本当に恐れるべきなのは外国人ではない。危険な人物を見抜けない制度である。――海外経験者の警告から、日本が本当に考えるべきこと

「外国人が増えたら日本は危なくなる。」
そんな言葉を耳にすると、多くの人は二つの反応に分かれます。
一つは、
「そのとおりだ。」
もう一つは、
「外国人全体を悪者扱いするのはおかしい。」
どちらも、一理あります。
しかし、この二つの立場がぶつかり合うことで、本当に考えなければならない問題が見えなくなっているのではないでしょうか。
海外経験者による危機感あふれる発信に接したとき、私たちはその表現の強さだけに反応するのではなく、その奥にある問題提起にも耳を傾ける必要があります。
本稿では、その視点から、日本の外国人政策と安全保障について考えてみたいと思います。

海外で暮らした人が語る「日本人が知らない現実」

海外で長年暮らした人の話を聞くと、日本では想像しにくい治安の現実を知ることがあります。
紛争地では、武器を持って戦った経験のある人が社会に戻っています。
麻薬カルテルが地域を支配している国もあります。
少年兵として育てられた人々が存在した国もあります。
政治的・宗教的対立が続き、暴力が日常の一部になってしまった地域もあります。
もちろん、その国の人々すべてが危険という意味ではありません。
ほとんどの人は平和に暮らしたい普通の市民です。
しかし、その社会には、日本ではほとんど経験することのない暴力の現実が存在していることも事実です。

欧州で起きていることは、決して空想ではない

近年のヨーロッパでは、
・刃物による無差別襲撃
・テロ事件
・宗教的過激思想による殺害事件
・クリスマスマーケットへの襲撃
・学校での襲撃事件
などが実際に発生しています。
これらは「外国人だから」という理由で起きているわけではありません。
背景には、
過激思想、
組織犯罪、
紛争経験、
違法薬物、
社会的孤立、
など様々な要因があります。
つまり問題は「国籍」ではなく、「危険性」です。

日本は世界でも珍しいほど安全な国

私たちは、この安全さに慣れています。
夜道を一人で歩ける。
財布を落として戻ってくる。
駅や商業施設で大きな不安を感じない。
これは世界では決して当たり前ではありません。
だからこそ、日本人は海外で起きている犯罪の質や残虐さを実感しにくいのです。

「外国人を受け入れること」と「安全保障」は別問題ではない

外国人を受け入れること自体は、現代社会では避けて通れない課題です。
観光客も来ます。
留学生も来ます。
技能実習制度(令和9年4月からは育成就労制度)や特定技能制度などを通じて働く外国人もいます。
高度外国人材も必要でしょう。
しかし、そのことと、
「危険な人物をどう見抜き、社会の安全を守るか」
という課題は、切り離して考えることはできません。
ここを混同してはいけません。
例えば、技能実習制度や育成就労制度を見直したり、仮に廃止・停止したりしたとしても、それだけで密入国や不法残留、偽造旅券による入国、あるいは国際犯罪組織の流入といった問題が解決するわけではありません。
逆に、外国人労働者を受け入れる制度を維持するとしても、厳格な本人確認や入国審査、在留管理、国際的な犯罪情報の共有、犯罪対策が十分に機能していれば、安全性を高めることは可能です。
つまり、受入れ政策と安全保障は対立するものではなく、両方を同時に考えなければならない政策なのです。

本当に議論すべきなのは「制度」です

よく、
「外国人が危険なのか、安全なのか」
という議論になります。
しかし、本来の問いは違います。
日本には、危険な人物をできる限り見抜き、入国後も適切に管理する制度が十分整っているのか。
こここそが本質です。
たとえば、
・入国審査でどこまで本人確認ができるのか。
・偽造旅券や偽造証明書への対応は十分か。
・国際的な犯罪情報を各国と共有できているのか。
・在留中の犯罪情報を適切に把握できるのか。
・不法滞在者や犯罪組織への対応は十分か。
こうした制度の整備こそが、安全保障の土台になります。

日本でも出入国・在留管理の現場では、「適法に入国し、適法に在留する外国人」と、「密入国や不法残留、偽変造文書の行使などによって法秩序を損なおうとする者」とを明確に区別して対応しています。
本来、制度が目指すべきなのは、前者が安心して日本で活動できる環境を整える一方で、後者を可能な限り排除し、必要に応じて速やかに退去させることです。
外国人政策を論じる際には、この区別を曖昧にしてはなりません。

危険な人物
本稿でいう「危険な人物」とは、テロリスト、国際犯罪組織の構成員、重大犯罪歴を有する者、紛争経験や過激思想などにより日本社会へ重大な危険を及ぼすおそれのある者を指しています。

「外国人全体」ではなく、「危険人物」を対象にする

ここを間違えると、排外主義になります。
外国人だから危険なのではありません。
日本人でも重大犯罪を犯す人はいます。
外国人の大多数も真面目に生活しています。
問題なのは、
犯罪を犯そうとする人、テロを企図する人、組織犯罪に関与する人、紛争経験や過激思想を背景に重大な危険をもたらすおそれのある人を、どうやって社会から遠ざけるかです。
これは国籍ではなく、リスク管理の問題です。

日本に必要なのは「安心して受け入れるための仕組み」

外国人を受け入れるのであれば、
「来てもらうこと」だけでは不十分です。
安心して受け入れるためには、
・厳格な本人確認
・精度の高い入国審査
・国際的な情報共有
・適切な在留管理
・犯罪対策の強化
・強制退去制度の実効性確保
などを一体として整備しなければなりません。
それは外国人を排除するためではありません。
日本で真面目に暮らす外国人と、日本社会の双方を守るためです。

制度だけでは、安全は守れない

ここまで、「制度」の重要性について述べてきました。
しかし、だからといって、安全を制度だけに委ねればよいということではありません。
社会の安全は、公的な制度だけで成り立つものではなく、一人一人の危機管理意識や防犯意識によっても支えられています。
日本は世界でも有数の安全な国です。
そのことに疑いはありません。
しかし、その安全は「永遠に保証されたもの」ではありません。
時代とともに犯罪の手口は変化し、国際化やデジタル化によって、新しい犯罪も次々に生まれています。
近年では、警察自身が「警察官を名乗る電話や訪問であっても、すぐに信用せず、本当に警察官かどうかを確認してください」という趣旨の注意を呼びかけています。
これは、社会環境の変化に応じて、防犯意識の持ち方も変えていかなければならないことを意味しています。
だからこそ、私たち一人一人も、
昼間在宅中でも玄関に鍵を掛ける、
家族全員が自宅の鍵を携帯する、
見知らぬ訪問者を安易に家へ入れない、
不審な電話を鵜呑みにしない、
といった基本的な防犯行動を、日常の習慣として身に付けることが大切です。

制度は社会全体を守ります。
しかし、最後に自分自身と家族を守るのは、自らの備えです。
制度の充実と、一人一人の防犯意識。
その両方があってこそ
、日本の安全は将来にわたって守られていくのではないでしょうか。

おわりに

海外で暮らした経験のある人が、日本の安全に強い危機感を抱くことがあります。
その危機感には、私たちが知らない現実が含まれているのかもしれません。
しかし、その危機感をそのまま「外国人は危険だ」という結論に結びつけてしまえば、多くの人は耳を閉ざしてしまいます。
私たちが向き合うべきなのは、人ではありません。
制度です。
外国人を排除する社会を目指すのでもなく、無条件に受け入れる社会を目指すのでもありません。
適法に来日し、日本のルールを守って暮らす人が安心して生活でき、同時に犯罪やテロから国民を守ることができる制度を築くこと。
それこそが、日本が目指すべき「ルール主義」であり、自由で安全な社会を次の世代へ引き継ぐために、私たちが真剣に考えるべき課題ではないでしょうか。

備考:危険な人物の入国を防ぐための出入国在留管理行政の主な取組(例)

〇個人識別情報(指紋・顔画像)を活用した入国審査の実施
〇API(事前旅客情報)及びPNR(乗客予約記録)を活用した水際対策
〇国内外の関係機関との情報共有の推進
〇在留カード等の偽変造対策の強化
これらの制度や取組の詳細については、出入国在留管理庁が公表している『入管白書「出入国在留管理」』や各種資料で知ることができます。
なお、これらの制度は万能ではありません。
しかし、制度を不断に改善し、その実効性を高めていくことこそが、適法に来日し日本社会で生活する外国人と、日本国民双方の安全・安心を守ることにつながります。

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