8 そして「待遇」は、日本人と外国人を分けて考えない
外国人ドライバーの受入れを考える際、忘れてはならないのが労働条件です。
日本人ドライバーが「責任が重く、仕事がきつい割には待遇がよくない」と感じて離れていくような仕事について、
「日本人が来ないから外国人を採用する」
というだけでは、問題の解決にはなりません。
外国人なら、低い待遇でも働いてくれるだろう。
外国人なら、日本人が敬遠する条件でも受け入れてくれるだろう。
もし企業や社会がそのような発想に陥るなら、それは非常に危険です。
外国人を安価な労働力として利用することは、外国人本人にとって不幸であるだけではありません。
日本人労働者の賃金や労働条件を改善する圧力を弱める可能性もあります。
したがって、
日本人であれ外国人であれ、仕事の責任と技能に見合った待遇を確保する。
これが基本です。
そして、今回の外国人ドライバー受入れによって、国内のドライバーの待遇改善や物流改革が後回しになるようなことがあってはなりません。
外国人材の受入れは、日本人ドライバーの待遇改善と両立させるべき政策なのです。
9 外国人材の「1年半の育成」が、日本社会に突き付ける問い
ここで、今回のヤマト運輸の計画から、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。
ベトナムで半年間教育し、さらに日本で1年間学習する。
つまり、外国人ドライバーを受け入れるために、来日前から数えて1年半という時間をかけて人材を育てるわけです。
もちろん、そこには相当な人的・経済的コストがかかるでしょう。
それでも企業がこの計画を進めるということは、少なくとも企業側から見れば、そこまでの投資をしてでも将来のドライバーを確保する価値があると判断しているということです。
ここから、
「日本人ドライバーの給与を上げるより、外国人を育成する方が安いのではないか」
と考える人もいるでしょう。
しかし、現時点でヤマト運輸がそのような費用比較を公表しているわけではありませんから、そこまで断定することはできません。
ただし、もっと重要な問題提起があります。
外国人材について1年半かけて育成するのであれば、日本人の若者については、どれほどの人材投資をしているのでしょうか。
これは、ヤマト運輸だけを責める話ではありません。
日本社会全体に対する問いです。
大型免許を取得させる。
大型車の運転技能を教える。
安全教育を行う。
先輩ドライバーに同行させる。
キャリアを積ませる。
経験に応じて賃金を上げる。
将来の管理職や指導者への道を示す。
――そうした「職業としてのドライバーを育てる仕組み」を、日本人の若者に対しても十分に用意してきたでしょうか。
外国人材を受け入れることを契機に、この問いも同時に考えるべきだと思います。
10 外国人材を受け入れることは、日本の労働市場を変える
今回の計画について、もう一つ考えておきたいことがあります。
それは、外国人材の受入れによって、日本の労働市場そのものが変化する可能性です。
これまで、ある仕事の人手が不足すれば、
「賃金を上げる」
「労働条件を改善する」
「省力化する」
といった対応が、国内労働市場を中心に考えられてきました。
ところが、外国人材を受け入れるという選択肢が加われば、
「国内で人を集める」ことと「海外から人材を確保する」ことが企業にとっての選択肢として並ぶことになります。
これは、日本の労働市場にとって決して小さな変化ではありません。
だからこそ、外国人材の受入れについては、
「人手不足だから受け入れる」
だけではなく、
「その外国人材の受入れが日本人労働者の賃金や労働条件、若者の職業選択にどのような影響を与えるのか」
まで検証する必要があります。
ただし、「外国人を受け入れれば日本人の賃金が下がる」と単純に決めつけることも適切ではありません。
重要なのは、外国人材の受入れを前提とした労働市場の変化を、政府も企業も継続的に把握し、必要なら制度や企業の人事政策を修正することです。
ここにも、「学習する制度」という考え方が必要になります。
11 日本版ルール主義から、企業と政府に問いかけたいこと
ここまで考えると、今回の問題は「外国人ドライバーを受け入れるべきか」という単純な賛否だけでは終わりません。
むしろ、企業と政府の双方に、次のような問いを投げかけたいと思います。
① 外国人材の受入れによって、日本人ドライバーの待遇改善が遅れることはないか
外国人材を受け入れることで人手不足が緩和されれば、企業にとっては助かります。
しかし、それによって日本人ドライバーの賃金や労働条件を改善する必要性まで小さくなってしまうなら、本末転倒です。
外国人材の受入れと、日本人ドライバーの待遇改善をセットで進めること。
これが必要です。
② 外国人を育成するのと同じくらい、日本人の若者にも人材投資をしているか
外国人には1年半かけて教育する。
ならば、日本人の若者についても、長期的な職業訓練とキャリア形成を考えるべきです。
「若者が来ない」のなら、「若者が来たくなる職業」に変える努力が必要です。
③ 1年半の外国人教育から得られた知見を、日本人の教育にも活用するか
これは特に重要です。
外国人を受け入れるために作った安全教育や技能訓練が、日本人ドライバーの教育にも役立つのであれば、それは社会全体の人材育成にもつながります。
外国人受入れを、日本人と外国人を分断する制度ではなく、物流業界全体の人材育成を高度化する契機にすることができます。
④ 外国人材の受入れによって、省力化・効率化への投資が後退しないか
外国人500人を受け入れれば、一定の人手不足は緩和されるでしょう。
しかし、それによって、
「人が足りないから設備投資をする」
という圧力が弱くなってはいけません。
物流業界の省力化、荷役の機械化、輸送効率の向上、モーダルシフトなどへの投資も同時に進める必要があります。
⑤ 5年間の結果を検証し、必要なら受入れ規模を修正できるか
「5年間で500人」という数字を最初から固定的な目標にするのではなく、
実績が良ければ継続・拡大し、問題があれば縮小・修正する。
そうした柔軟性が必要です。
⑥ 外国人材の受入れを、日本人を含めた「人材投資」の拡大につなげられるか
外国人材の育成に1年半をかけるのであれば、そのノウハウや教育資源を日本人の若者にも活用する。
外国人ドライバーの採用を進めるのであれば、日本人ドライバーの採用・定着・キャリア形成も同時に強化する。
外国人材を受け入れることを、「日本人の代替」ではなく、「物流業界全体の人材基盤を強化する契機」にできるか。
ここは、企業だけでなく政府にも問われるべきでしょう。
⑦ 5年後、その先まで見据えた制度設計になっているか
特定技能1号による在留には一定の期間があります。
だからこそ、
「採用して5年間働いてもらう」
だけではなく、その後のキャリアや帰国、在留資格の変更なども含めて、本人と企業双方にとって持続可能な仕組みを考える必要があります。
外国人材の受入れは、入国させて働かせるところで終わる政策ではありません。
入国前 → 教育 → 就労 → 技能形成 → キャリア形成 → 在留期間終了後
までを一つの政策サイクルとして考える必要があります。
12 500人分の「採用」ではなく、500人分の「受入れ能力」が必要
今回の計画で、もう一つ重要なのは「受入れ能力」です。
500人を採用するということは、500人分の給与を用意すれば済む話ではありません。
必要なのは、
500人分の教育能力です。
500人分の安全管理能力です。
500人分の生活・職場適応支援能力です。
500人分の緊急対応能力です。
そして、
500人分の雇用・在留管理能力です。
大型トラックドライバーの場合、会社が預けるのは「ハンドル」だけではありません。
大型車両、積荷、燃料カード、ETCカード、配送情報、顧客情報など、多くの重要な資産と情報を預けることになります。
したがって、
「外国人だから危険だ」
という考え方は適切ではありません。
一方で、
「外国人だから、日本人と同じ採用手続だけで十分だ」
という考え方も適切ではありません。
日本人であれ外国人であれ、重要な資産と安全を任せる人について、適切な本人確認、教育、権限管理、緊急時対応を設けることは当然の企業管理です。
そして500人という規模であれば、その仕組みが本当に機能するかどうかまで検証する必要があります。
13 外国人材の「コスト」ではなく、日本社会全体の「人材投資」を考える
ここまでの議論を一つにつなげると、今回のニュースから見えてくるものがあります。
外国人ドライバーを受け入れることについて、
「外国人だからコストが安い」
「人手不足を外国人で埋めればよい」
という発想だけでは、持続可能な政策にはなりません。
一方で、
「外国人を受け入れるべきではない」
と決めつけるのも、物流という社会基盤を維持する現実的な選択肢を狭めてしまいます。
必要なのは、その中間にある、より現実的な考え方です。
つまり、
外国人材も含めて、日本社会全体の人材をどう育てるか。
という視点です。
外国人ドライバーには1年半かけて教育する。
日本人の若者にも、技能形成の機会を提供する。
経験を積んだドライバーには、責任と技能に見合った賃金を支払う。
省力化できる仕事は機械化する。
物流そのものを効率化する。
そして、それでも不足する人材については、外国人材を適切な条件の下で受け入れる。
このように考えれば、外国人材の受入れは、日本人の雇用と対立するものではなく、日本社会全体の人材政策の一部として位置付けることができます。
14 外国人ドライバー問題を「国籍論」にしない
今回のニュースをめぐっては、
「外国人に大型トラックを運転させるのは危険だ」
という意見もあれば、
「人手不足なのだから外国人に頼るしかない」
という意見もあるでしょう。
しかし、私は、その二択では不十分だと思います。
問うべきなのは、
「外国人か、日本人か」ではありません。
問うべきなのは、
「日本社会が、どのような条件を満たした人に、どのような責任を持って大型トラックを任せるのか」
です。
日本人であっても、教育が不十分なら大型車を任せるべきではありません。
外国人であっても、十分な能力を身につけ、安全管理上の基準を満たしているのであれば、国籍だけを理由に排除する必要はありません。
重要なのは、
国籍ではなく、ルールと能力と責任です。
だからこそ、「ルールを先に作る」ことが重要なのです。
おわりに――外国人材の受入れを、日本社会全体の「人材投資」につなげる
2025年11月13日にヤマト運輸が発表した今回の計画は、単なる「外国人ドライバー500人の採用計画」として捉えるべきものではない、と私は考えています。
これは、日本企業が外国人材をどのように育成し、どのように処遇し、どのように日本社会に受け入れていくのか。
そして、その受入れを日本の労働市場や人材育成、物流改革にどう結び付けていくのか。
それを考える一つの試金石です。
人手不足だから外国人を入れる。
これだけでは不十分です。
必要なのは、
なぜ人手が足りないのかを検証する。
国内でできる改革を先に行う。
それでも必要な人材について、受入れ条件を明確にする。
社会統合と教育を先行させる。
小さく始め、段階的に進める。
実施した政策を検証する。
問題があれば修正する。
そして同時に、
外国人材を受け入れることを、日本人の人材育成を後回しにする理由にしない。
これが、私の考える「日本版ルール主義」です。
今回のヤマト運輸の計画には、来日前から半年、来日後さらに1年間という教育期間を設け、安全運転や日本の交通ルールなどを学ばせるという、評価すべき点があります。
さらに、日本語教育や免許取得支援だけでなく、スキルアップやキャリアパス、生活面を含めた持続可能な就労環境を構築しようとしている点も、今後の実施状況を見守る上で重要です。
しかし、だからこそ私は、もう一歩踏み込んで考えたいのです。
外国人材を1年半かけて育てるのであれば、日本人の若者については、どれほどの人材投資をしているのか。
外国人ドライバー500人を受け入れるのであれば、そのことによって日本人ドライバーの待遇改善が遅れることはないのか。
外国人材の受入れによって、物流業界の省力化・効率化への投資が後退することはないのか。
そして、5年間の取り組みを通じて得られた知見を、日本人・外国人を問わず、物流業界全体の人材育成に生かしていくことができるのか。
こうした問いに、企業と政府の双方が答えていく必要があります。
外国人材の受入れは、単なる「人手不足対策」ではありません。
それは、日本の労働市場、企業の人材戦略、賃金・労働条件、職業教育、物流政策、そして外国人との社会統合のあり方まで変える可能性を持つ政策です。
だからこそ、外国人材を「安い労働力」として見るのではなく、また「日本人の代替要員」として見るのでもなく、
日本社会全体の人材をどう育て、どう活用し、どう処遇するのか。
という大きな視点から考える必要があります。
外国人を受け入れること自体を目的にするのでもない。
外国人を排除することを目的にするのでもない。
日本社会にとって必要な外国人材を、必要な条件の下で、必要な規模だけ、責任を持って受け入れる。
そして同時に、
日本人についても、外国人についても、仕事の責任と技能に見合った待遇を保障し、必要な教育と人材投資を行う。
そのための制度を、日本社会自身が設計する。
私は、これこそが、これからの外国人受入れ政策に求められる「日本版ルール主義」の姿だと考えています。
今回のヤマト運輸の取り組みが、単に「外国人ドライバー500人を確保した」という結果に終わるのか。
それとも、
「外国人材を受け入れながら、日本人も含めた日本社会全体の人材育成と物流改革を前進させた」
という結果につながるのか。
私は、そこを冷静に、そして継続的に見ていきたいと思います。

