ここに自由裁量制度の意義があります。
制度目的を変更することなく、社会の変化に応じて制度運用を調整できる。
もし、資格外活動許可が法律で細部まで固定された制度であったならば、就労時間の見直しや許可手続の変更など、その都度、法改正を行わなければ社会の変化に対応できなかったでしょう。
自由裁量という制度設計があったからこそ、
制度目的を維持したまま、
社会の変化に応じて運用を調整することが可能だったのです。
行政裁量は、入管行政だけの特殊な仕組みではない
実は、このような制度設計は、入管行政だけに見られるものではありません。
現代の行政は、高度に専門化・複雑化しています。
法律だけであらゆる場面を詳細に規定することは現実的ではなく、また、社会情勢の変化に迅速に対応することも困難です。
そのため、多くの行政分野では、
・専門的・技術的な判断への対応
・社会情勢の変化への迅速な適応
・行政の複雑化への対応
という理由から、法律は行政庁に一定の裁量を認めたり、政令・省令への委任立法を行ったりしています。
出入国・在留管理行政も、その例外ではありません。
資格外活動許可の運用の変遷は、こうした行政法上の一般原則が、実際の制度運用の中でどのように機能してきたかを示す具体例の一つと言えるでしょう。
おわりに
留学生に対する資格外活動許可制度の運用の歴史を振り返ると、一つのことが見えてきます。
制度は、法律を制定した時点で完成するものではありません。
社会の変化に応じて、その運用を繰り返し検証し、必要な修正を積み重ねることによって、初めて本来の制度目的を維持することができます。
第12部から第15部では、「制度設計」を見てきました。
今回は、「制度運用」を見てきました。
次回取り上げる研修制度から技能実習制度、そして育成就労制度の変遷では、制度運用だけでは対応し切れず、制度そのものの再設計が繰り返されることになります。
制度設計、制度運用、そして制度評価。
その三つがどのようにつながっているのかを、次回以降、さらに具体的な事例を通して考えていきたいと思います。
