日弁連の「国旗損壊罪反対声明」を読む――その憲法論は本当に成り立つのか【第一部・後半】

新常識
国旗の損壊等の処罰に関する法律案

第2章 日弁連は何に反対しているのか――声明の論点を整理する

では、日本弁護士連合会(日弁連)は、この法案(「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」)のどこに問題があると考えているのでしょうか。
声明で示された問題意識は、私なりに整理すると、大きく四つに分けることができます。
第一に、「思想及び良心の自由(内心の自由)」(憲法第19条)への影響です。
声明では、国旗を損壊する行為は、個人の思想や信条を外部に表現する手段の一つであり、そのような行為を刑罰の対象とすることは、結果として思想及び良心の自由(内心の自由)を萎縮させるおそれがあると指摘しています。
第二に、「表現の自由」(憲法第21条)への影響です。

日弁連は、国旗を損壊する行為も政治的意思表示の一つであり、たとえ多くの人が不快に感じる表現であっても、民主主義社会では原則として最大限尊重されるべきであるという立場を示しています。
第三に、法案が定める構成要件の明確性です。
法案では、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者」を処罰の対象としています。
これに対し日弁連は、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」という要件は、その判断基準が必ずしも明確ではなく、捜査機関や裁判所の判断によっては、表現活動が過度に制約されるおそれがあると懸念しています。
そして第四に、刑事罰による保護の必要性そのものです。
声明では、国旗に対する敬意は国民一人ひとりの自発的な意思によって育まれるべきものであり、刑罰によって維持すべきものではないという考え方が示されています。
以上が、私なりに整理した日弁連声明の主要な論点です。

これらはいずれも、憲法上重要な価値である「思想及び良心の自由」や「表現の自由」を重視する立場から導かれた主張であり、決して軽視できるものではありません。
実際、日本国憲法は、国家権力による思想統制や言論弾圧への反省の上に制定されました。そのため、刑事罰によって表現行為を規制することについて慎重な姿勢をとること自体は、法治国家として十分理解できる考え方です。

しかし一方で、これらの主張が、そのまま憲法論として成り立つのかについては、別途検討が必要です。
例えば、日本の刑法は、名誉毀損罪、侮辱罪、脅迫罪、信用毀損罪、威力業務妨害罪など、一定の表現行為やその態様を処罰の対象としています。
つまり、日本の法制度は、「表現だから」という理由だけで一切処罰の対象外とする立場を採っているわけではありません。
問題となるのは、表現の自由をどのような場合に、どの程度まで制約することが憲法上許されるのかという点です。
このような日弁連の主張は、憲法や判例の考え方とどのような関係にあるのでしょうか。また、その論理は法的にどこまで成り立つのでしょうか。
次回以降は、声明の論理を一つひとつ取り上げながら、憲法学、刑法学及び法哲学の観点から具体的に検証していきます。

終章 まずは「論点」を共有することから始めよう

国旗損壊罪法案(「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」)については、賛成・反対それぞれに強い意見があります。
しかし、議論が感情的になるほど、相手の主張を正確に理解しないまま批判し合う状況が生まれやすくなります。
だからこそ、まず必要なのは、「相手が何を主張しているのか」を正確に把握することです。
本稿では、その第一歩として、国旗損壊罪法案の内容と、日弁連声明が示した主な論点を整理しました。
本シリーズでは、賛成・反対の立場を先に決めて論じるのではなく、まず法案の条文と日弁連声明の内容をできる限り正確に確認し、その上で憲法、刑法及び判例の観点から検証を進めていきます。読者の皆様にも、先入観にとらわれることなく、一緒に考えていただければ幸いです。
次回以降は、これらの論点を一つずつ丁寧に検証し、その憲法論がどこまで成り立つのかを考察していきます。
結論を急ぐのではなく、法的根拠を積み重ねながら議論を進めることこそが、民主主義社会における建設的な議論につながるはずです。

第二部・第三部予告

本記事は三部構成でお届けします。
第二部では、日弁連声明が掲げる「思想
及び良心の自由(内心の自由)」と「表現の自由」を中心に取り上げます。国旗損壊罪法案は本当に思想を処罰する法律なのでしょうか。また、表現の自由との関係を、憲法判例や刑法の基本原則を踏まえながら詳しく検証します。
第三部では、諸外国の立法例や国際的な比較も交えながら、「国旗を法的に保護すること」と「民主主義・自由社会」は両立し得るのかを考察します。そして最後に、日弁連声明全体の論理構成を総括し、日本社会における表現の自由と公共的価値との調和について、私自身の考えを述べます。

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