第4章 日本は、そもそも「なぜ外国人を受け入れるのか」
ここで、一度立ち止まって考えてみたいと思います。
そもそも、日本はなぜ外国人を受け入れるのでしょうか。
人手不足だからでしょうか。
経済成長のためでしょうか。
国際化のためでしょうか。
あるいは、外交や国際貢献という観点もあるでしょう。
もちろん、外国人の受入れには、さまざまな目的や事情があります。
しかし、ここを曖昧にしたまま受入れだけを拡大していけば、問題が起きるたびに個別の制度を修正するという「後追い型」の政策になりかねません。
政府は現在、外国人の受入れと「秩序ある共生」を一体の課題として位置付け、2026年1月には「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を決定しました。また、2026年8月からは、「外国人の受入れの基本的な在り方」を検討するワーキンググループも始まっており、第2回会合は9月15日に開催されています。
これは重要な動きです。
なぜなら、外国人政策は、単に「外国人を入国させるか、させないか」という問題ではないからです。
誰を、どのような目的で受け入れるのか。
どの分野で受け入れるのか。
どの程度の規模を想定するのか。
受け入れた人が、日本社会で生活し、働き、地域社会の一員として暮らしていくために、何が必要なのか。
そして、長期間日本に住み続け、永住や帰化を希望する場合には、「日本社会の一員になる」ということを、どのように考えるのか。
これらは、本来、別々の問題ではありません。
「入口」だけを見ていては、外国人政策の全体像は見えてこないのです。
第5章 「受入れ能力」を考えずに、受入れ人数だけを論じてはいけない
外国人政策を考えるとき、もう一つ重要なのが「受入れ能力」という考え方です。
外国人を何人受け入れるかという数字だけを議論しても、それだけでは十分ではありません。
問題は、
日本社会が、その人数を受け入れて、長期的に安定した社会生活を維持できるのか
ということです。
これは単純な人口問題ではありません。
日本語教育、学校教育、医療、社会保障、住宅、地方自治体の行政サービス、地域社会との関係、労働市場、治安、交通、そして日本の法律や社会の基本的なルールを理解するための環境――。
外国人の受入れが増えれば、それに伴ってさまざまな行政需要や社会的コストも発生します。
もちろん、外国人は単なる「行政需要」ではありません。
働き、納税し、地域社会を支え、さまざまな分野で日本社会に貢献する外国人も数多くいます。
だからこそ、問題を「外国人は負担なのか、役に立つのか」という二者択一にしてはいけないのです。
重要なのは、
受け入れることによって日本社会全体にどのような効果が生じ、同時にどのような負担やリスクが生じるのかを、具体的なデータに基づいて把握すること
です。
そして、その結果を踏まえて、
「この分野では受入れを進める」
「この分野では受入れ能力を見ながら調整する」
「この制度では一定の条件を設ける」
「社会統合の体制が整わない場合には、受入れの拡大をいったん抑える」
といった判断ができる仕組みが必要になります。
これは「外国人を排除する」という話ではありません。
むしろ、外国人を受け入れるのであればこそ、無理なく、持続可能な形で受け入れるための条件をあらかじめ考えておくということです。
私はこれを、「社会統合先行原則」として考えるべきではないかと思っています。
受入れを先に決め、その後になって「どうやって共生するか」を考えるのではありません。
まず、日本社会がどこまで受け入れられるのかを見極める。
その上で、受入れの規模や分野、条件を決める。
そして、必要な社会統合の仕組みを整える。
この順序が重要なのではないでしょうか。
第6章 在留から永住・帰化までを、一つの流れとして考える
外国人政策を体系化するためには、さらに重要な視点があります。
それは、外国人の日本での生活を、
「入国・在留」だけで終わる問題として考えない
ことです。
一時的な滞在なのか。
一定期間の就労を目的とするのか。
家族とともに長期間生活するのか。
永住を希望するのか。
さらに、日本国籍を取得して日本国民となることを希望するのか。
それぞれ法的には異なる制度です。
しかし、政策として考えるなら、これらを完全に切り離してしまうことにも問題があります。
ここで、私は一つの仮説を提示しておきたいと思います。
これは高市首相自身が述べていることではありません。また、政府がそのような意図を公表しているという意味でもありません。
あくまで、現在の政策の組み合わせを見た上での、私自身の問題提起です。
これまで自民党政権は、日本の外国人受入れ政策について、「移民政策ではない」という説明を繰り返してきました。
その一方で、今回のように永住許可の要件を厳格化することによって、外国人の「永住者」への移行を抑える方向が強まっています。
そこで、私は次のような疑問を持っています。
永住許可を狭き門にすることによって、「日本は移民を受け入れているのではない」という説明を補強しようとしているのではないか。
もちろん、これは私の仮説です。
しかし、もしそうした考え方が政策の背景にあるのだとすれば、私は、それだけでは十分ではないと思います。
なぜなら、永住許可と「定住化」は同じものではないからです。
例えば、ある在留資格について、在留資格そのものに適合し、在留状況にも問題がなければ、在留期間の更新を重ねて長期間日本に住み続けることが可能です。現在の更新制度も、単純な「通算何年まで」という一律の上限によって運用されているわけではありません。更新の可否は、在留資格該当性、在留状況、在留の必要性などを総合的に判断する仕組みです。
つまり、
「永住許可を厳しくすること」と「長期的な定住化を抑えること」は、同じ政策ではありません。
永住許可の要件をどれほど厳しくしても、更新を繰り返して長期間日本に住み続けることが可能な制度設計であれば、永住者になる時期を遅らせる効果はあっても、長期在留者そのものが増えていく可能性を直接止めることにはなりません。
ここは、外国人政策を考える上で非常に重要な論点です。
「永住者の数」を管理するだけではなく、
「どの在留資格について、どの程度の期間、日本に継続して在留することを制度として想定しているのか」
まで考えなければならないからです。
もちろん、だからといって、すべての在留資格について一律の在留年数上限を設けるべきだ、という単純な話ではありません。
家族関係や人道的事情など、長期在留を当然に必要とする在留資格もあります。
また、日本の産業や社会に必要な高度人材などについて、長期的な在留を制度として認めることにも合理的な理由があり得ます。
だからこそ必要なのは、
「なぜ、この在留資格について、この期間の在留を認めるのか」
という政策上の説明です。
そして、その説明を、在留資格の創設・更新、永住許可、帰化という個別制度ごとにバラバラに行うのではなく、一つの政策体系として示すことです。
さらに、長期在留が続けば、日本社会との人的・家族的・地域的な関係が深くなっていくことも無視できません。
ここで「在留期間が長くなれば、退去強制になっても在留特別許可を与えざるを得なくなる」と単純化するのは適切ではありません。
在留特別許可は、退去強制事由に該当する外国人について、個々の事情を総合考慮して判断される例外的な措置です。現在のガイドラインでは、適法な在留期間が長いことや、日本人との家族関係、地域社会との関係などが、一定の場合に積極要素として考慮され得る一方、長期在住だけで許可されるわけではありません。
しかし、それでもなお、私はここに政策上の時間軸の問題があると思います。
ある外国人が日本で長期間生活し、家族を形成し、子どもが日本の学校に通い、地域社会との関係も深くなっていけば、将来、退去をめぐる判断を行う際に考慮すべき事情は増えていきます。
つまり、
「入口では一時的な在留として受け入れた外国人が、何年、何十年と日本で生活した後には、どのような政策的・法的問題が生じるのか」
ということまで、最初から考えておく必要があるのです。
これは、外国人を排除するための議論ではありません。
むしろ逆です。
日本に長く住む外国人が増えるのであれば、その人たちが将来どのような立場になるのか、日本社会との関係をどのように位置付けるのかを、あらかじめ明確にしておく。
そのことこそが、外国人に対しても、受入れ側の日本社会に対しても、誠実な政策ではないでしょうか。
永住許可を厳しくすること自体が問題なのではありません。
問題は、
永住許可を厳しくすることだけで、外国人の定住化という政策上の問題に対応したことにしてしまわないか
ということです。
私は、ここを明確に区別する必要があると思います。
外国人政策を本当に体系化するのであれば、
「入国させる」→「在留させる」→「更新を認める」→「長期在留となる」→「永住を認める」→「帰化によって国民となる」
という一連の時間軸を見通さなければなりません。
そして、それぞれの段階について、
「なぜ認めるのか」
「どのような条件を求めるのか」
「どこまでの長期在留を想定するのか」
「日本社会との関係が深まった場合に、どのような制度につなげるのか」
を、一貫した考え方の下で設計する必要があります。
ここまで考えて初めて、外国人政策は「個別の在留資格制度の寄せ集め」ではなく、一つの国家政策として見えてくるのではないでしょうか。
【備考】
なお、私は以前の記事『外国人労働者の受入れを企業任せにしてよいのか【後編】「日本版・外国人雇用ルール」の提案――外国人の「質」と「量」を国家として管理する』(2026年8月27日付け投稿記事)において、在留資格「技術・人文知識・国際業務」についても、企業任せにせず、国家として受入れの「質」と「量」を考える必要性を提案しました。
今回の問題提起も、これと同じ方向を向いています。外国人政策では、「誰を、どの在留資格で、どの程度の規模、どの程度の期間受け入れるのか」を、個別制度ごとではなく、一つの政策体系として考える必要があるのではないでしょうか。