「不法滞在者は犯罪者ではない」
外国人政策について議論していると、こうした主張を目にすることがあります。
もちろん、この言葉には、そう言いたくなる理由があります。
たとえば、不法残留している外国人が警察に逮捕されることなく、出入国在留管理庁による退去強制手続を受けて日本を離れるケースがあります。
すると、
「刑事事件になっていないのだから、犯罪ではないのでは?」
と考える人がいても、不思議ではありません。
しかし、これは「刑事手続を受けたかどうか」と「その行為が犯罪に当たるかどうか」を混同しているのではないでしょうか。
今回は、できるだけ難しい法律用語を使わず、この問題を考えてみたいと思います。
- まず、「犯罪」といっても、すべてが同じ性質ではありません
- 不法入国・不法上陸・不法残留は、単なる「行政上のルール違反」ではありません
- では、なぜ警察に逮捕されない人がいるのでしょうか
- ここで「刑事手続を受けなかった=犯罪ではない」という誤解が生まれます
- 身近な例で考えてみましょう――「万引き」です
- 不法残留も、これと同じように考えることができます
- 「犯罪者」という言葉には、少し注意が必要です
- 「行政手続」と「行政犯」も、別の話です
- 大切なのは「犯罪」「人」「手続」を区別すること
- 「不法滞在者は犯罪者ではない」という言葉をどう理解すべきか
- 外国人政策をめぐる議論だからこそ、法律上の事実は正確に押さえたい
- おわりに――結局、何が言いたいのか
まず、「犯罪」といっても、すべてが同じ性質ではありません
刑法を少し勉強すると、「犯罪」と呼ばれるものにも性質の違いがあることが分かります。
たとえば、
・人を殺す
・人を傷つける
・人の物を盗む
といった行為があります。
これらは、法律で禁止されているから悪いというだけではありません。
法律がなくても、多くの人は、
「人を殺してはいけない」
「人を傷つけてはいけない」
「人の物を盗んではいけない」
と考えるでしょう。
こうした犯罪は、伝統的な刑法学では「自然犯」などと呼ばれます。
一方、社会の秩序を維持するために、法律によって禁止され、違反すれば刑罰の対象となる行為もあります。
こちらは「法定犯」あるいは「行政犯」と呼ばれます。
出入国管理に関する法律違反は、基本的にはこちらの性質を持つものと考えることができます。
つまり、
「自然犯ではない」ことと、「犯罪ではない」ことは別の話なのです。
ここは、今回の問題を考える上で非常に重要なポイントです。
不法入国・不法上陸・不法残留は、単なる「行政上のルール違反」ではありません
では、不法滞在について考えてみましょう。
「不法滞在」という言葉は一般的な呼び方ですが、ここでは主に、
・不法入国
・不法上陸
・不法残留
を指すことにします。
これらは、出入国管理及び難民認定法、いわゆる入管法によって規制されています。
そして重要なのは、入管法には、これらの行為について刑罰を定めた規定が存在するということです。
つまり、
「在留資格の期限を少し過ぎてしまっただけだから、単なる行政上のミスだ」
というような単純な話ではありません。
入管法によって禁止され、刑罰の対象となる行為なのです。
実際、入管法70条1項は、不法入国、不法上陸、不法残留などについて「罪」として規定しています。
また、出入国在留管理庁も、不法残留について、入管法に違反している状態であることを明確に説明しています。
ここで、まず一つ結論を押さえておきましょう。
不法入国・不法上陸・不法残留は、単なる行政上のルール違反ではありません。入管法上、刑罰の対象となる犯罪行為です。
では、なぜ警察に逮捕されない人がいるのでしょうか
ここで、疑問が生じます。
「刑罰の対象になるのなら、なぜ不法残留者を一人ひとり警察が逮捕して、検察に送って、裁判をするのではないのか?」
という疑問です。
その理由を考えるためには、「刑事手続」と「退去強制手続」は別のものだということを知っておく必要があります。
刑事事件であれば、
警察 → 検察 → 裁判所
という刑事司法の手続が基本になります。
一方、退去強制は、出入国在留管理庁が行う行政上の手続です。
つまり、
刑事手続と退去強制手続は、そもそも目的も仕組みも違うのです。
不法滞在者については、刑事責任を問うこととは別に、入管法に基づいて退去強制という行政上の措置がとられる場合があります。
さらに、不法残留者については、一定の要件を満たせば、収容されることなく簡易な手続で出国できる「出国命令制度」も設けられています。
ここで大切なのは、行政手続によって処理される制度が存在することと、その行為が犯罪ではないこととは、全く別だということです。
ここで「刑事手続を受けなかった=犯罪ではない」という誤解が生まれます
ここが、今回のテーマの核心です。
たとえば、不法残留していた外国人が警察に逮捕されることなく、出入国在留管理庁による退去強制手続だけを受けて、日本から退去したとします。
この場合、
「警察に逮捕されていない」
↓
「刑事裁判を受けていない」
↓
「だから犯罪ではない」
と考えるのは、正しくありません。
なぜなら、
「刑事手続が行われなかったこと」と「その行為が刑罰法規に違反していないこと」は、別問題だからです。
刑事手続に付されなかったとしても、入管法上の違反行為だったという事実が消えるわけではありません。
これは、今回の問題を考える上で最も重要なポイントの一つです。
身近な例で考えてみましょう――「万引き」です
この違いは、万引きに置き換えて考えると分かりやすくなります。
万引きは、刑法上の窃盗罪に当たる犯罪です。
しかし、現実には、万引きをした人が必ず警察に逮捕され、刑事裁判を受けるとは限りません。
たとえば、
・被害額が非常に小さい
・商品がすぐに返還された
・本人が深く謝罪した
・店側が被害届を出さなかった
などの事情によって、警察沙汰にならないケースもあります。
では、その場合、
「警察に捕まらなかったのだから、万引きは犯罪ではなかった」
と言えるでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
警察沙汰にならなかったことと、窃盗という行為そのものが犯罪であることは、別の問題だからです。
ここから分かるのは、
「犯罪であること」と「実際に刑事手続が行われること」は、同じではない
ということです。
不法残留も、これと同じように考えることができます
不法残留している外国人について、刑事手続がとられず、退去強制手続だけが行われたとします。
だからといって、
「その人は法律に違反していなかった」
とはなりません。
まして、
「不法残留は犯罪ではない」
とまで結論づけることもできません。
正確には、
不法残留という行為は、入管法によって禁止され、刑罰の対象とされています。
ただし、その違反について、必ず刑事事件として処理されなければならないわけではなく、退去強制などの行政手続によって処理される場合があります。
ということです。
つまり、
「犯罪であること」と「刑事手続に付されること」は、別の問題なのです。
「犯罪者」という言葉には、少し注意が必要です
ただし、ここで一つ注意しておきたいと思います。
「不法残留者は犯罪者だ」
とだけ言ってしまうと、少し誤解を招く可能性があります。
一般の人が「犯罪者」という言葉を聞くと、
刑事裁判を受けて、有罪判決を受けた人
というイメージを持つことが多いからです。
ですから、法律について正確に説明するなら、
「不法入国・不法上陸・不法残留という行為は、入管法上、刑罰の対象となる犯罪類型である」
と表現した方がよいでしょう。
ここで、非常に大切なのは、
「その人を犯罪者と呼ぶこと」と「その人が行った行為が犯罪であること」は、分けて考える
ということです。
たとえば、ある人について、刑事裁判を経て有罪判決を受けたという事実がないのであれば、その人を一般的な意味で「犯罪者」と呼ぶことには慎重であるべきでしょう。
しかし、それとは全く別に、
「不法残留という行為は犯罪なのか?」
と問われれば、話は違います。
不法残留は、単なる「在留資格の期限切れ」という行政上の手続の問題ではありません。
入管法によって禁止され、刑罰の対象とされている行為です。
したがって、
「不法残留者を、当然に『犯罪者』と呼んでよいのか」
という問題と、
「不法残留という行為は、犯罪なのか」
という問題は、明確に区別しなければなりません。
前者については、刑事手続や有罪判決の有無などを踏まえて慎重に考える必要があります。
しかし後者については、
不法残留という行為は、入管法上、刑罰の対象となる犯罪です。
ここを曖昧にしてはいけません。
つまり、
「不法残留者=犯罪者」という人に対するレッテル貼りには慎重であるべきだが、だからといって「不法残留という行為=犯罪ではない」と考えてよいわけではない。
この二つは全く別の問題なのです。
外国人政策をめぐる議論では、この区別が特に重要だと思います。
「犯罪者」という言葉をめぐって議論するあまり、肝心の「不法残留という行為が法律上どのように位置づけられているのか」という事実まで曖昧にしてしまってはいけないからです。
「行政手続」と「行政犯」も、別の話です
もう一つ、混同してはいけないことがあります。
それは、
行政手続
と
行政犯
です。
退去強制手続は行政手続です。
一方、行政犯とは、簡単にいえば、行政上の秩序を守るために法律で禁止され、刑罰の対象とされている犯罪です。
したがって、
「退去強制は行政手続だから、不法残留は犯罪ではない」
という理屈にはなりません。
むしろ、
不法残留という行為については、入管法上の刑罰規定がある。
その一方で、その人を日本から退去させるためには、刑事手続とは別の行政手続である退去強制手続が用いられることがある。
ということです。
出入国在留管理庁も、不法残留者について退去強制手続がとられることを説明しており、一定の要件を満たす場合には出国命令制度も利用できるとしています。
つまり、
「行政手続で処理された」ということと、「犯罪ではない」ということは、全く別なのです。
大切なのは「犯罪」「人」「手続」を区別すること
ここまでの話を整理すると、この問題は、実は三つに分けて考えると分かりやすくなります。
① その行為は犯罪なのか
不法入国・不法上陸・不法残留は、入管法上、刑罰の対象となる行為です。
② その人を「犯罪者」と呼ぶのか
これは別の問題です。
刑事司法手続を経ておらず、刑罰も科されていない人について、一般的な意味で「犯罪者」と呼ぶことには慎重であるべきでしょう。
③ その行為について、どのような手続が行われたのか
刑事司法手続が行われる場合もあれば、退去強制という行政手続によって処理される場合もあります。
この三つを混同すると、
「刑事事件になっていない」
↓
「犯罪ではない」
という誤った結論にたどり着いてしまいます。
逆に、
「犯罪行為をした」
↓
「だから当然に、その人を犯罪者と呼んでよい」
という短絡にもつながります。
人・行為・手続。
この三つを分けて考えることが、この問題を理解するポイントなのです。
「不法滞在者は犯罪者ではない」という言葉をどう理解すべきか
では、冒頭の、
「不法滞在者は犯罪者ではない」
という主張は、どう考えればよいのでしょうか。
ここは、結論を先に、はっきり言いましょう。
刑事司法手続が行われず、したがって刑罰を科されていない不法滞在者を「犯罪者」と呼ぶことについては、慎重であるべきです。
しかし、不法入国・不法上陸・不法残留という行為自体は、刑事司法手続が行われたか否かにかかわらず、入管法上、刑罰の対象となる犯罪行為です。
この二つは、矛盾しません。
なぜなら、
「その人を犯罪者と呼ぶこと」
と、
「その人が行った行為が犯罪であること」
は、別の問題だからです。
そして、
「その行為について刑事司法手続が行われたかどうか」
も、また別の問題です。
つまり、
人の呼び方
行為の法律上の性質
実際に行われた手続
この三つを分けて考える必要があります。
「刑事手続がない=犯罪ではない」ではありません
たとえば、不法残留していた外国人について、警察による逮捕や検察による起訴が行われず、出入国在留管理庁による退去強制手続だけが行われたとします。
この場合、
「刑事裁判を受けていない」
↓
「刑罰を科されていない」
↓
「だから不法残留という行為は犯罪ではない」
と考えることはできません。
刑事司法手続が行われなかったとしても、入管法がその行為を禁止し、刑罰の対象としているという事実は変わらないからです。
退去強制は刑事司法手続とは別の行政手続です。
したがって、
「行政手続で処理された」ことと、「犯罪ではない」ことは、同じではありません。
「犯罪者」という言葉には慎重に、「犯罪行為」という事実は明確に
ここで、もう一度整理しておきましょう。
私は、
「不法残留者は犯罪者だ」
と一括りに言うことには慎重であるべきだと思います。
刑事司法手続を経ておらず、刑罰も科されていない人について、一般的な意味で「犯罪者」というレッテルを貼ることには問題があるからです。
しかし、だからといって、
「不法残留という行為は犯罪ではない」
とするのは、別の問題です。
不法残留という行為自体は、入管法上、刑罰の対象となる犯罪行為です。
ここを曖昧にしてはいけません。
「人」と「行為」を混同しない。
これが、この問題を理解するためのポイントです。
外国人政策をめぐる議論だからこそ、法律上の事実は正確に押さえたい
私は、この問題について、外国人に厳しい立場をとるべきだとか、逆に外国人を擁護すべきだとか、そういう政治的立場とは切り離して考える必要があると思います。
なぜなら、ここで問題になっているのは、まず法律上の事実だからです。
不法入国・不法上陸・不法残留は、入管法上の違反行為です。
しかも、刑罰規定が存在します。
一方、退去強制は刑事裁判とは別の行政手続です。
だからこそ、
「刑事裁判を受けていないから犯罪ではない」
という単純な理解は避けなければなりません。
同時に、
「不法残留者なのだから、当然に刑事犯罪者として扱うべきだ」
という議論も、刑事手続と退去強制手続が別制度であることを無視しています。
法律に基づいて、どの制度を、どの目的で使うのか。
そこを冷静に考えることが大切なのです。
おわりに――結局、何が言いたいのか
ここまで少し細かく説明してきました。
しかし、結局何が言いたいのか。
最後に、できるだけ簡単にまとめてみます。
不法入国・不法上陸・不法残留という行為は、入管法上、刑罰の対象となる犯罪行為です。
ただし、その行為をした人について刑事司法手続が行われず、刑罰も科されていないのであれば、その人を直ちに「犯罪者」と呼ぶことについては慎重であるべきです。
そして、刑事司法手続が行われず、退去強制という行政手続だけが行われたとしても、そのことによって不法入国・不法上陸・不法残留という行為が「犯罪ではなかった」ことになるわけではありません。
この関係は、万引きで考えると分かりやすいでしょう。
万引きは窃盗罪という犯罪です。
しかし、店が被害届を出さず、警察沙汰にもならなかったからといって、
「万引きという行為は犯罪ではなかった」
とはなりません。
同じように、不法滞在について刑事司法手続が行われず、退去強制という行政手続だけで終わったとしても、
「不法滞在という行為は犯罪ではなかった」
とはいえないのです。
もちろん、だからといって、すべての不法滞在者を一律に「犯罪者」と呼べばよい、という話でもありません。
大切なのは、
「人」と「行為」と「手続」をきちんと分けて考えることです。
外国人政策をめぐる議論では、「犯罪者だ」「犯罪者ではない」という言葉が、しばしば政治的なレッテルとして使われます。
しかし、本来確認すべきなのは、もっとシンプルなことです。
その行為は法律上、禁止されているのか。
刑罰の対象なのか。
そして、その違反に対して、実際にどのような手続がとられたのか。
この三つを分けて考えれば、
「刑事手続を受けていないから犯罪ではない」
という誤解にも、
「不法滞在者だから当然に犯罪者と呼んでよい」
という短絡にも、陥らずに済みます。
法律の話は難しく見えることがあります。
でも、結局のところ大切なのは、「人」と「行為」と「手続」を混同しないことなのだと思います。

