はじめに
前回、第20部では、技能実習法の制定によって、技能実習制度が法律に基づく制度として再構築された経緯を見てきました。
技能実習法は、技能実習の適正な実施と技能実習生の保護を図ることにより、人材育成を通じた国際協力を推進することを目的として制定された法律でした。
しかし、その一方で、日本社会では別の問題が急速に深刻化していました。
それが、人手不足です。
少子高齢化の進行に伴い、多くの産業分野で労働力不足が顕在化し、生産性向上や国内人材の確保だけでは必要な人材を確保できない業種が増えていきました。
こうした状況を受け、平成30年(2018年)の入管法改正により、新たな在留資格「特定技能」が創設され、平成31年(2019年)4月1日から運用が開始されました。
これは、戦後の外国人受入れ政策の歴史の中でも、極めて大きな転換点となる制度改正でした。
今回は、この特定技能制度がどのような考え方の下で創設され、従来の外国人受入れ政策とどのような関係にあるのかを見ていきます。
日本政府の基本方針は変わっていなかった
特定技能制度が創設されたからといって、日本政府の外国人受入れ政策の基本方針が全面的に転換したわけではありません。
従来から政府は、外国人労働者の受入れについて、次のような基本的考え方を示してきました。
すなわち、
専門的・技術的分野の外国人については、我が国の経済社会の活性化や国際化を図る観点から積極的に受け入れる。
一方、
いわゆる単純労働者に相当する非専門的・非技術的分野の外国人については、我が国の経済社会や国民生活に多大な影響を及ぼすことから、国民的コンセンサスを踏まえつつ慎重に対応する。
という考え方です。
この基本方針は、長年にわたり政府が一貫して示してきたものであり、平成31年(2019年)4月に策定された『出入国在留管理基本計画』にも引き継がれています。
同計画では、
我が国の経済社会の活性化に資する専門的・技術的分野の外国人については、積極的に受け入れていく必要がある。
とする一方で、
専門的・技術的分野とは評価されない分野の外国人の受入れについては、ニーズの把握や受入れが及ぼす経済・社会への影響等について幅広い観点から検討を行い、国民的コンセンサスを踏まえつつ対応すべきである。
と明記されています。
つまり、特定技能制度は、この基本方針を変更した制度ではありません。
特定技能制度が目指したもの
では、何が新しかったのでしょうか。
それは、
深刻化する人手不足への対応を目的として、新たな専門的・技術的分野の在留資格を創設したこと
です。
法務省出入国在留管理庁は、制度創設の目的を次のように説明しています。
深刻化する人手不足への対応として、生産性の向上や国内人材の確保のための取組を行ってもなお人材を確保することが困難な状況にある産業上の分野に限り、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人を受け入れるため、在留資格「特定技能1号」及び「特定技能2号」を創設した。
ここで重要なのは、
「生産性向上や国内人材の確保を行ってもなお人材を確保できない場合に限る」
という条件が明示されている点です。
つまり、外国人受入れを最初の選択肢としたのではありません。
まず、
・生産性向上
・省力化
・日本人労働者の確保
を行い、
それでもなお人材不足が解消できない分野について、
例外的に外国人材を受け入れる。
そのような制度設計となっています。
「技能」と「特定技能」は別の在留資格である
ここで誤解してはならないことがあります。
特定技能制度は、既存の在留資格「技能」を拡張した制度ではありません。
そもそも、日本の在留資格制度は、
外国人が日本で行うことのできる活動が相互に重複しないよう設計されています。
在留資格「技能」は、
本邦の公私の機関との契約に基づいて行う産業上の特殊な分野に属する熟練した技能を要する業務
を対象としています。
一方、
在留資格「特定技能」は、
人材を確保することが困難な状況にある特定産業分野において、法務省令で定める相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務
を対象としています。
つまり、両者は対象となる活動そのものが異なります。
だからこそ、新たな在留資格として「特定技能」が創設されたのであり、既存の「技能」で対応することは制度上できなかったのです。
※「産業上の特殊な分野」とは
出入国在留管理庁の公式ホームページには、「産業上の特殊な分野」という用語について、明確な定義や解釈は示されていません。
もっとも、在留資格「技能」の制度趣旨や、上陸基準省令で定められている上陸許可基準から考えると、この「産業上の特殊な分野」とは、外国料理の調理師、外国特有の建築技術者、宝石・貴金属・毛皮加工職人、動物調教師、スポーツ指導者、航空機操縦士など、我が国では一般的に修得・代替することが容易ではない特殊な技能を必要とする分野を指すものと理解されています。
これに対し、在留資格「特定技能」は、こうした「産業上の特殊な分野」を対象とする制度ではありません。
人手不足が深刻化し、日本人だけでは人材を確保することが困難となった特定産業分野について、一定の専門性・技能を有する外国人を即戦力として受け入れるため、新たに創設された在留資格です。
この違いこそが、在留資格「技能」と在留資格「特定技能」を区別する最も重要なポイントと言えるでしょう。
特定技能1号と特定技能2号
特定技能制度には、二つの在留資格が設けられました。
特定技能1号
特定技能1号は、
特定産業分野に属する相当程度の知識又は経験を必要とする技能を有する外国人
を対象としています。
「即戦力」として就労することが前提であり、そのため在留資格の取得には、
・従事しようとする業務に必要な相当程度の知識又は経験を必要とする技能を有していることが試験その他の評価方法により証明されていること
・日本での生活に必要な日本語能力及び従事しようとする業務に必要な日本語能力を有していることが試験その他の評価方法により証明されていること
が求められます。
つまり、育成を前提とする制度ではなく、
一定水準の技能と日本語能力をすでに備えていること
が制度上の出発点となっています。
また、在留期間は更新制ですが、通算5年が上限とされ、家族帯同は原則として認められていません。
特定技能2号
これに対して特定技能2号は、
特定産業分野に属する熟練した技能を有する外国人
を対象としています。
特定技能2号については、
在留期間更新に回数制限がなく、
一定の要件を満たせば家族帯同も可能であり、
永住許可申請に必要な在留期間にも算入されます。
したがって、制度設計上は、既存の高度専門職や在留資格「技能」などと同様、長期在留・定住へつながる可能性を持つ在留資格となっています。
人材確保であっても「無制限受入れ」ではない
ここで重要なのは、特定技能制度は人材確保を目的としているとはいえ、
外国人を無制限に受け入れる制度ではない
ということです。
制度創設に当たり、日本政府は、
受入れ見込数(受入れ上限数)
を設定しました。
この受入れ見込数は、おおむね5年間を単位として設定され、
大きな経済情勢の変化など特別な事情がない限り、その範囲内で制度を運用することとされています。
つまり、
「人手不足だから、必要なだけ外国人を受け入れる」
という制度ではありません。
必要人数を推計し、
その範囲内で制度を運用するという考え方が採用されています。
ここにも、
制度を検証しながら段階的に運用していこうとする姿勢を見ることができます。
登録支援機関という新しい仕組み
特定技能制度では、技能実習制度の監理団体とは異なる仕組みとして、
登録支援機関
が創設されました。
受入れ機関(特定技能所属機関)は、特定技能1号外国人に対し、
・在留中の生活オリエンテーション(預貯金口座の開設及び携帯電話の利用に関する契約に係る支援を含む。)
・住居の確保に向けた支援
・各種行政手続についての情報提供及び支援
・生活のための日本語習得の支援
・相談・苦情への対応
などを実施する義務があります。
しかし、中小・小規模事業者がこれらを自ら実施することは容易ではありません。
そこで、一定の要件を満たし、出入国在留管理庁長官の登録を受けた登録支援機関へ支援業務を委託できる制度が設けられました。
技能実習制度における監理団体とは制度趣旨が異なりますが、
外国人が日本社会の中で安心して生活し、就労できるよう支援するという点では、
社会統合政策の重要な一部と位置付けることができます。
特定技能制度が意味したもの
特定技能制度は、日本の外国人受入れ政策において、一つの大きな転換点となりました。
それまで政府は、外国人受入れの意義について、
「国際化」
「経済社会の活性化」
を主として説明してきました。
これに対し、特定技能制度では、
「深刻化する人手不足への対応」
を制度創設の目的として、初めて正面から掲げました。
もっとも、その一方で、
・専門的・技術的分野の外国人であること
・受入れ見込数を設定すること
・日本語能力や技能水準を求めること
など、一定の歯止めも制度の中に組み込まれています。
つまり、特定技能制度は、
人材確保を目的とする制度でありながら、
一定のルールの下で受入れを管理する制度でもあったのです。
おわりに
平成31年(2019年)に始まった特定技能制度は、技能実習制度とは異なる制度目的を持つ、新しい外国人受入れ制度でした。
技能実習制度が、
「人材育成を通じた国際協力」
を目的としていたのに対し、
特定技能制度は、
「深刻化する人手不足への対応として、人材を確保すること」
を制度目的として明確に掲げました。
もちろん、政府は従来から維持してきた
「専門的・技術的分野の外国人を受け入れる」
という基本方針自体を変更したわけではありません。
しかし、その専門的・技術的分野の中に、
「人材確保を目的とする新たな在留資格」
を創設したことは、日本の外国人受入れ政策における大きな転換点だったと言えるでしょう。
そして、この制度は、その後さらに大きな制度改革へとつながっていきます。
令和6年(2024年)の入管法改正では、技能実習制度は発展的に解消され、新たに育成就労制度が創設されました。
そこでは、「人材育成」と「人材確保」という二つの政策目的が、一つの制度の中で結び付けられることになります。
その意味で、
特定技能制度は、日本の外国人受入れ政策において、「人材確保」を明確な政策目的として掲げた最初の制度だったのです。
そして次回は、その流れの先に誕生した育成就労制度について、その制度設計思想と政策目的の変化を見ていきます。
